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角界改革が進まない原因、「師弟関係の崩壊」はなぜ起きているか

2020年09月13日 06時00分更新

文● 小林信也(ダイヤモンド・オンライン

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写真はイメージです Photo:PIXTA

悪しき伝統を守るための有識者会議ならば不要

 大相撲秋場所が13日に初日を迎える。先場所では、復活優勝を遂げた照ノ富士、優勝こそ逃したが新大関で12勝を挙げた朝乃山、突然の婚約発表で世間を驚かせた大関・貴景勝らの活躍に期待がかかっている。

 期待の裏で、この夏、角界ではさまざまなスキャンダルがあった。7月場所の前には中川親方のパワハラが告発され、場所中には幕内の人気力士・阿炎が接待を伴う夜の店に複数回行ったとして休場に追い込まれた(阿炎は場所後、自ら引退届を出すが協会に受理されず、処罰の上で引退を免れた)。式秀部屋の力士たちが集団で部屋を逃げ出し、おかみさんのパワハラを告発する事件も起こった。横綱・日馬富士の暴行事件に端を発し、転じて貴乃花親方の廃業に発展した騒動からまだ2年半。土俵上の熱戦がファンの心をつないではいるが、相撲界への不信は払拭されていない。

 そんな中、日本相撲協会内に昨年から設置されている「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の第6回会合が8月20日に都内で開かれた。デイリースポーツによると、会議後に会見した八角理事長は、「守るべきは守るという思いで臨んでほしい、と。そういうのが印象に残っています。300年以上続いてきたのは守るところを守ってきたから。そういうのに感銘を受けた」と語っている。これを目にして私は言葉を失った。これだけの不祥事が頻発しているのにまだ「守るべきは守る」が真っ先に来るのか?「守るべきを守るため」に、「変えるべきを変える覚悟」が伝わってこないと感じたのだ。

原点に「師弟関係の崩壊」がある。その理由は?

 中川親方の問題も式秀部屋の脱走事件も、師弟関係の崩壊が前提にある。親方は(式秀部屋の場合おかみさんは)自身の立場を相撲協会の構造的な体制に守られて、力士たちをまるで使用人のように支配していると言っても過言ではない。

 かつての師弟関係には、構造的支配以前に信頼と尊敬があり、相撲道をきわめようと精進する力士とそれを指南する親方の「技を伝授する師弟関係」があった。ところが、昨今の親方衆と力士の関係は大きく変容して見える。

 相撲界が筋力トレーニングを容認し始めたのは、横綱・千代の富士の活躍が顕著になって以降だが、すでに40年の月日が流れた。今は相撲部屋の地下室などにトレーニングマシンを備えた部屋が主流になりつつある。私は、四股・鉄砲に代表される相撲の稽古の重要性より筋トレが相撲界を凌駕したことと師弟関係の崩壊は密接な関係があると感じている。

 親方は、四股など日本の身体文化に基づく鍛錬を教えてこそ師匠であり、相撲本来の心技体の境地に力士を導ける。ところが、それを筋トレの価値が上回ったならば、親方の存在感など無に等しい。精神論を唱えるだけの面倒な存在でしかないだろう。こう書くと、私の方が古くさい非科学的稽古の信奉者と誤解を受けそうだが、それは違う。日本人は今や欧米の筋力思考を盲信し、「力が強い者が勝つ」と思い込まされているが、本当にそうだろうか?

 相撲界だけ見ても、違うとわかるだろう。白鵬がどれだけ筋力モリモリか?朝青龍はどうだったか?もっと筋肉の塊のような力士を軽くひねっていなかっただろうか?

 相撲そして日本の身体文化には、部分的な力しか発揮しない筋力をはるかに上回る「心技体の一致」という境地がある。わかりやすい例でいえば「火事場のバカ力」だ。特別な心理状態になった場合、普段は出ない潜在能力が発揮される。オリンピックや甲子園などの大舞台で特別な力を発揮し、日本中世界中を感動させるドラマを演じるアスリートたちも同様だ。それを奇跡とか一生に一度といったまるで突発的な出来事にするのでなく、稽古と精進で誰もが到達できる境地と捉えたのが日本の武術であり、相撲もその流れをくむ身体文化のひとつだった。

 それなのに、相撲界が自ら筋力信奉に走り、師匠が自らの使命を放棄した。それでいて、親方の権威を振りかざし、師弟関係を今も強要するのは滑稽この上ない。

部屋制度の根本的な見直しが相撲復活の必須課題

 八角理事長も、現在の部屋制度そのものが時代に合わない、これを改革することが「相撲改革の核心」だと気づいているのではないか。だが同時に、これを打破されたら、今まで自分たちがよりどころにしてきた権力や既得権益のすべてが失われる重大な懸念を感じるのかもしれない。

 みなさんも単純に考えてみてほしい。高校や大学を卒業した若者が、24時間監視付き、ほとんど自由もない、休みもない、雑魚寝の大部屋暮らしに「夢」を感じるだろうか?相撲が好きなら我慢は当然か?大きな部屋の幕下以下の力士たちは、大部屋の畳一枚分くらいのスペースを与えられ、荷物でその領域を仕切り、自分の城を確保する。ひとりになれるのはトイレの個室くらいだろう。

 私は周囲に角界入りを切望されるアマチュアのトップ力士に取材したとき、彼が「どうしても大相撲には入りたくない」とかたくなに拒む理由が最初よくわからなかった。だが、今ならわかる。ひとり暮らしに慣れた彼にとって、雑魚寝に象徴される古い体質の相撲界に飛び込むことが到底考えられなかったのだろう。

 数十年前には中学を卒業する前から勧誘し、相撲部屋で生活させて力士を育てた時代があった。「飛行機に乗せてやる」「おいしいものを腹いっぱい食わせてやる」、そんな殺し文句がまったく響かなくなった現代において、まだそのような部屋制度を踏襲し、「守るべきは守る」とお墨付きをもらって感激している相撲界に未来はない。

 部屋制度の見直しは、必須だ。部屋も親方も多すぎる。かつて日本相撲協会の「ガバナンスの整備に関する独立委員会」で副座長も務めた慶應義塾大学の中島隆信教授の指導で研究室の学生たちが2011年までにまとめた論文『日本相撲協会の組織改革』にも以下のように指摘されている。

『現在、日本相撲協会の財政は年10億円の赤字を出している。その主たる原因は高い人件費である。総費用110億のうち、人件費(給与手当35億+力士等養成費13億)は 48億。そのうち、親方給与はなんと15億と給与手当の半分近くを占める。また財政を圧迫する要因として、多すぎる親方(107人)と力士(650人)が挙げられる。まず親方給与について力士を育てるインセンティブを持たせるため年俸制に変更した。また、力士数減少に伴い、親方数も30人に削減。また、給与も1人1000万とする。役員10名を年俸1000万円で外部から招聘すると、合計で役員給与は4億円となり、元より約11億の削減となった。結果として、現在合計18億円の削減が可能である。次に力士数削減の観点から見ると、力士褒賞金という年功的制度を無くし年俸制とする。さらに、30歳以上の幕下以下力士をリストラするとともにアルバイトなどによる自活を促すことで養成費も大幅に削減したところ、現状より7億削減となった』

 かなり突っ込んだ現実的な指摘ではないか。だが、こうした建設的な提言に日本相撲協会は耳を貸していない。中島教授に聞くと、端的にこう表現してくれた。

 「日本相撲協会による統率ができていないことが一番の問題です。組織をマネジメントする上でやっておくべきことをやっていないのです」

 相撲部屋はそれぞれが親方の個人財産であるため、各部屋の経営は各親方に任される。そのため、日本相撲協会のマネジメントが行き届かない弊害がある。それがずっと、改善されずにきているのだ。

 結婚した関取や横綱・大関は部屋を出て別に暮らすが、ほぼ全員が住み込みで共同生活する現在の相撲部屋の仕組みは、時代にそぐわない部分が多い。近くに住み、原則的には通いで稽古場に来る生活も視野に入れる必要がないだろうか。入門する年齢を高校卒18歳以上にすることも一考の余地がある。暴力やイジメ、パワハラの温床になっている現状の部屋制度を、時代に合わせ大胆に改革する議論こそ、必要ではないだろうか。

(作家・スポーツライター 小林信也)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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