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「1万円の使い方」でわかる、モテる男に必要な想像力とは

2020年07月16日 06時00分更新

文● 鈴木涼美(ダイヤモンド・オンライン

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Photo:JIJI

お笑いコンビ・アンジャッシュの渡部建さんの「多目的トイレ不倫」は、許されぬ不倫行為に加え、1回1万円とも報じられた吝嗇ぶりがバッシングに拍車をかけた。恋愛において「ケチ」はトラブルのもとになりがちである。しかし、一方で、お金を節約してもケチと思われず、女性に好かれる男性も少なくない。その差はどこにあるのだろうか。(作家・社会学者 鈴木涼美)

お金がなくても
恋愛は楽しめる

「初デートがフードコートだった」「同伴でチェーンの激安店に行った」「誕生日もラブホテルで休憩だった」「ホテル代の割り勘は嫌だ」「ラブホのポイントカードは貯めないでほしい」「微妙なブランドのバッグもらった」「割り勘で数十円高く払っただけのくせに恩着せがましかった」「飲み会の費用を後日振り込みで請求された」「高くない店なのにドヤ顔された」…などなど、女同士で話していると男のケチ・コンプレイニング(不満)を聞くことがよくある。

 かといって、時代はバブルであるまいし、そうそう恋愛にばかりお金を使ってもいられない上に、先述のような文句を言っている女性たちも、現実離れした散財を求めているわけではないことがほとんどだ。別に貧しさや安さ、節約を憎んでいるわけではないが、「ケチ」な性格は憎まれる。逆に言えば「ケチ」に思えなければ、お金などなくとも恋愛は楽しめる。

 当時6人グループだったSMAPが「愛さえあれば何も要らないなんて全部ウソさ」と愛とお金について歌ったのは1993年、時代はバブル崩壊後の不況に喘いでいた。

 ちなみに翌年には劇中で安達祐実が「同情するなら金をくれ!」と叫んだドラマが大ヒットした。

 本来、バブルの時代にお金で買える幸福を歌い、不景気の時代にお金で買えない愛を歌ったらいいのだけど、人は失った状態でしかものの大切さを噛みしめないので、好景気に踊っているような時代に拝金主義みたいな歌やセリフはそれほど多くないし、不景気下で清貧を崇めることもあまりしない。

 新型ウイルスの流行によって、全世界的に経済は後退し、不況を生き抜かねばならない時代へと突入しつつある。不況の経験が示すように、おそらく贅沢が遠のくことで純粋なる愛が見直されるということはなく、むしろ贅沢を懐かしみ、貧しさを憎んでお金を求める空気が充満するだろうし、お金やマスターカードで買えない愛は欲しいけど、その前にお金で買える幸福も欲しいという本音が爆発するかもしれない。

 いずれにせよどんな時代にも恋愛には結構お金がかかるし、ある程度歳を重ねた男性なら尚更、「ケチ」と評されることは恋愛市場であまり有利にはたらかない。

 別にお金目当てのつもりが一切なく、自分も十分に収入があり、ちゃんと知性や性格に惹かれて恋愛しようという女であっても、「ケチは無理」「ケチすぎて冷めた」という言葉は結構聞く。

 社会全体に不景気なにおいが漂うであろう今後は、多くの人がちょっとした節約心を見せるがために、余計にそのケチくささを敏感に感じ取る気運も広がる。

ケチか否かの違いは
かけた金額ではない

 かといって、先ほど書いたように、いま恋愛市場にいる者たちが、かつてホットドッグ・プレスが提唱したようなお金がかかるステレオタイプなデートを好むかというと全然そうではなく、社会はもうちょっと成熟しているし、人々のセンスも亀の歩みのようではあるものの若干向上している。

 別に誕生日に高級レストランでバラの花束をもらってクルーザーかヘリコプターで夜景を見て赤プリに宿泊というプランが、それほど求められているわけではなく、そもそも赤プリは閉鎖された。女性ファッション誌などを見ても、現在人気を集めているのはハイブランドとは限らず、カジュアルで現実的な値段のお洒落な服の方である。

 捉えようによっては、豪華絢爛でとにかくお金をかけたものが好かれた80年代よりもずっと気軽な値段でデートが楽しめるが、とにかくお金をかければ解決するというシンプルさがない。

 ある人はせっかくレストランでご馳走しても「安く済まされた」とコンプレインされ、別の人は誕生日プレゼントを渡しても「お金をかければいいと思っている」と馬鹿にされ、また別の人は特に何か買うこともなく、男性ばかりが奢ることもなく、特に経済的な無理をしないでも「現代に合ったカジュアル」だと評価される。おそらくその差は想像力にある。

 女性が「ケチ」られたことに腹を立てるのはもちろん多くの場合、赤ちょうちんが嫌いだからでも回転寿司が嫌いだからでもないし、10万円の靴を買ってくれないからでも旅行がビジネスクラスじゃないからでもない。

 むしろ今時の女は10万円の靴が欲しければ自分で買うし、高級フレンチばかりじゃ飽きるという心持ちである方が多い。

 それよりも、安く済まされたことにプライドが傷つき、相手にとっての自分の評価に不満を抱えるのだ。自己評価の定まらない若い時分には尚更、デートやプレゼントの値段が自分の価値と見紛うような勘違いをしがちである。

 すでに自分の足で立つ時代にありながら、男性からの投資額がないと自分の価値を感じられない女にも随分と問題があるけど、若さというのはとにかく他者の評価を欲するものだし、長らく選ばれ養われる立場だった癖というのはそう簡単には抜けない。

 だから安っぽいものを与えられたら「この程度で満足する女だ」と思われた気がするし、チェーンの安い店に連れて行かれると「それほど自分に興味がないのか」と落胆する。

 ただ複雑なのは、多くの自分でも稼げて特にハイパーガミー(上昇婚)を求めないと生きられないわけではない女たちは、金目当てだなんて思われるのも大変シャクだということで、金目当てだとは思われたくない、しかし安い女だとも思われたくない、と難しい欲求の中にいる。女として育てられたわけでも女に囲まれて育ったわけでもない男の場合、この女心を感覚的にわかるかどうかは当然、自分にない感覚への想像力に依拠する。

安居酒屋のデートも
ケチと思われないわけ

 私が口説かれたわけではないが、とある知人で女性にモテる50代の男性がいる。既婚者なのに他の女を口説いていいのかという問題はとりあえず棚上げにするが、彼は可処分所得が特に多いわけではなく、ギラギラした高級店を好まない上、むしろ赤羽などのかなり安い飲食店を使うことが多いのだが、「ケチ」と思われることがない。おそらく彼のうまいのは、安い店に連れてこられる女性に彼なりの価値を付与していることだ。

 彼に口説かれた女性を知っているが、彼は自分好みの安い居酒屋に最初に女性を連れて行く時、必ず大将がフレンドリーでよく名前や会話を覚えてくれる店を選ぶ。そして大将と仲良く喋っている様子を見せることで女性に、「一番の行きつけで大好きな店に連れてきてくれた」と思わせるのだそうだ。

 さらにその女性と二度三度と同じ店に行くと、大将はその女性の名前なども覚えてくれるので、女性も大変居心地がよく、値段は安いが店のVIP的な気分になれるし、そこに「本当にうまいのってこういう店なのに、高級店連れて行かないと怒る女ってわかってない」などとちょっとした会話を忍ばせると、女性の方としても高級店に連れて行かれる女性よりも自分をワンランク上級に置くことができる。

 こうやって自尊心を満足させられ、「好きな店に付き合ってくれる君は魅力的だ」ということを言われて、「ケチ」られたと感じる女性はほとんどいない。

 付け加えるとしたら、彼は安くて美味しい居酒屋を大変よく知っているので、その店での好まれる振る舞い、頼むべき酒や料理の種類などを心得ており、自分のベストパフォーマンスが出せる場所だということも大きい。

 特に交際初期や口説いている最中に、自分より若干グレードが高い店に頑張って誘おうとする男性は多いが、そうすると店の中での振る舞いがこなれておらず、なおかつ女性の方が慣れていたりするので、そんな無理をするよりも、自分が一番高いパフォーマンスができる場所に誘った方がずっと女性も心地よい。

1万円のバッグと
1万円のハンドクリーム

 もう1人、友人が付き合っていた年上男性で、別にお金をかけていないのに贅沢な雰囲気を出すことに優れている人がいた。彼自身はそこそこ高収入ではあったものの、恋愛で散財するのは嫌いなタイプで、ともすれば「お金があるくせにケチ」と評価をされそうなものなのに、「ケチ」っている雰囲気がない。彼には、全体としての投資額を少ないままに、女性を贅沢気分にさせる実践的な知識があった。

 彼のセオリーではまず、1回目のデートだけは、誰でも知っている高級店などを選ぶ。私の友人もまた、一度目のデートで名前だけ知っていた高級寿司屋に行ったことで、そういった店に行き慣れた彼の態度に好印象を抱き、一流店に連れて行ける女性だと判断されたことを喜び、まだ付き合っていない段階でしっかりした店を選んでくれたことで彼はそれなりに本気で口説いているのだと感じたらしい。

 友人は彼と別れた後、「考えてみればあの印象でうっかり勘違いしたけどその後はお金かけられてない」と笑い話にしていたが、まぁ付き合っている時に幸福だったのだから問題ない。

 2回目のデートは蕎麦屋、3回目は食堂であった。

 ただし、2回目のデートの折には「昨日は接待でフグだったんだけど、とにかく日本酒を飲まされて今日はさっぱりした蕎麦とか食べたいんだけど、どう?」と問いかけてきた。

 当然友人はもちろんと答え、そこで彼は車を鎌倉まで飛ばし、フグに比べれば安価だが、特別美味しく、庭の眺めもいい蕎麦屋に連れ出してくれた。

 自分の体調を正直に打ち明け合える親密さ、ちょっと遠出する仲への進展、普段行かないエリアの新鮮さなどの付加価値で、安く済まされたなんてもちろん思わない。

 3度目のデートは、門前仲町の食堂だった。電話で、「去年京都で買った漬物が美味しかった」という話をしたら、彼が「京都の漬物店が経営する食堂があるよ」と教えてくれたらしい。食堂という響きにしては雰囲気があって綺麗な店内もちょっと贅沢な漬物付きの定食も美味しかった。

 さらに彼は贈り物を選ぶ時に、何万円もするブランド品をホイホイ買い与えるようなことは一切しないタイプだったが、6000円のタオル、9000円のシャンプー、1万5000円の枕、などなど、そのジャンルの価格帯で最も高級なものを選ぶ人だった。

 1万円のバッグをもらうのと、1万円のハンドクリームをもらうのとでは女性の受ける印象が違う。1万円のバッグはリーズナブルだが、1万円のハンドクリームは超高級であることに間違いがないので、出費が同じでも評価は真反対になる。

モテる男に必要なのは
ストーリーを作る努力

 これに対して、去年一番笑った友人のデート報告は、「ちょっと年上の会社員の男の人と2人で初めて食事行こうってなったら、フードコートだった」というもの。

 というのも私自身の経験も含めて「ファーストデートがフードコート」という不平不満を、少なくとも人生で3回ほど聞いたことがあったからだ。

 別に、お互いが食べたいものを食べたい店で買えて、安価で、なんならちょっと別ジャンルのものを2つとか食べられて、奢ってもらうような間柄ではない時も、それぞれが好きなものを買うため自然と割り勘ができるフードコートは優れて便利な場所だ。

 しかしここにおそらく「ご馳走してくれる気はゼロ」「こちらの食べたいものに合わせてくれる気はゼロ」「手間とお金をかけてくれる気はゼロ」「お気に入りのメニューを紹介してくれる気もゼロ」「なんならやる気ゼロ」と、あらゆるゼロを感じ取る女性が多いのだ。

 また、私の仕事関係の知り合いで都内のトンカツ屋を知り尽くしているおじさんがいて、彼は自分が最強であるジャンルの、自分が一番おすすめの店に最初のデートで彼女を連れて行って、なぜか女性に「最初のデートでトンカツはない」と怒られたという悲しい経験がある。

 彼らのデートが、かけた値段そのままの安いデートと認識されたのは「フードコートやトンカツ屋のデートが女性にとって高級店のデートよりも価値がある」と感じられるような価値を転換するストーリー作りをしていなかったからだ。

 フードコートは相手のアレルギーや苦手なものがわからない段階で、時間がほとんどないけれども隙間の時間を使ってでも会いたいという文脈なら十分にストーリーが作れるし、トンカツ王子は自分にとっての超VIP扱いをしていることを気づかせる努力ができる。

 門前仲町の食堂でデートして、プレゼントが1万円だろうが、赤羽の居酒屋をヘビーユーズしようが、女が何に価値を見いだすかという想像力をはたらかせれば、不況下でも「ケチ」の評価なんて無縁に楽しめる。

 殿方には、女が自分とは違った環境で育っていること、複雑な価値基準を持っていることを重々承知の上で、立派に発達したせっかくの脳みそを、女の求めるストーリー作りに使ってほしいものです。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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