このページの本文へ

米経済の雇用と所得の改善を楽観的に見られない「いくつもの理由」

2020年07月08日 06時00分更新

文● 西岡純子(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
写真はイメージです Photo:PIXTA

 7月2日に公表された6月分の米雇用統計で非農業部門(製造業やサービス業など)雇用者数は前月から480万人も増えた。

 新型コロナウイルスまん延で経済活動の停止を余儀なくされた今年3月は137万人減、4月は2069万人減と、この2カ月の雇用の喪失は米国の生産年齢人口(16歳以上)の1割弱に及ぶという異例な事態となった。

 その落ち落ち込みと比較すると、5月(270万人増)と6月の回復で3割ほど落ち込みを取り戻したことになる。

 だがこれが米経済の本格回復を示すものかは、疑問だ。

雇用の落ち込み、3割回復
増えたのはパートタイマー

 今回の雇用統計結果を見て、コロナショックによる米国の雇用の落ち込みをわずか2カ月で3割も取り戻せた、と考えるべきか、それとも、まだまだ足りないと考えるべきか――。

 雇用者数の数だけで言えば、大幅に取り戻したという評価になるのかもしれない。

 というのは、2008年のリーマンショックを機にした世界金融危機直後のボトムから雇用者数が回復したペースと比較すると、ここ2カ月の回復はその2倍以上のペースだからだ。

 金融危機は資金の確保が難しくなって事業活動が行き詰まった企業が大幅に増えた大不況だったのに対し、今回はウイルスの感染拡大に対応した営業規制や休業が原因で、いわばウイルスまん延の事態さえ落ち着けば雇用や経済の回復は早くてもおかしくないといえるのかもしれない。

 しかし、詳細に見ると、雇用の回復にはどうしても楽観的になれない3つの隠れた要因がある。

 その1つは、この5~6月の雇用者増数が2カ月合計で878万人だったうち、296万人はパートタイマーが占めたことだ。

 パートタイマーとは週間の労働時間が35時間未満の就業者だ。フルタイムの就業者と生産性にどれだけ有意な違いがあるかは定量的には測りにくいものの、労働時間はフルタイムの就業者より少ない。

 国全体の生産や所得が伸びる上では、働き手の数、1人当たりの労働時間、時給の3つの要素がすべて増加することが加速の条件だが、パートタイマーがけん引する雇用増では、1人当たり労働時間と時給は伸びにくくなる。

 またこの2カ月で増えたパートタイマーの内訳を見れば、本来はフルタイムで働くことを希望するのだが、経済的な理由(企業の人件費抑制や雇用のミスマッチなど)でパートタイマーしか職を得られなかったという人は連続で減っているのに対し、パートタイマーを能動的に選んで職に就いている人が478万人も増えている。

 その理由は例えば子育てや介護、就学、職業訓練の時間を割くため、などがある。

 経済活動の再開が6月中に順次進み、サービス業では働く人の数が増え、人の移動が少しずつ増えてきていることは、街中を少し歩くだけでもわかる。しかし営業再開のペースはまだまだ慎重で営業時間もかつてと比べると短い。

 こうした状況を見れば、雇用者が増えたといっても、少ない営業時間なら働けるし働きたいという人のニーズが満たされた、だけと解釈すべきだろう。働きたい人がフルには働いて、生産やサービスなどが増え、全体の所得が増えるという状況ではない。

 雇用者数の増加ペースが印象付けるようなV字回復が、マクロ経済全体の所得の増加にも見られるかといえば必ずしもそうではないということだ。

失業率は高止まり
南部などの感染以前の調査

 注意すべき2つ目は、雇用統計の集計の際に本来なら、失業者としてカウントされるはずだが、就業者として間違ってカウントされている人が相当数いることである。

 米国では3月に非常事態宣言が発出されて以降、行政機関も在宅勤務などが広がった。雇用統計は、失業者などをカウントする家計調査と、雇用者数の増減をカウントする事業所調査の2つで成り立っており、オンラインでの回答が得られない先には電話での聞き取りで対応したという。

 だが4~6月分の調査では本来なら失業者にカウントされるはずの人が、就業者(一時的に職を離れている)に含められてしまい、失業率が約1%分低く計測されていることを担当の労働局と統計局が明らかにした。

 コロナ禍での混乱や在宅での調査という慣れない状況で、集計の精度が下がったためなのか、事情はわからないが、6月の失業率は11.1%との公表だが、実際は12.1%ということらしい。

 最悪だった4月(14.7%)から少しずつ失業率が下がっていることは確かなのだろうが、パンデミック前の3.5~3.6%の水準まで失業率が今後、短期間で戻ることは想像しにくい。

 そして、3つ目の注意点は調査の対象期間だ。

 月間の統計とはいえ、調査対象とする参照週が事前に指定されており、その期間内の状況を事業所調査であれば企業が、家計調査であれば個人が回答する、というやり方になっている。

 直近の6月調査でいえば、参照週は6月7日から6月13日だった。

 だが最近、南部から西部にかけて拡大している新型コロナウイルス感染の第2波、あるいは遅れてきた第1波が現れ始めたのは6月下旬からだ。従って参照週では、南部などの新型コロナの感染拡大による影響が反映されていない可能性がある。

 つまりはっきりとした雇用の改善は5~6月で終わって、その後は一進一退となることもあり得るのだ。

 米国では50州のうち39州で新型コロナウイルスの感染者が出ているが、

 南部テキサス州在住の関係者に聞くところによると、米国北東部が3月半ばからのロックダウンで大混乱だった当時、南部では感染者数の拡大はさほどではなく、外出制限も北東部ほどではなかったという。

 しかし、今はレストランも客の入りはほとんどなく、異様な雰囲気だという。入院患者はこの2週間で倍増し、病院施設も収容能力に達している。

 西部アリゾナ州では検査を求めて長蛇の列ができ、その待ち時間は8時間超とも報道されている。感染の陽性率は南部ではすでに2桁台に上昇しており、医療崩壊が懸念されている州もある。

 こうしたリスクへの恐怖がまだ残る中で、現在、失業保険を受給している人が、経済再開だというので積極的に働きに出るとも考えづらい。

 在宅勤務で人との接触を極力回避できるのなら、不安は減るだろうが、全職種のうち在宅勤務が可能な職種は33%程度しかない。他の職種は、対人のサービス業や製造業など、対面型の接触が避けられない業種だ。

 こうしたことを考えると、雇用者数の増加が5~6月のように続くのかどうかははっきりしない。

所得でも下振れリスク
経済対策の給付でかさ上げ

 雇用面に不安が残るだけでなく、所得面でも先行きには下振れのリスクが多い。

 賃金や資産収入などすべての所得を網羅した個人所得統計によると、全体の所得は4~5月は前年と比べて10%近くの伸びを記録した。新型コロナのパンデミック前がおおむね3%台後半の伸びだったことからいうと、急速なジャンプアップである。

 だが所得の内訳を見ると、所得のうち雇用者報酬は4~5月ともに大きく前年割れに落ち込んだのに対し、それを補ってあまりある勢いで増加したのが所得移転、すなわち政府の経済対策による現金給付だ。

 下の図は、名目所得を主だった項目別に前年比の寄与度分解をしたものであり、これから見れば経済対策による押し上げがいかに強力かは一目瞭然だ。

 この所得移転には、失業保険の給付や一時的な所得支給が含まれる。特に4~5月は後者の一時金の影響が大きい。

 総額2.2兆ドルの規模に膨らんだ経済救済策(CARES法、コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法)では、大人1人当たり1200ドル、子供1人当たり500ドルの現金支給が盛り込まれ、この現金給付は4~5月の2カ月で受給資格者のうちほぼすべてに行きわたっている。

 失業保険が手厚いことも事実だが、4~5月に限っては現金給付の恩恵のほうが大きい。

失業保険の上乗せ給付
8月以降の継続は微妙

 7月20日に審議が再開される議会では第4弾の経済対策に、家計への追加支援をどの程度含めるかや、失業保険の給付上乗せを延長するかどうかが、議論される見通しだ。

 とりわけ喫緊の課題は失業保険の上乗せの延長問題だ。

 新型コロナウイルスで失業した人を対象に、現在、通常の失業給付に加えて1週間当たりで600ドルの上乗せが支給されている。この上乗せ分がかなりの額のため、失業者が労働市場に戻る動機をかえってそいでしまうのではという声も少なくない。

 その上乗せ分の支給措置が7月31日に失効する。休暇から7月20日に戻ってきた議員が支給措置をそのまま延長の内容で法案化に進めることはかなり難しい。

 あとから、遡及適用することになる可能性はあるにしても、現行措置が一時的に切れることによる所得の減少は失業者にとって大きい。これが結果として景気回復の勢いをそぐ可能性はある。

 また家計への追加の現金給付についても、個人消費の底上げに貢献している面は確かなので、第4弾の経済対策に盛り込むべきとする声もある一方で、上院共和党議員をはじめ、ばらまきのような財政支出には一線を画そうとする向きも多い。

 新型コロナウイルスの第2波あるいは遅れてきた第1波が人々の不安を強めることは間違いないが、だからといって財政が拡張方向でさらに出てくるわけでもない。

 以上のように、米国の家計部門は所得面に不安要素を多く抱える。トランプ大統領としては、願わくは景気回復の波に乗って支持率を挽回させたいのだろうが、回復ペースが緩慢なものとならざるを得ない以上、情勢は厳しい。

(三井住友銀行 チーフエコノミスト 西岡純子)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

最新記事
最新記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ