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上沼恵美子という「失敗人の再生工場」、 宮崎謙介が語る

2020年07月07日 06時00分更新

文● 宮崎謙介(ダイヤモンド・オンライン

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歯に衣着せぬトークで人気を博すタレントの上沼恵美子さん。自らの不倫騒動で、これまで何度もメッタ斬りにされてきた元衆議院議員の宮崎謙介氏が、上沼さんの厳しいトークに込められた思いと狙いについて語った。(元衆議院議員 宮崎謙介)

上沼恵美子という
失敗人の再生工場

 人間は誰しも失敗をする生き物です。失敗しながら成長していくものです。しかしながら、致命的な失敗をするときには、なかなかそこから立ち直ることができなくなります。会社でも大きな失敗をしてへき地へ飛ばされたり、懲戒免職になることもあります。

 でも、部下が大きな失敗を犯し窮地に立っているときにその人材を生かし、再度その活路を見いだせるかどうかでリーダーの資質が問われると私は考えます。

 私は芸能界でお仕事をさせていただいて3年になろうとしていますが、私が今まで見てきた中で、芸能界において失敗人の再生工場のような立ち位置に立っている人がいらっしゃいます。

 それは西のご意見番の上沼恵美子さんです。

 今や日本全国のご意見番となっており、東京で暮らしている私でもネットニュースで上沼さんのご意見を見ない日はないくらいです。

 現在、お笑いコンビ「キングコング」の梶原雄太さんの番組降板をめぐり、様々な憶測が飛び交っています。真実はわかりませんが、少なくとも失敗を犯した私は上沼さんに救われました。

 そのことを踏まえて僭越ながら私の実体験と拙い分析を交えて、上沼さんという「失敗人の再生工場」について、皆様にご紹介をしたいと思います。

テレビ番組で
メッタ斬りに

 まず、私は議員辞職をしてから約2年間、外に出ることも嫌で、陰に隠れるような生活を送っていました。

 しかし、国会議員だった妻も議員ではなくなり私には制約がなくなりました。表に出て、自分のことをもっと知ってもらいたいと思うようになり、妻の選挙が終わってからわずか7日でサンデージャポンに出ることになりました。その後、妻も一緒にテレビでお仕事をさせていただくようになりました。

 ある現場に行ったときのこと、関西テレビの役員の方が妻の楽屋にやってきました。そして丁寧に名刺を差し出してこられて「出演していただきたい番組があるのです。悪いようにはなりませんのでぜひご検討ください」とおっしゃいました。

 妻の楽屋だったので、私は「(妻の)金子のスケジュールを確認します」と返したところ、「ご主人の宮崎さんにご出演をお願いしたいのです」と言われ、驚いてしまいました。

 どんな番組なのだろうか、と思いながらその方からのご連絡をお待ちしておりました。

 そしてご案内いただいた番組が「快傑えみちゃんねる」でした。

 テレビ番組に疎かった私でも当然知っている関西の超人気番組であり、大御所である上沼恵美子さんの番組。「ちょっと怖いなぁ」と思いつつも、関テレの役員からの直々のオファーを断るわけにもいかないので、「妻と一緒に出たい」とお願いし、夫婦出演とさせていただきました。

 それから出演まで3カ月くらいあったかと思いますが、いよいよ迎えた収録日を私は今でも鮮明に覚えています。

 着ていたジャケットの脇が汗だくでびっしょりになっていました。これでもかというくらい私は上沼さんにお叱りを受け、ここまで斬るかというくらい私は斬られまくりました。

 一方、隣に座っていた私の妻はもてはやされ、株が大幅に上がりました。

 番組収録後、新大阪駅に向かうタクシーの中で私は妻に「なんでお前ばかり株が上がって、俺があそこまで落とされるんだ!」と怒ってしまいました。完全なる逆ギレです。恥ずかしい限りですが、私は冷静さを失ってしまいました。

 しかし、考えてみれば、妻は何も悪くなく、番組も普通の流れであり、上沼さんが私を料理するのも太陽が東から昇るのと同じくらい自然なものでした。それから半年、勝手に傷心していた私の心もだいぶ癒えた頃に再び「快傑えみちゃんねる」のオファーを頂きました。

厳しい発言の
本当の狙い

 次は私一人でのスタジオにお邪魔しました。

 想像通り、否、想像以上の血しぶきが舞いました。見事に斬られたと自負しているくらい、綺麗に斬られてまいりました。

 その後、さらに3回目の出演オファーを頂き、私は再度首を差し出しに大阪へ向かいました。

 無事に血まみれになって番組が終わり、御礼の挨拶をしに上沼さんの楽屋を訪ねました。

 いつもは御礼の言葉を一言頂くだけなのですが、この日はちょっと違いました。

「宮崎さん、少しいいですか?」と、楽屋にとどまるように言われました。

 私は直立不動の姿勢のまま動けなくなりました。

「トークが素人すぎるからもっと勉強してこい!」とお叱りを受けるのかと、一瞬、緊張が走ります。

 すると上沼さんが口を開きました。

「いつもごめんなさいね。いろいろ言いすぎて」

 私は拍子抜けしました。

 上沼さんは続けて、こう言いました。

「実はね、私があなたのことをあそこまで厳しく言うことには意味があるんですよ。世の中の多くの人が思っていることを私が10倍くらいにして言う。すると、見ている視聴者は留飲を下げるだけで終わらず、“ちょっと宮崎さんに対していくらなんでも言いすぎなんじゃない?”と思うようになるの。実際、放送後には関西テレビにそういうお電話が来るんです。そうすると、どん底にいるあなたの株が上がってくるのよ。だから、許してくださいね」

 私の心の中で大きな鐘がドーンと突かれたような感覚になり、茫然としてしまいました。こんなに深く複雑な愛情があるのだろうか、と感激してしまったのです。

 それまでは、国会議員時代のプライドが染みついていたのか、番組でいじられることへの抵抗がありましたが、全て吹き飛びました。私のことをここまで考えてくれている人もいるのだから、私はもっと前向きに明るく元気よく頑張らないとダメだと強く思うことができ、どんな仕事も自分の捉え方とスタンスによってプラスに持っていくことができるに違いないと思うようになりました。

部下のマネジメントに
いかに応用するか

 この上沼さんのマネジメント手法を僭越ながら私なりに分析をしました。

 失敗した部下(私は部下ではないのですが…)にまず、(1)自分の失敗としっかりと向き合うことをさせて、(2)挽回のチャンスを与え、(3)くじけている心を自分のチカラで前に向かせることをしているのです。

 そして(1)~(3)がある程度の形を成してきたところで、(4)一連の種明かしをするのです。「そこには君への愛があったんだぞ、よくぞここまで頑張ってきたな!」と。

 友人でお笑いタレントの狩野英孝さんも言っていました。「いじられるのはつらい。できることなら避けたいよ」と。

 でも彼も同じように(1)~(3)の中で歯を食いしばってきたからこそ、今では再び人気者になっていますよね。つい先日も「快傑えみちゃんねる」に出演していました。彼もまた上沼さんの大きな愛の中で再生した一人なのでしょう。

 上沼さんの前では自然と緊張してしまいます。

 私は国会議員時代に総理や官房長官、大企業の社長たちとも多数お会いしてきたので、あまり人と会うときに緊張はしません。

 唯一緊張したのは、亡くなられた元官房長官の野中広務先生ですが、上沼さんとお会いするときは、それに匹敵するくらいの緊張感なのです。

 野中先生にも生前はとてもよくしていただき、かわいがっていただきました。私が緊張感を覚えるのは「常に自分で考え、自分の足で立って頑張っていかなきゃいかんぞ!」という、きっとそういう愛情表現であり、そこにこそ成長のチャンスがあるのだというメッセージだったのだろうと、梅雨空の下で感じ入っている今日この頃でした。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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