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ASCII STARTUP イベントピックアップ 第78回

「Plug and Play Kyoto - Batch 1 EXPO」レポート

次世代高圧ガス容器が優勝 社会を変えるHardtech & Healthスタートアップ

2020年07月08日 09時00分更新

文● 野々下裕子 編集●北島幹雄/ASCII STARTUP

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 シリコンバレーを拠点とする世界有数のグローバル・ベンチャーキャピタルおよびアクセラレーターであるPlug and Playの日本支社、Plug and Play Japanは、国内外のスタートアップを支援する約3ヵ月のプログラム=Batch を初めて京都で実施し、その成果を発表するイベント「Plug and Play Kyoto - Batch 1 EXPO」を5月26日にオンラインで開催した。

 アクセラレーションプログラム「Winter/Spring 2020 Batch」は、6つの分野(IoT、Fintech、Insurtech、Mobility、Brand & Retail、Hardtech & Health)を対象に2019年12月~2020年3月期で実施され、企業パートナーである国内大手企業36社とともに、国内外94社のスタートアップを採択している。今回は「Hardtech & Health」をテーマに国内外あわせて15社のスタートアップが登壇し、オンラインでピッチを披露した。本記事では、注目スタートアップを中心にイベントの模様を紹介する。

Plug and Play Kyotoでは初めてのBatchとその成果を発表するEXPOの開催を3月に予定していたが、新型コロナウイルス感染拡大によりオンラインでの開催となり、ライブ配信の視聴者数は1270人を越えた。

国内部門

使い捨て可能な入れ歯や口腔内を診断するマウスピースを開発
株式会社スクリエ

 毎日の口腔ケアの状態を可視化し、来院を管理する歯科診療支援システムと安くて使いやすい使い捨てタイプの入れ歯の開発を目指している。デンタルヘルス市場をターゲットにしており、まずは、口の中の状態をチェックできるマウスピースとアプリを使い、嚥下機能を回復させたり、いびき防止などを行なうハードウェアの実用化から進める。2名の歯科医師と情報システム技術者で設立され、2021年の事業開始を予定している。

AIやロボットによる医薬品分子設計やシミュレーションで創薬を支援
株式会社MOLCURE

 AIを活用した独自の解析技術により創薬を支援するベンチャー。既存の手法では難しい医薬品の分子設計ができ、すで製薬企業5社が使用しているほか、15社との連携をPlug and Play Kyotoの支援で行なっている。熟練の科学者による実験技術と、ロボットによる作業の自動化で高度なスクリーニングを効率的に行ない、シーケンサーの前処理なども可能で、現在はCOVID-19関連のプロジェクトにも複数採用されている。

カルテ要約など医療関連文書を自動作成するソフトウェア
エニシア株式会社

 電子カルテが導入されているにもかかわらず医師を苦労させているカルテ記入を始めとする文章作成業務を自動化し、負担を軽減するカルテ要約作成支援ソフトウェア「SATOMI」を開発。特許取得済みの独自のアルゴリズムを用いて、電子カルテから重要な情報を抜き出して要約の案を提示し、確認するだけで作業が終了する。紹介書を作成するテストでは、30分は必要な作業が10分以下で終了できたという。

 ソフトウェアの使いやすさを意識しており、音声や動画の記録もできる。全国どこでも必要に応じて安全に医療カルテ情報にアクセスできることを目指す「千年カルテプロジェクト」との共同研究も開始しており、医療機関だけでなく手書きが中心の保険会社などでの既存業務の効率化なども視野に入れている。

心不全の末期症状化を防ぐ高機能の埋め込みデバイス
株式会社iCorNet(アイコアネット)研究所

 世界的に拡大する心不全患者の中でも末期症状への悪化を防ぐ、無痛性の埋め込みデバイスを開発。心臓の3次元モデルを元に個別にテーラーメイドの心臓サポートネットを作り、市販の植込み型除細動装置に比べて使用するエネルギーが小さいため使用者への負担が小さく、予後の回復も早い。現在、2件の臨床研究を実施しており、2022年にPMD(医薬品医療機器等法)の認証を目指している。

ICU専門医の遠隔対応をSaaSモデルで提供
株式会社T-ICU

 救急搬送された患者の70%は専門医の治療が受けられないという問題を解消するため、遠隔からインターネットを通じて対応できる遠隔ICUを提案している。SaaSのように必要な機能を必要な時だけ利用できるよう、ICU専門医1人につき30のICUをサポートできるシステムを想定しており、年間7500万円の人件費が1000万円に抑えられるという。アメリカでは20%が遠隔ICUであることから、国内1000ヵ所、200の病院に導入できる可能性があり、へき地を中心に活用されることを期待している。

少ないデータで開発可能なAI診断支援やシステムを開発
株式会社ハカルス

 少ないデータから学習可能なスパースモデリング技術を活用した医療と産業向けのAIを開発。医療分野ではCTやMRIスキャンなどの医用画像データをはじめ、ECGなどの時系列データ、患者の病歴履歴などを用いて、より正確で早く安全な治療ができるツールを作成し、がん細胞の画像解析などによる予防や早期診断システムの共同開発を行なっている。

血管を高解像度3D画像で可視化するデバイスで診断を支援
Photo Soni Tech - 株式会社

 光超音波イメージング技術を応用して体内の血管の状態を高解像度画像で可視化できる、非侵襲デバイスなどの開発をメインとする京都大学発のスタートアップ。リュウマチの診療などこれまでは2次元で診察していたものを3次元化することで診断支援が可能になる。今年から臨床研究をスタートし、年末から臨床試験に進み、2~3年後の実用化を目指す。

尿を送るだけのパーソナル栄養検査サービスを提供
株式会社ユカシカド

 自宅で採取した尿を送るだけで栄養状態がわかるパーソナル栄養検査サービスを展開。食事を調査する栄養アセスメントや血液検査だけでは栄養状態を把握するのは難しく、尿検査は手間とコストがかかるという問題があった。アスリートの60%が栄養失調の問題を抱えているともされ、そうした問題解決に取り組むため、尿だけで簡単に解析できる栄養検査キット「VitaNote」を3年前に開発した。15種類の栄養素の状態が確認でき、結果に応じた適切なオーダーメイドサプリを提供している。

トリアージ診断やオンライン診療を支援するAIサービス
株式会社アドダイス

 画像解析と稼働装置の予兆制御を行うAI技術を医療に応用し、診療診断での見落としを防ぎ、作業をスピードアップするサービスを提供する。新たな病変にあわせて再学習するAIを効率的に作る特許を取得。現在は新型コロナウイルス感染症対策として実施している、医療現場とビッグデータを解析するCOVID-19-ResQプロジェクトを立ち上げ、トリアージ診断の支援やオンライン診療サービスを提供している。

高圧ガスをコンパクトにキューブ化する
株式会社Atomis

 医療から宇宙産業までさまざまな分野で活用できる多孔性配位高分子技術を開発する京都大学の高等研究所発のスタートアップ。ピッチでは医療関係ではなく、現在取り組んでいる無数の穴に高圧ガスを閉じこめてコンパクトなキューブ状態にして販売するサービスを発表した。キューブはIoTを利用して残量が目視でき、遠隔からでも管理できる。地方で作ったキューブをエネルギーの利用が多い都心部など必要な場所に手軽に配送できることから、送電線を維持するよりも安価にエネルギー問題を解決できる可能性があるという。テーマからはずれた内容だったが、エネルギー問題という生活インフラ全般に関わる問題を解決するアイデアだったこともあり、国内部門で優勝企業に選ばれた。

海外部門

日本企業とも連携する5社が海外部門に登壇

 海外部門では全部で5社が登壇した。左右の耳で周波数の異なる音を聴かせるバイノーラルビートで脳を活性化し、睡眠障害を解消するヘッドバンドを開発する米国ボストンの「Sleep Shepherd LLC.」、血液サンプルの採取と検査プロセスを簡易化することで結果を出す時間をスピードアップする検査キットを開発する米国カリフォルニア州の「GATTACO Inc.」、DNAを解析して遺伝に基づくパーソナルフィットネスプログラムを提案するシンガポールの「ELXR Pte Ltd」、家のトイレで大腸癌の早期発見などに役立つ血液検査ができるヘモグロビンセンサーを開発する台湾の「RedEye Biomedical Inc」らが登壇した。いずれもすでに製品化がある程度できており、日本企業と連携したり日本市場への進出を目指してプログラムに参加した。

 優勝したのは発達障害やうつ症状をケアするAIチャットボットを開発する米国サンフランシスコの「HoloAsh, Inc.」。創設者の岸慶紀氏はシリアルアントレプレナーで自身もADHD障害を持つことから、同じ悩みを持つ人たちを助けるため、認知科学に基づいた独自のAIインターフェイスの開発を始めた。音声対話に使用するAI Friendエンジンは英語板で8つの音声が選択でき、セラピー版Siriのような次世代人工知能にすることを目指している。これまでは口コミやFacebookグループだけで利用者を増やしてきたが、今後は個人と企業の福利厚生へと利用を拡大し、さらに声の状態に応じて商品を提案するといった機能の開発も進める予定だ。

 今回のプログラムは京都を中心に活動するスタートアップが多く参加しており、イベントの冒頭に京都府の西脇隆俊知事や京都市の門川大作市長がビデオメッセージを送るなど、地域全体で支援を行なっていくことが強調された。また、次回の Batch 2は10月7日開催予定であることも報告された。

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