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「財政ファイナンス」が懸念される“国債無制限買い入れ”の本当の問題

2020年05月20日 06時00分更新

文● 井上哲也(ダイヤモンド・オンライン

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Photo:PIXTA

コロナ対策支える中央銀行
大規模化、長期化する可能性

 日米欧の中央銀行が国債買い入れを通じてコロナ対策に取り組む政府の資金調達を支える役割を果たしていることに対し、金融市場でも懸念する声が上がっている。

 米FRB(連邦準備制度理事会)に続いて、日本銀行も4月の政策決定会合で「国債無制限買い入れ」を決めたが、「財政ファイナンス」に陥る恐れはないのか。

 少なくともこれまでは、これらの中央銀行も国債を各国政府から直接に引き受けるわけではなく、金融市場から買い入れている点で、厳密な意味での「財政ファイナンス」にはなっていない。

 だが、日米欧の政府が、新型コロナウイルスによる企業や家計の破綻を防ぎ、今後の景気回復を促すために大規模な財政出動を行っているのと並行して、おのおのの中央銀行が大規模な国債買い入れを行っているため、現象面では、中央銀行が政府の資金調達を量の面から支えていることになる。

 そして、その規模は今後も拡大するとみられる。

 中央銀行は、国債買い入れは金融政策上の観点からと説明しているが、長期金利の抑制を明示的に意識して国債買い入れを行っているだけに、結果的には、中央銀行が政府の資金調達を金利の面からも支えていることになる。

 これも相当の期間にわたって継続される可能性がある。

さまざまな「仮説」
インフレや通貨安は起きるか

 中央銀行が政府の資金調達を支えることの弊害としては、まず、インフレのリスクが指摘されることが多い。

 中央銀行という後ろ盾を得た政府が財政支出を安易に増加させる結果、総需要の過剰を通じてインフレ圧力が高まるという懸念だ。

 これは一般的には蓋然(がいぜん)性のある仮説だが、今回の財政出動は新型コロナウイルスの感染拡大防止で経済活動が自粛されることよって企業の投資や家計の消費支出が一定の期間にわたって急減したことに対応するものだ。

 今後も民間の投資などが回復するまでに時間がかかることを考えれば、総需要過剰によるインフレが起きるという説の説得力は弱い。

 むしろ外出や営業の自粛、休業が続いてきたこの間については、日米欧の政府による努力に拘らず、財政支出だけで喪失した総需要を全て埋め合わせることは困難とみられる。

 金融市場では、国債増発で国債に対する信認の喪失を招くとの指摘もある。

 政府が償還の可能性を無視して、中央銀行による買い入れだけを頼って国債を発行するようであれば、そうした懸念も現実のものになり得る。

 しかし、日米欧の政府は、少なくとも現時点では、景気回復などによる税収の増加によって長期的には債務残高を徐々に元に戻していく考えであり、返済能力もある。

 この点に関しては、日米欧のような主要国の場合、国債を自国通貨建てで発行できていることの意味は大きい。

 こうした条件の下では、国債の償還可能性は、最終的には政府の徴税能力に依存することになる。新型コロナウイルスによる経済への打撃は短期的には甚大だが、各国経済の存亡に関わる事態にまでは至っていない。

 より広い視点から通貨に対する信認が失われるとの懸念もあるだろう。

 ただし、中南米諸国などで経済危機の際に自国通貨よりドルが選好される「ドル化」の経験を踏まえると、一国の通貨に対する信認の喪失は、その通貨では経済活動に必要な財やサービスが十分に購入できないとか、安全な資産運用ができないといった事態の下で生ずる。

 新型コロナウイルス問題によって、日米欧でこうした事態が生ずる可能性も小さい。

 しかも、今回は特定国だけが深刻な打撃を受けたわけではないので、例えば米ドルからユーロへのシフトのように、信認を失った通貨の代替先が存在するわけでもない。

 もちろん、相対的に実体経済が早く回復するとみられる中国人民元の魅力が高まる可能性はある。しかし、中国は過剰債務問題などで国内金融システムに不安定性を残すだけに、中国政府が資本逃避のトリガーとなり得るクロスボーダー取引の自由化を加速することは考えにくい。

ポリシーミックス“常態化”のコスト
非効率な投資増えて生産性低下

 このように、新型コロナウイルスによる経済への打撃とその回復という時間的な視野で見た場合、日米欧の中央銀行が財政支出を実質的に支えることに伴う深刻な問題は生じそうもない。

 しかし、短期的に問題が起きそうにないだけに、財政政策と金融政策とのこうした「ポリシーミックス」が常態化する可能性は高い。

 その場合に高齢化と低成長の下にある日米欧にとって懸念すべきリスクは、非効率な投資や支出が支配的になることだ。

 民主主義の下で財政支出は議会で決定される。新型コロナウイルスによる深刻な打撃を受けている現在は政治判断を優先すべきだが、平時にも中央銀行に支えられた大規模な財政支出が継続すれば、効率性に問題のある投資や支出が増え、経済全体の生産性が低下する恐れが大きい。

 そうした財政支出の総需要に対するウエートが大きくなれば、人為的に低く抑えられた利回りによる国債増発に支えられた政府投資の肥大化によって、効率的な民間投資が抑えられ駆逐される現象が起きる。

 そうなれば、民間企業や投資家はより有利な活動環境を求めて、海外へ活動をシフトすることになるだろう。このことは、国債消化における中央銀行への依存をさらに高めることになる。

 長い目で見て結果的に生ずるのは、静かにしかし確実に進む自国通貨離れであり、経済成長の低迷に伴う税収の停滞だ。そのことはさらに、国債に対する信認の低下にもつながることになる。

財政危機回避で検証の仕組み必要
民間貯蓄残高と比べる債務指標を

 仮に日米欧のような財政規模の国で財政危機が生じた場合には、国際通貨基金のような国際機関でも対処不能である。

 ただし、そうした事態に陥るまでには幸いにも時間的な猶予が十分に残されている。

 まず、政府債務を中央銀行以外の国内資金によって維持できるかどうかを常に検証しチェックすることが重要だ。

 つまり、財政が持続的に維持される債務残高の水準はGDP対比でなく、民間貯蓄残高との対比で考えるべきである。

 その上で、議会で財政支出の是非を議論する際には、こうした情報を合わせて提示することも重要だ。

 もちろん財政支出の適否をこうした指標だけで判断することはできないにしても、検討の俎上(そじょう)に載せることで金融市場による実質的なチェックも期待できる。

 また、国債のクレジットや流動性に関するデリバティブ市場を育成することにも意味がある。

 今回の経済対策によって、米欧でも日本と同様に国債保有に占める中央銀行のウエートは大きく上昇するので、国債市場が利回りなどの変動を通じて発する早期警戒のサインを受け取れなくなる恐れがある。

 その代替として、多様な市場参加者による見方を反映し得るデリバティブ市場を持つことの意味は小さくない。

(野村総研金融ITイノベーション部主席研究員 井上哲也)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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