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新型ウイルス危機は「所得分配」を変えるゲームチェンジャーか

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Photo:PIXTA

国内の連帯は強まるが
国外には遠心力が働く懸念

 先進国では過去30年間、グローバリゼーションが進展するもとで経済格差が拡大し、政治的分断も広がった。

 今回の新型ウイルス危機は、社会のあらゆる階層に多大な打撃を与えるが、そうだとすると、1930年代の大恐慌と同様、人々が共同体的な紐帯に強く目覚め、所得再分配を見直したニューディール的な政策が選択される可能性はないのだろうか。

 その一方で懸念されるのは、国境の内側で求心力が働くとしても、国境の外側に対しては強い遠心力が働き、むしろ国際的な分断がさらに広がることだ。

グローバル化で中間層が瓦解
所得再分配機能が弱体化

 この30年余り、グローバル化の進展とともに、オフショアリングが進んだ。1990年代以降、先進国の製造業が生産工程を新興国にシフトさせたのである。

 かつては、工業国と言えば先進国を意味していた。工業化はフルセットで行う必要があり、新興国が工業国となるのは相当に難しかったためだ。

 それでは、なぜ新興国へのオフショアリングが可能となったのか。

 それは90年代後半以降のITデジタル革命によって、国境をまたいでアイデアを移動させ、海外でも生産管理を行うことが可能となったからだ。

 先進国の製造業は、新興国の安い賃金と自らのノウハウを組み合わせ、グローバルで効率的な生産を追求できるようになった。

 当初、労働集約的な生産工程を海外に移転させることは、経営面だけでなく、経済学的にも、そして政治学的にも望ましいと考えられていた。収益性の高い企画や研究開発、アフターサービスを国内に残し、収益性の低い労働集約的な組立工程を新興国に移すのだから、みんながハッピーになれるはずだった。

 しかし、組立工程のシフトは中間的な賃金の仕事の消滅を意味し、先進国では低い賃金と高い賃金の仕事への二極化が進んだ。

 一国の付加価値生産の内、製造業が占める割合は1~2割しかないが、同じような現象が非製造業でも生じた。ITデジタル革命によって、さまざまな業界で労働節約的なイノベーションが進み、中間的な賃金の仕事が消滅したのである。そして中間層は瓦解した。

 一国だけがグローバリゼーションを否定すると、大きな災いに直面する。各国政府は、グローバリゼーションと折り合いをつけるべく、従来の社会契約や社会規範を修正していった。

 逃げ足が速いグローバル企業や富裕層を自国につなぎ留めるべく、法人税率や所得税の最高税率の引き下げ競争が行われた。この結果、各国の所得再分配機能は著しく弱体化した。

 高所得者がより大きな負担を担うのではなく、低所得者や中所得者は自らが社会保障の財源を賄わざるを得なくなっていったのである。

 低所得者や中所得者への税負担をさほど増やすことができなかった日本では、財政赤字に頼ることで、つじつま合わせが続けられてきた。

中道政治勢力が衰退
二極化と分断が進む

 これらの結果、多くの先進国では中間層にサポートされてきた中道派の政治勢力は後退、保護貿易や反移民政策、反EU政策を訴える政治勢力が台頭した。

 長年培ってきた社会契約や社会規範の変更を迫るグローバリゼーションに対し、強い反発が広がったのである。

 また、ITデジタル革命は経済格差を助長しただけではなく、自らが好む情報ばかりを供給するソーシャル・ネットワーク・サービスが人々に広く、そして深く浸透することを通じ、社会や世界の分断を助長した。

 保護貿易を掲げるトランプ大統領の誕生や英国のブレグジット国民投票は、わずか4年前の2016年の出来事だ。

 そして、もう一つ、オフショアリングを背景に、経済力を著しく増した中国に対するリベラル資本主義国家の安全保障上の警戒感も相当に強まった。

 中央銀行も、経済格差の拡大に意図せず加担した。

 労働節約的なイノベーションの果実を享受するのは平均的な労働者ではなく、アイデアや資本の出し手であり、1990年代末以降、労働分配率は趨勢的な低下が続いた。

 完全雇用に至っても、平均的な労働者の賃金上昇は限られ、インフレの上昇も鈍い。

 それ故、中央銀行は超金融緩和を継続するのだが、結局、資産価格ばかりが上昇する。借り入れコストが低く抑え込まれるため、レバレッジをかけて資産を購入する富裕層に有利に働くことになり、格差が拡大した。

貯蓄超過生む分配構造
「長期停滞」の原因に

 格差の拡大は長期停滞とも大いに関係している。アイデアや資本の出し手は所得水準が高く、支出性向が低いため、そうした人々に所得増加が集中すると、一国全体では貯蓄ばかりが増え、貯蓄と投資を均衡させる自然利子率が低下する。今では自然利子率はマイナスの領域まで下がっている。

 つまり、生産年齢人口の減少だけでなく、経済成長の王道と思われたグローバリゼーションやイノベーションの推進が分配問題を通じて、自然利子率を低下させ、長期停滞をもたらす要因となっていたのだ。

 筆者のこの仮説が正しければ、貯蓄超過を生み出す分配構造が維持されたままでは、大規模な財政赤字や大規模な経常黒字、あるいは金融膨張で総需要をかさ上げすることでしか完全雇用に到達できない。

 実際、米国の完全雇用は金融膨張によってもたらされ、ドイツは大規模な経常黒字によって、そして日本は大規模な経常黒字と大規模な財政赤字の組み合わせで完全雇用を実現するという状況が続いている。いずれも持続可能とは言い難い。

 そして、米国の完全雇用が維持できなくなれば、ドイツと日本は大規模な経常黒字を維持できなくなる。両国とも、いやグローバル経済は米国の金融膨張で完全雇用が維持されてきたともいえる。

 問題の本質は所得の分配構造にあり、もし所得水準が高く支出性向の低い経済主体から、所得水準が低く支出性向の高い経済主体に所得移転が行われるのなら、経済の好循環が回り始めるのではないか。

 自然利子率も上昇し、金融膨張や大規模な経常黒字、大規模な財政赤字がなくても完全雇用に達することが可能となるはずだ。

 しかし、当然のことながら所得再分配を見直すのは経済的にも政治的にも容易ではない。それ故、為政者は、これまでと同様、中央銀行に賃金が上がるまで金融緩和を続けるよう求める。

 ただ、賃金上昇が鈍いのは分配構造に起因するから、金融緩和では解決にならない。アセットプライス(資産価格)ばかりが押し上げられ、経済格差の拡大が助長されるだけである。

 そしてグローバル資本市場ではブーム&バーストが繰り返される。

「大恐慌」では復活した
共同体的な紐帯意識

 ただ、今回の新型ウイルス危機は「ゲームチェンジャー」になるのかもしれない。

 振り返ると、貧者のみならず富裕層も大きなダメージを被ったということでは、1930年代の大恐慌がそうだった。

 当時、全ての階層が危機に直面した結果、人々は共同体的紐帯の意識に強く目覚め、所得再分配が見直された。フランクリン・ルーズベルト大統領はニューディール政策として、困窮者の救済策など社会保障制度を整えた。

 多くの場合、経済状況が悪くなると、人々は精神的なゆとりを失い、女性の機会拡大や社会階層間の流動性、人種・宗教的多様性への寛容さ、公平性、デモクラシーへの志向といった善き社会のモラルは損なわれる。

 しかし、1930年代は真の危機に直面したため、人々は社会の分断ではなく、社会の連帯を選択したのだ。

 ハーバード大学のベンジャミン・フリードマン教授は、南北戦争終了から2000年代初頭までの150年間で、米国における経済成長と社会モラルの間に、明確な正の相関を見出している(『経済成長とモラル』、2005年)。

 教授によると、経済成長期には、公教育や公民権などが充実すると同時に、対外的にも移民や通商などへの寛容さが増し、開放的となる。停滞期には、排外的、孤立主義的な動きが強まる。

 1930年代の大恐慌は、成長と社会モラルの正の相関の法則が覆された唯一の例外であり、危機があまりに深刻で、法則が当てはまる閾値を超えていたと結論している。

 ただし、ブロック経済化など、排外主義的傾向は覆されなかった。

新型ウイルス危機で
所得再分配は見直されるか

 フリードマン教授の研究が発表された後、2000年代末のリーマンショックを機にした世界金融危機の際には、国民皆保険の導入を掲げる黒人のオバマ大統領が誕生した。

 当時、筆者は、深刻な危機ゆえに、再び閾値を超える例外が訪れたのだと、考えていた。

 しかし、わずか数年足らずでオバマ大統領への熱狂的な支持も失われ、その政策は多くの反対もあって徐々に骨抜きにされていった。その後、2010年代は経済格差がさらに広がり、2016年の大統領選挙で選ばれたのは、社会の分断を象徴するかのようなトランプ大統領だった。

 世界金融危機は二度目の例外とはならなかった。

 今回の新型ウイルス危機は、1930年代の大恐慌に続く第二の例外となる可能性はないのだろうか。

 新型ウイルスを封じ込めるには、経済活動を強く抑制しなければならない。低所得者により打撃が大きいのは事実だが、新型ウイルスはあらゆる経済階層を危機にさらす。富裕層であっても、新型ウイルスから逃れることはできない。

 また、新型ウイルスをいったん抑え込んでも、経済活動が再開すれば、感染拡大が繰り返される恐れもある。みんなが新型ウイルスの封じ込めに協力しなければ、経済成長の再開はおぼつかない。

 ロックダウンが取られた多くの国では、すでに「連帯」がキーワードになっている。人々が再び社会的紐帯に強く目覚めるのなら、所得再分配が強化する方向で見直されるかもしれない。

国境の外側では分断進む?
低コストで「中国封じ込め」

 ただ、懸念すべき問題がある。国境の内側では、社会的紐帯が強まる可能性があるとしても、国境の外側に対しては、むしろ反対に分断の力がより強く働くのではないか。例えば、最近の米中対立だ。

 もちろん、新型ウイルスは一国で解決可能な問題ではない。仮に一国で抑え込んでも、全ての国で抑え込まなければ、感染者の国際移動によって、各国とも感染拡大のリスクに再びさらされる。公衆衛生の問題は外部(不)経済が大きく、パンデミックの解決には国境を超えた連帯も不可欠である。

 しかし、米中の間では、新型ウイルスを巡ってすでに激しい応酬が始まっている。

 2018年3月に米国は、膨張する中国の経済覇権、技術覇権、軍事覇権を抑えようと、対中貿易戦争を始めた。米国の安全保障の専門家の中には、1940年代後半以降に採用された「ソ連封じ込め」政策を強く意識する急進派も存在する。

 一方でウォール・ストリートやメイン・ストリートの経済人らは、対中貿易戦争がさらに激化すれば、米国だけでなくリベラル資本主義の国々が甚大な打撃を被ることを恐れた。

 結局、自国への返り血が大きいと判断したからこそ、トランプ大統領も大統領選挙を前に、歩み寄りを選択した。中国との経済の相互依存度がこれほど強まった中で、中国封じ込め、あるいは中国排除はやはり政治的にも難しいのだと多くの人が感じていたから、歩み寄りの選択には安堵の空気が流れた。

 しかし、今、米国だけでなく多くの国が新型ウイルスを抑え込むために、多大な経済コストを払って、国境を越える人やモノの往来をすでに停止している。

 新型ウイルス問題の解決後も、このまま中国との経済交流を抑えたままにすれば、封じ込めが可能となるかもしれない。

 機会費用を考えれば新型ウイルス・ショックが訪れる前も後も経済交流の停止がもたらす打撃は同じはずだが、今やすでに往来が止まっているため、それを続けさえすれば、政治的には小さなコストで中国封じ込めが可能と判断される恐れがある。

 また、国内の連帯強調を狙って、排外主義が利用されるリスクもある。自らの好む情報ばかりを供給するソーシャル・ネットワーク・サービスが国際社会の分断を助長する可能性もある。

欧州は「ユーロ解体」に?
逆に連帯強まり財政統合?

 もう一つ遠心力が懸念されるのは欧州内での分断が進むことだ。

 新型ウイルス危機をきっかけに、反EUあるいは反ユーロの遠心力が強く働き、再びユーロ解体のリスクが高まることはないのか。

 もちろん、今回の危機をきっかけに、ユーロ圏が財政統合にまで踏み込み、連帯が強まるというシナリオも描けなくはない。すでに医療分野では、ドイツがフランスやイタリアの感染患者を受け入れるなどの助け合いが行われている。

 しかし、予断を許さない。歴史的に見て、永続した通貨同盟は今のところ存在しないからだ。

(BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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