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東京五輪延期で俎上に載る「選手の再選考」は行うべきではない理由

2020年03月27日 06時00分更新

文● 小林信也(ダイヤモンド・オンライン

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Photo:Diamond

マラソンは代表変えず、柔道は再選考へ
競技で異なる延期決定後の対応

 東京オリンピックの延期が決まり、にわかに関心が高まっているのが代表選手の選考だ。すでに出場が決まっている選手は、1年後の開催でもそのまま出場できるのか? それとも選考をやり直すのか?

 男女各3人、計6人の代表が決定している陸上マラソンは、再選考しない方針を瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーが明言した。卓球も、1月に決定していた代表選手の男女6人を変える予定はなく、このメンバーを強化することに力を注ぐと表明している。

 一方、柔道について山下泰裕JOC会長は、選考やり直しの可能性を示唆し、その場合は一度決まった選手が「幻の代表」になる可能性もあると発言した。

 競技の特性やそれぞれの事情も異なるからだろう。

 マラソンはいま、世界のトップレベルと距離がある。3人目の代表に大迫傑が決まった直後、「今の力ではメダルは難しい」と瀬古氏が冷静なコメントを出したことからもわかるとおり、東京大会でのメダル獲得の可能性は決して高くない。それもあって、2年半かけて選んだ新方式による代表をそのまま送りたい気持ちが強いのだろう。

 対して、柔道は違う。できれば全種目で金メダルを獲りたい。全部が無理でも出来る限り多く獲りたい。そのため、大会が開かれる時点での最強選手を代表にしたい――。厳しく勝利を求めたら、それも当然の判断だ。

 具体的な階級でいえば、最も悩ましいのは男子100キロ超級だろう。2大会連続でメダル獲得している原沢久喜選手を代表に選んだ。最強王者と呼ばれるリネール(フランス)が君臨するため、「金メダルが無理でも確実にメダルを獲ってほしい」という思惑がある。

 だが、代表選考直前の大会で、若手の影浦心選手がその最強王者を破る大殊勲を立てた。選ぶ側は大いに迷っただろうが、影浦選手の実績はその一勝だけで、過去1年間、主な国際大会での優勝経験が乏しい。結局、安定性と実績から原沢選手に託した格好だが、1年の強化期間が与えられたなら、影浦選手を鍛えて金メダルを獲りに行く、と方針を変えるのも当然だ。まして、ベテランになったリネールは1年後、年齢的にも盤石な強さが揺らぐ可能性もある。

競技による判断の差は
選手の不満やトラブルの原因に

 このように、東京オリンピックが開催される時点で最強の選手を選ぶならば、当然、選考のやり直しを求める声も高まるだろう。しかし、競技によって判断が違う場合、大きな不満やトラブルが生じる恐れがある。

 例えば、ある種目は選考をし直すと決めた。他の種目は代表を変えなかった。もし、不満を抱く選手がスポーツ仲裁裁判所に提訴したらどうなるか。基準が曖昧な場合は、選手が勝訴する可能性がある。それだけに、IOCもしくはJOCが統一的な指針を示す必要がある。

 商業主義に舵を切って以降、IOCはオリンピックを世界最高峰の選手たちによる世界最強決定戦と位置付けてきた。それを実現するため、プロ選手に門を開き、バスケットボールのドリームチームの参加を歓迎した。卓球、バドミントン、テニス、ゴルフなどを次々に正式種目に加えたのも、世界的な人気種目がオリンピックから外れていたら「看板に偽りあり」となってしまうからだ。その方針を維持するならば、選手選考はやり直す必要がある。大半の競技で2020年と2021年では違うシーズンであり、上位を争う選手も入れ替わる。

 日本選手を例に挙げてみよう。

 延期の決定を聞いて、「少し整理する時間が必要」とコメントしたウエイトリフティングの三宅宏美選手は2大会連続でメダルを獲得しているが、すでに34歳。さらに1年後に戦える体調や気持ちを維持できるかどうか、不安も大きいのだろう。

 スポーツクライミングの野口啓代選手も30歳。世界の女王の地位にあったが、若い新女王の台頭があり、いまは世界の二番手と目されている。さらに国内でも10代の選手が次々に現れ、世界の舞台で活躍するようになった。

 昨年、オリンピック代表の座を得たときも、「自分が代表になれるとは思わなかった」と、かつての女王とは思えない謙虚な感想を述べ、涙を流した。それくらい、新旧交代の波が激しく襲っている。だから、1年後に再選考したら、野口啓代選手が選ばれるかどうか、予断を許さない。

 女子レスリングも同様だ。1年以上に及ぶ激しい代表争いを展開した女子57キロ級。オリンピック5連覇を目指した伊調馨選手と川井梨紗子選手との激闘は最後の最後まで緊迫した。結果、プレーオフで川井梨紗子選手が先輩・伊調馨選手を振り切って代表権を得た。これがもし再選考となり、伊調馨選手が挑戦を決意すれば、5連覇の夢が復活する可能性もある。伊調馨ファンにとっては歓喜だろうが、川井梨紗子選手にとってはたまったものではない。あの勝利は一体何だったのか、やりきれない思いが拭えないだろう。

 アーチェリーの杉本智美選手も再選考になれば息を吹き返す可能性のある選手の1人だ。2018年のアジア大会の男女混合団体で金メダルに輝いており、2020東京オリンピックから新種目になったこの混合団体で、杉本選手は金メダルの獲得を期待されていた。ところが、先日行われた最終予選、ものすごい強風の中で力を発揮できず、アーチェリーの女王と呼ばれる杉本選手が敗れてしまったのだ。現時点ではオリンピック出場の望みが断たれた。しかし、再選考となれば……。

 ボクシング男子の堤駿斗選手も同様だ。あの井上尚哉選手とスパーリングをした経験もあり、井上尚哉もその天性を認めるアマチュアボクシング界期待の新星だが、最終選考会で敗れ、代表権を獲得できなかった。

 このように、再選考となれば見所は尽きない。見る側にとっては、こたえられない熱戦や名勝負が目白押しといった様相だが、すでに代表が決まったはずの選手にとってはやりきれない。再選考にあたって、有意な立場で戦える条件が保障されたにしても、なぜもう一度戦わなければいけないのか、釈然としないだろう。

あくまでも「東京2020」を貫くなら
再選考せずに平和の祝祭を目指しては

 これを解決する方法は、IOCまたはJOCが、「今度開かれるオリンピックはあくまでも2020年大会である」という明確な方針を打ち出すことだろう。名称も「東京2020」のままで行くと公表されている。開催時期は2021年になるが、これはあくまで2020年行われるべき大会なのだというスタンスを徹底して、再選考しないのも一つの選択ではないだろうか。

 オリンピックが世界最高峰の競技会であってほしい気持ちはあるが、それは単に最強争いとは限らない。スポーツを通して世界の平和を実現する、つまり心の絆を深める大切さが勝利至上主義以上に優先する。

 たとえ、東京オリンピック2020大会が、2021年時点の最強王決定戦でなかったとしても、2020年に集うはずだった世界のアスリートが、地球規模の新型コロナウイル感染という苦難を乗り越えた祝祭としてオリンピックに参加し、感謝を込めた競技が展開されたら、オリンピックにまた新たなエネルギーが注がれる。こうして、4年に一度の、単なるスポーツイベントではない魅力を深められるのではないだろうか。

(作家・スポーツライター 小林信也)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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