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プロ野球とJリーグが「新型コロナで連携」の歴史的衝撃

2020年03月06日 06時00分更新

文● 小林信也(ダイヤモンド・オンライン

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「新型コロナウイルス対策連絡会議」の設立について記者会見する日本野球機構(NPB)の斉藤惇コミッショナー(左)とサッカーJリーグの村井満チェアマン Photo:JIJI

 3月2日午後、テレビに映し出された記者会見映像を目にして、不思議な感慨に包まれた。

 NPB(日本プロ野球機構)コミッショナーと、Jリーグのチェアマンが、新型コロナウイルス対策において連携をするとのことで、肩を並べて会見を行っている。「その程度のことで驚くのはおかしい」と笑われるだろうが、その程度のことが、これまでほとんどあり得なかったのだ。だから、私にはまるで日本スポーツ界に深く存在していた「ベルリンの壁」が崩壊した瞬間にも見えた。

「Jリーグ百年構想」には
野球が一切入っていない不思議

 多くの識者やスポーツ愛好家たちは、Jリーグが創設時から提唱している日本スポーツの将来ビジョン「Jリーグ百年構想」を支持しているだろう。地域に根差した統合型スポーツクラブの創設と充実を実現する、ジュニア年代からの育成システムを確立するといった展望が記されている。

 サッカーやテニス、スカッシュ、ボートなど、複合的なスポーツ施設を併設し、クラブハウスが地域の社交場にもなっているヨーロッパのスポーツクラブを手本にしたもの。それが日本の各地にできたら、そりゃ楽しいだろうね、人生が充実するだろうね、と感じるビジョンだからだ。

 けれど、私はこの「Jリーグ百年構想」、それにJリーグ各チームが本拠地ですでに創設している統合型スポーツクラブにリアリティーを感じられずに来た。なぜなら、その構想やクラブの中に、野球は一切、入っていないからだ。それだけを見れば、「百年後、日本にはもう野球が存在しないだろう」と予言し、野球なき後のスポーツを展望しているように感じられる。

 実際、1993年のJリーグ発足以来、サッカーと野球の人気は逆転し、ジュニアの競技人口などもサッカーが野球を上回るようになって久しい。1990年時点では、サッカーが日本一の人気スポーツの座を得るとは、ほとんどの人が想像できなかった。同時に、野球人気に陰りが生じ、キャッチボールもできない少年が過半数を占めるなど、誰が本気で想像しただろう。でもいまや、「100年後には野球はなくなっているかもしれない」と言われて、「そうかもね」とうなずく人が少なからずいるのが現実だ。

 それでもまだ、野球少年だった私は、野球の消滅までは信じていない。日本人の心の中には野球への愛が生き続けるだろうし、野球は日本人の思いに強く響く競技性を持っていると信じている。だから、野球抜きに語られる「Jリーグ百年構想」はあまりにも失礼。正視する気になれないというのが、正直な思いだった。

プロ野球とJリーグが
犬猿の仲になった理由

 取材してみれば、野球とサッカーの決別の経緯、なぜ百年構想に野球が存在しないかの理由は、すぐわかる。

 Jリーグ創設の時期、川渕三郎チェアマンはじめサッカー関係者は野球との接触を図り、連携して日本のスポーツ文化をさらに発展させる未来を持ち掛けた。ところが、サッカーなど野球の足元に及ぶものか、妙なプライドや優越感でまともな議論に応じなかった野球界の不遜のために、Jリーグは愛想を尽かし、独自の道を歩む決意をすることになる。少し紋切り型だが、シンプルに経緯を語ればそのような事情で、NPBとJリーグは“犬猿の仲”のようになった。

 多くの人が具体的に認識しているのは、読売新聞の渡邊恒雄氏とJリーグ川渕三郎チェアマン(当時)の決定的な対立だ。

「企業名をチーム名に冠するべきではない、本拠地の地域や都市名をチーム名にして地域の人々に愛される方向性を基盤にすべきだ」とする川渕チェアマンと、「親会社が広報宣伝のため、経営費用を投じているのだから、企業名をアピールするのは当然」とする渡邊氏の対立は深まるばかりだった。結果、渡邊氏は読売ヴェルディを読売新聞から切り離し、日本テレビのチームにしたほどだ。

 同じプロスポーツだが、経営ビジョンも、経営の目的も、リーグ全体のビジネス・モデルも全然違う。ごく簡単に表現すると、メディアの力を背景に人気球団に育て上げた巨人を中心に展開するプロリーグである野球は、オーナー企業の広告宣伝媒体として存在している。だから、独立採算は度外視し、広報予算の中に赤字が収まればOKといった財務体質、営業姿勢を長く続けてきた。

 一方、Jリーグは、準備段階から広告代理店がコンサルタント的な任務を果たし、地域の行政とも提携し、独立採算を徹底して追求する経営方針を基本としてきた。

 NPBは、あくまでプロ野球チームの集まりであり、アマチュア野球の運営や普及活動には深く関与しない。コミッショナーこそ存在するが、それほど強いリーダーシップも保証されず、12球団を統括する組織も全体の経営ビジョンを司るまでのビジネス体制にはなっていない。

 Jリーグは、プロでありながら日本サッカー協会の傘下にあり、プロもアマも、社会人も学生もジュニアも、同じ大きな傘の下にいる。だから、人材の交流にも垣根がない。野球の場合は、プロ・アマの壁もあり、いまはずいぶん緩和されたとはいえ、自由にプロや元プロの指導者が、高校球児らの指導をするには厳しい条件をクリアする必要がある。

 こんな風に、ことごとく対照的な方針を持つ両者だから、Jリーグ発足から27年たったいまも、ほとんど別々に存在し続けてきた。

冷戦状態から大きな融和へ
なぜ両者は提携を決めたのか

 それが今回、新型コロナウイルス対策で連絡会議を開くことになった。医師たちの情報や助言を共有するのが主眼で、決定はそれぞれがする、と決めてあるから、何らかの意思決定をこの連絡会議でするわけではない。しかし、これまでの冷戦状態から見れば、大きな融和の一歩と言えるだろう。

 今回はJリーグ側からNPBに連絡を取って、会議の発足が決まったと、Jリーグの村井満チェアマンから説明があった。これを受け入れた背景は、さらに詳しく取材が必要だが、NPBがオープン戦を無観客でやると決めた後、ネットやメディアではさまざまな賛否両論が渦巻いた。自分たちの決断に対して、リアルタイムで反応があり、世論の支持を得られなければ、それだけで売り上げや関心をすっかり失いかねない時代に入っている。

 その厳しさの中、独自の情報や価値観だけで決めるのでなく、Jリーグと提携することで得られる情報や発想、そして確信を求めたのではないだろうか。Jリーグとしてはこれで名実ともに日本のプロスポーツ界のリーダーシップを執ることができる。

 もう1つ、両者が連携した大きな引き金には、政治による闇雲な介入と支配への抵抗感、危機感があったのではないだろうか。

 安倍首相の「イベントの中止や規模縮小を求める要請」が一方的に行われ、スポーツ界は外圧によって、中止や延期、無観客などの決断をせざるをえなかった。本来は、首相や政府に強いられるのでなく、主体的に判断し、自らの見識や展望を持って進むのが筋だ。そのためにも、スポーツ界が分立し、個々にバラバラな価値観や基準で決めるのでなく、本質的で統一的な哲学に基づいて自治を行うのが望ましい。そうでなければ、政府の都合で活動が制限され、経営危機に陥る可能性も否定できない。

 そのとき、政府は助けてくれるか。現在の政府を見れば、そんな建設的な支援などしてくれそうにない。スポーツを自分たちの都合のいい目的のために使うことに懸命だ。それだけに、野球界とサッカー界のトップが手を結び、新しい主体性を持ち始めた今回の連絡会議には大きな意義のある胎動を感じる。

(作家・スポーツライター 小林信也)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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