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イニエスタが古巣バルセロナのオファーを断り、神戸での引退を望む理由

2020年02月19日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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FUJI XEROX SUPER CUP2020で今年初タイトルを取ったヴィッセル神戸の中心に座るイニエスタ Photo:Masashi Hara/gettyimages

来日3シーズン目を迎えているMFアンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸)が、早くもエンジンを全開にしている。23日に横浜FCとの開幕戦を迎える明治安田生命J1リーグに先駆けて開催された、FUJI XEROX SUPER CUPとAFCチャンピオンズリーグ(ACL)で往年を彷彿とさせる神業パスを連発。オフに届いた古巣FCバルセロナからのオファーを断り、ヴィッセルで引退したいと望む35歳のレジェンドがたぎらせる情熱の源泉を追った。(ノンフィクションライター 藤江直人)

イニエスタがカズに語った
ヴィッセルとファンへの熱い思い

 胸を高鳴らせながらホームの神戸市御崎公園球技場のピッチへ足を踏み入れただけに、肩透かしを食らった思いが強かったのだろう。来日して3シーズン目を迎えている稀代の司令塔、アンドレス・イニエスタは抱いているやるせない思いを、何とも意外な人物に打ち明けていた。

「なぜなのか、非常に少ないじゃないか、と言っていましたね」

 イニエスタからおもむろに疑問をぶつけられたのは、まもなく53歳になるJリーグの現役最年長選手、横浜FCのFW三浦知良だった。懐疑的な視線が向けられていたのは、イニエスタを擁するヴィッセル神戸が初めて臨んだ、12日のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)の観客数だ。

 元日の天皇杯を制したヴィッセルは、悲願の初タイトルとともに今シーズンのACL出場権を獲得した。迎えたマレーシア王者、ジョホール・ダルル・タクジムとのグループリーグ初戦。約3万人を収容できるホームには、しかし、7256人のファンやサポーターしか集まらなかった。

「ヨーロッパのチャンピオンズリーグはグループリーグの初戦が大事で、大勢のファンやサポーターが入るのに、ACLでも大事なグループリーグ初戦に7000人ぐらいしか入らないのは、ちょっと寂しいともイニエスタは言っていました」

 カズがポルトガル語とイタリア語を混ぜながら必死に、イニエスタがスペイン語をわかりやすく、ゆっくりと駆使しながら、初対面にして会話を弾ませたのは14日。都内のホテルで開催された開幕前の恒例イベント、Jリーグキックオフカンファレンス2020の選手控え室だった。

 開幕を控えた明治安田生命J1リーグに臨む18クラブの監督、そして選手一人が一堂に会する華やかな舞台へ。この日がオフだったヴィッセルからはFCバルセロナ及びスペイン代表で一時代を築き、今シーズンもキャプテンを拝命するチーム最年長の35歳、イニエスタが参加していた。

「早くリーグ戦が始まってほしい、というワクワク感がある。このリーグ戦でチームとして去年よりもいい実績を残したいし、何よりも開幕戦をホームで、ファンと一緒に戦えることを喜んでいる」

 昇格組の横浜FCをホームへ迎える23日の開幕戦へ。すでに極限まで高まっているモチベーションを物語るかのように、イニエスタの心技体は早くも完璧なハーモニーを奏でている。

 前年のJ1王者と天皇杯覇者が激突する開幕前の風物詩、8日のFUJI XEROX SUPER CUPではインサイドハーフとして先発フル出場。対峙した横浜F・マリノスの選手を含めた9人が立て続けに失敗する、前代未聞の展開となったPK戦では1番手として成功させ、天皇杯に続くタイトルをヴィッセルにもたらす口火を切った。

 そして、中3日で迎えた前出のジョホール戦ではトップ下として先発。神業パスを連発してFW小川慶治朗が達成したハットトリックをお膳立てするなど、5-1の快勝に貢献したイニエスタはお役御免でベンチへ下がる後半43分まで、ヴィッセルの中心で代役の利かない存在感を放った。

 世界最高峰の舞台であるヨーロッパチャンピオンズリーグと、関心が低いがゆえにどのJクラブも集客で苦戦しているACL。2つを同等に位置づけ、ヴィッセルのアジア制覇へファンやサポーターの後押しが欲しいと望んでいたからこそ、イニエスタは「なぜなのか――」とカズに思いの丈を訴えたのだろう。もっとも、気を取り直した今ではこんな言葉とともに闘志を燃やしている。

「ファンやサポーターがもっと、もっと応援に来てくれるようなサッカーをしないといけない」

 それでも、ヴィッセルのオーナー、楽天株式会社の三木谷浩史代表取締役会長兼社長は、クラブおよびイニエスタのド派手なACLデビューにすこぶる上機嫌だった。観戦後に珍しくメディアの取材に応じ、イニエスタへ最大級の賛辞を贈っている。

「まあ、彼は魔術師なので」

J1争いの苦悩から絶好調へ
昨夏に訪れたターニングポイントとは

 マリノス戦でも相手だけでなく味方の意表を突くスルーパスから、元日をもって引退したダビド・ビジャに代わる新外国人FWドウグラス(清水エスパルス)の初ゴールをアシストしている。リーグ戦の開幕を前にしてイニエスタの一挙手一投足から放たれる、絶好調のオーラの源泉をさかのぼっていくと、ヴィッセルを取り巻く状況が鮮やかに好転した昨夏に行き着く。

 16シーズンも在籍したバルセロナでは、スペインの国内外で実に32個ものタイトルを獲得。イニエスタ自身をして「勝者のプロジェクト、というものにずっと携わっていた」と言わしめた、栄光の二文字に彩られたサッカー人生。しかし、2018年7月に加入したヴィッセルで暗転する。

 待っていたのはタイトル争いではなくJ1への残留争い。2018シーズンの8月から9月にかけて5連敗を、昨シーズンの4月から5月にかけては7連敗を味わわされ、監督が交代するたびにクラブとして目指す方向性にもブレが生じ、迷走する出口の見えないトンネルに迷い込んだ。

 ターニングポイントは昨夏に訪れた。イニエスタ加入後で延べ4人目の監督で、6月から指揮を執っていたドイツ人のトルステン・フィンク監督の指導力と、夏の移籍期間に加わったベルギー代表DFトーマス・フェルマーレン(バルセロナ)、ベテランGK飯倉大樹(マリノス)、ワールドカップ日本代表DF酒井高徳(ハンブルガーSV)の個の力がヴィッセルを生まれ変わらせた。

 最終ラインを4バックから、左からフェルマーレン、大崎玲央、ブラジル人のダンクレーで形成される3バックに変更。フェルマーレンの上手さと濃密な経験、春先に加入していたダンクレーの強さと高さが生かされる形になったことで、課題だった失点禍が次第に克服されていった。

 中盤の底に入るアンカーには、けがの連鎖に苦しんだバルセロナ時代から一転して、コンディションを取り戻してきたセルジ・サンペールが君臨。左右対の形で並ぶインサイドハーフ、イニエスタと日本代表としても豊富な経験を持つ山口蛍を後方から攻守両面で支えた。

 左右のウイングバックには酒井と、常勝軍団・鹿島アントラーズから加入した西大伍が攻守両面で存在感を発揮。最前線ではバルセロナおよびスペイン代表でともに戦ったビジャ、そして後に森保ジャパンに招集されるJリーグ屈指の韋駄天、古橋亨梧がゴールを狙い続ける。

 シュートストップと足元の技術に長けたGK飯倉を最後尾に置く、紆余曲折をへて手にした最適解とも言える布陣で天皇杯を勝ち抜き、新国立競技場のこけら落としマッチとなったアントラーズとの元日決戦を制した。手応えが確信へと変わったのか。美酒に酔ったニエスタはこんな言葉を残している。

「このクラブに来て1年半ぐらいが経ち、いい時期もあれば悪い時期もあった中で、こうした形でタイトルを取れた。クラブがさらに成長していくための、重要な分岐点になると感じている」

バルセロナのオファーを断り
ヴィッセルに残る道を選ぶ

 バルセロナ時代はほとんど無縁だった「黒星」を甘んじて受け入れ、捲土重来を期す糧に変えてきた過程で愛着をも抱いたのだろう。つかの間のオフを利用して帰国したスペインで、あるイベントに参加したイニエスタは「ヴィッセル神戸で引退したい」と、胸中に秘めた思いを初めて明かしている。

 さらには不振にあえぐ古巣バルセロナが、1月の移籍市場で期限付き移籍のオファーを介して復帰を打診。名門の再建を託したものの、ヴィッセルで新たな歴史を作る道を選んだイニエスタが断りを入れていたと、スペインの国内メディアが2月に入っていっせいに報じた。

 2021シーズンまで契約を結ぶヴィッセルをさらに成長させながら、J1、YBCルヴァンカップ、連覇がかかる天皇杯、そして頂点に立った先に世界の舞台が待つACLを戦う。託された役割の大きさをモチベーションへと変えている、イニエスタの胸中を推し測る上でぴったりの言葉がある。

「サッカーとは自分の情熱であり、自分の人生そのものでもある。日本に来てから新しいサッカー、新しいチーム、新しい仲間たちとの絡みの中で成長してきた実感があるし、家族を含めて、日本で過ごす時間を心の底から楽しんでいる。今シーズンはACLを含めて自分のベストのバージョンというものをお見せしたいし、日本の皆さんにも自分のプレーを楽しんでほしい」

 バルセロナを退団した時には、さまざまな国のクラブからオファーが届いた。愛してやまない古巣と対戦する可能性があるヨーロッパ諸国以外を候補に、レベルが保たれ、しっかりと運営されているリーグを条件に掲げた中でヴィッセルを選んだ。前出のカンファレンスで、カズによればイニエスタはこんな言葉を残している。

「僕のチョイスは間違っていなかった、と言っていましたね。日本は非常にいいレベルにある、と」

 J1開幕に先駆けて19日には敵地・韓国に乗り込み、水原三星ブルーウィングスとのACLグループリーグ第2戦に臨む。日本に魅せられ、Jリーガーとしてキャリアを終えたいと望むレジェンドは、今ではヴィッセルでの挑戦をこう位置づけている。「もちろん、勝つためのプロジェクトだよ」と。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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