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五輪内定選手の「心の整え方」、無理なプラス思考を捨て本番で勝つ!

2020年02月12日 06時00分更新

文● 東 篤志(ダイヤモンド・オンライン

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「過去最高のパフォーマンス」を目的に掲げ2019年8月、八王子で開かれた世界選手権に臨んだ野口啓代選手は、日本人最高位になり、東京五輪内定第一号になった Photo:Toru Hanai/gettyimages

社運をかけた重要なプレゼン、第一志望の会社の最終面接など、人生には「ここ一番の勝負どころ」がありますが、どんなに頑張っていても本番で100%の力を出し切れなかった経験もあるのではないでしょうか。本番でのパフォーマンスの質を高めるのに重要なのは、スキルや経験ではなく「心の状態」です。心の整え方を知っていると、「リラックスしながらも最高に集中できる」というよい状態で本番に臨めるようになるのです。そこで前回に続き、スポーツクライミング日本代表選手など、メンタルコーチとして数々のアスリートをサポートしてきた東氏の『いつでも100%の力を発揮できる心の整え方』(青春出版社)から、実際にアスリートたちが試合前に実践している「心の整え方」を紹介します。

集中力が一瞬で高まる「アイコントロール」とは

 心を整え、集中力を高める方法として、私がアスリートによく伝えるテクニックとして、「アイコントロール」があります。方法はシンプルで、なにか特定の対象に視線を凝らすこと。そうすることで、その他の視覚情報を意識から切り離すことができ、目のまえのことへの集中力を取り戻すことができます。

 脳に入ってくる外的情報の約80%は視覚によるもの。聴覚から入る情報は10 %、味覚、触覚、嗅覚からの情報は、合計で6%ほどにすぎないという研究結果があるのです。つまり、目から入ってくるおびただしい量の雑多な情報によって気が散り、パフォーマンスに集中できないことはよくあります。

 見る対象は自分で決めてかまいません。私が指導するアスリートのなかには、自分の指紋を凝視する選手もいます。こまかい指紋の1本1本に目を凝らすことに集中すれば、雑念が入りこむ余地もなさそうです。ポイントは、余計なことを考えないでただ見ること。あらかじめ見る対象を、右手の小指の指紋とか、バットの先端だとか、あるひとつのものに決めておくと、集中モードにより入りやすくなると思います。それが「お守り」の役割をしてくれるかもしれません。

 また、アイコントロールは集中力を高めるときだけでなく、心が動揺してしまったときにも使えます。たとえば、取引先の会議室でプレゼンをしているときに不測の事態が起きれば、動揺するでしょう。そのようなときに、手元に置いた赤いペンという「お守り」にさっと視線を移してただ見つめてみると、やがて気持ちが落ち着いてくるはずです。

 とはいえ、いざというときにはじめて赤いペンを見つめてみても、うまくいかないかもしれません。練習のつもりで、日頃から1日1回30秒でもよいので、「ただただ見る」練習をするといいでしょう。

スポーツクライミング・楢崎智亜選手が試合前にしていること

 スポーツクライミングの楢崎智亜選手(「崎」のつくり大は正しくは立)も、アイコントロールを取り入れています。おもしろいことに彼はボルダリングをおこなうまえはアイソレーションルーム(試合前に待機するための専用の部屋)で、手を見ますが、屋外で行われるスピードという種目では、試合前に空を眺めるのです。

 空を仰ぎみると、自分が壮大な宇宙や大自然の一部になったような感覚をふっと覚えて、その瞬間、雑念も不安も恐怖も焦りもすっと消えていき、自分の心がなにもない「無」の状態になるのを感じるのだそうです。

 自分の外に広がる空という自然に視線を向けて、宇宙との一体感を感じながら雑念のすべてを吹き払う。そして次には、一気にその意識を自分の内へと向けて集中するというのが、楢崎流のアイコントロールです。

 アイコントロールは近くの、小さなものに目を凝らすものと思うのが、「ふつう」です。その「ふつう」に縛られることなく、自分の感覚にぴったりとくる対象をみつけ、実践する楢崎選手。そのオリジナリティもまた、一流選手の証(あかし)のひとつと言えるでしょう

本番前に「緊張しないで」という言葉がNGな理由

 言葉と心、そしてパフォーマンスには深い関わりがあります。思考をつくるモトとなる言葉だからこそ、パフォーマンスを上げたいときにはとくに注意して使う必要があるのです。それが、たとえ脳内で発する、誰にも聞こえないひとり言であってもです。

 たとえば、「ミスをしないようにいこう」「緊張しないで頑張ろう」。こういった言葉は、パフォーマンスを上げるためには、どれも使わないほうがいい「禁句」です。

 この言葉を他人から言われるのはもちろん、脳内で自分に向かって発するだけでも、パフォーマンスの質がガクッと落ち、ときには重大なミスにつながることもあります。一見すると、どれも、やってはいけないことを否定しつつ、注意を促したり、相手に対してエールを送っているので「よい言葉」にも思えるでしょう。なぜ、これらの言葉がパフォーマンスの質を下げるのでしょうか。

 それは、「ミス」「緊張」という言葉が入っているからです。人間の脳は、顕在意識(自分で自覚できている意識)では否定語と肯定語の違いを理解できますが、潜在意識(自分で自覚できない意識)ではその判別がつきません。

「ミスをしないように」と言われると、「ミスをしない」という言葉のなかの「しない」という部分は意識できず、潜在意識のなかでは、ミスをするイメージだけが湧きます。そして、ミスしてはいけないと思えば思うほど、ミスする場面が浮かんできて、体は萎縮してしまい、動きがとれなくなってしまいますし、「緊張しないで」と言われると、潜在意識では否定語が落ちて、「緊張」という言葉だけが浮かびあがり、固くなってしまうものなのです。

「ミスをするな」ではなくて「成功させよう」。「緊張するな」ではなくて「リラックスしよう」が正解です。チームのメンバーなどに対して注意を促すとき、誰かにやってほしいことがあるときは、「○○しないで下さい」でなく「○○して下さい」「○○してくれたら嬉しい」と、やってほしいことを相手が受け取りやすいように肯定的な表現を使って伝えましょう。そうすれば肯定的なイメージが脳を満たして、本番でも質の高いパフォーマンスができますし、また、ふだんの生活でもやめてほしいことをスムーズにやめてもらえるはずです。

 これは、脳内で自分に対して発するひとり言でも同様です。いつでも「成功した姿」をイメージできる言葉を使って物事を考えることで、潜在意識によいイメージを刷り込むことができると、体の動きやパフォーマンスの質が上がります。

五輪内定を獲得したクライミング・野口啓代選手の心構え

「目標」と「目的」は異なります。大事な試合やプレゼンなどをまえにして、この2つの違いを明確にすることは、本番発揮力を高めるうえで欠かせない要素となります。では、「目的」とは、「目標」とはそれぞれ何を指しているのでしょう。

「目的」とは「的」のこと、「目標」は的へたどりつくための「標しるべ」のことと私は考えます。目標の先には目的というものがあるのです。

 実際、スポーツクライミングの野口啓代選手も目標と目的の違いがわかったことで試合への心構えが変わったと言っています。「以前は、試合で優勝するという目標までしか見えていなかったのです。その頃は、優勝という目標を達成できたら、うれしいな、幸せだな、で終わっていました。でも、勝つという目標の先に目的というものがあることを知ってからは、勝敗や順位でなく、試合までの過程やパフォーマンスの内容など、コントロールできることにフォーカスし、取り組めるようになりました。それにより目標も達成できるようになったのです」

 2019年8月、八王子で開かれた世界選手権で野口選手の目標は、日本人最高位になり、東京五輪内定第一号になることでした。では、その時の野口選手の目的はなんだったのでしょうか。彼女はこの世界選手権で内定が決まらなければ引退することを表明していました。最後の勇姿は東京五輪か世界選手権のどちらかと覚悟を決めていたのです。

「最後かもしれないから長く応援してくださった方々のまえで、過去最高のパフォーマンスをしたい。そして、できたらあと1年、東京五輪までクライミングがしたい。もっと登りたい」と、彼女は試合まえに話していました。「自分のためにも、そしてなにより応援してくれる人たちのためにも、過去最高のパフォーマンスをする」これが、世界選手権での“目的”だったわけです。

 その目的を胸に戦った結果、複合で銀メダルを獲得して、日本人最高位となり五輪内定を手にしたのでした。「過去最高のパフォーマンス」を目的に掲げたことで、試合中も、「負けたらオリンピックに出られない、どうしよう……」などといったことで不安にならず、最高のパフォーマンスができた。それが、結果的に「五輪代表に内定し、クライミングを続ける」という目標の達成に大きく貢献したことは間違いありません。

 あなたも、ここ一番の大勝負のときには、目標だけでなく、その先にある目的を自分のなかで明確にし、本番でもその目的を心にしっかりと抱いてパフォーマンスをおこなってみてください。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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