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「40年サイクル」の節目に金融偏重から出られない中央銀行のジレンマ

2020年02月05日 06時00分更新

文● 高田 創(ダイヤモンド・オンライン

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Photo:Scott J. Ferrell/gettyimages

「40年サイクル」の節目に
政策転換のマグマ膨らむ

 日本や欧州の主要国で年物国債金利までがマイナスになっているが、いま金融資本市場の参加者が持つべきは、マクロ経済政策の「40年サイクル」の節目にあるという認識だ。

 歴史を遡れば、1930年代の大恐慌を機に、財政を積極活用するケインズ政策の黄金期が始まり、約40年後の1970年代はマネタリズム・金融政策偏重への潮流に転換した。

 そして現在は、従来の金融偏重からの見直しの動きが起きている。

 2020年は1970年代以来の金融政策偏重・金融拡張トレンドが続くものの、マイナス金利などの「副作用」が無視できなくなっているなか、政策転換へのマグマが膨らんでいる状況だ。

 40年前、1970年代後半に始まったマネタリズムへの転換を印象付けたのは1979年に米国FRB議長に就任し、強力な金融引き締めを行ったポール・ボルカー氏の存在だった。

 そのボルガー氏が昨年、11月に亡くなったことも40年の節目を暗示しているように筆者には思える。

1930年代は財政重視
1970年代、金融重視に転換

 図表は、1930年代、1970年代の転換を示した概念図だ。

 1970年代後半が、「40年サイクル」の起点だったことを象徴するのは、(1)為替市場の変動相場制への移行、(2)財政政策重視のケインズ政策から金融政策重視のマネタリズムへの転換、(3)レーガン・サッチャー政権を始めとした規制緩和重視の新自由主義への転換だった。

 更に遡れば40年前の1930年代、大恐慌後の状況に辿り着く。

 当時、金融緩和の行き過ぎが世界大恐慌につながり、その結果、各国が通貨切り下げ競争に向かった帰結が第二次世界大戦だった。

 その反省から、戦後、財政政策重視のケインズ政策、金との兌換を保証したドルとの交換レートを固定した戦後体制が70年代まで続いた。

 だが、70年代になると、財政拡張の非効率性が指摘され、不況下でインフレが高進するスタグフレーションにケインズ政策では対応できなかったことから、貨幣供給量が経済をコントロールするというマネタリズムの考えに基づく金融重視の政策に変わった。

歴史的な超低利状態
看過できなくなった格差拡大

 金融政策偏重のなか、現在に至るまで日米欧の中央銀行は2%物価目標を掲げ、その目標到達に向けて金融政策運営を行ってきた。

 1990年代以降、日本が先行して金利低下が進み「日本化」とされたが、今や「日本化」は世界に波及し、さらにいえば、各国の中央銀行は、輸出増などによる自国経済の底上げを図るべく事実上、通貨切り下げを狙って金融緩和競争をしてきた。

 その結果が、世界的な超低金利状態だ。

 長期金利の指標である10年国債利回りは日本と欧州の主要国がマイナス近傍にあり、米国はプラスとはいえ1%台だ。マイナス金利は何千年にわたる人類の歴史が始まって以来のことだ。

 こうしたなか、債券バブルといわれて久しいが、いまや金融政策偏重の行き過ぎがもたらす「副作用」は、株式や不動産などの資産インフレの様相であり、さらにこのことが格差拡大を加速させている。

 主要国で、格差問題が引き起こす社会的不満を背景に 米国では民主党候補のウオーレン氏やサンダース氏に代表されるようなリベラル左派が、そして欧州ではポピュリズム政党が台頭し、政治が不安定化。また、MMT(現代通貨理論)も含めた財政政策重視の主張が再び高まっていることも、40年周期の大きな潮流の節目にあることを示唆するものだ。

金融政策の効果に非対称性
デフレには「限界」

 金融政策偏重を見直す機運が強まってきたもう一つの背景は、主要国で課題になってきたデフレの問題に対する金融政策の限界が認識されてきたことがある。

 70年代以降、インフレ率中心に金融政策が全てを決めるとする金融政策への依存と、その実現に向けインフレ目標を設定し金融引き締め・緩和をするということが行われてきたが、金融政策の効果は非対称的で、金融政策はインフレ抑制には効果を発揮するが、デフレには効果がでにくいことがある。

 このことは、医学で、血圧が高い患者の血圧を下げる薬はいくらでもあるが、一度、血圧が下がった患者に対し持続的に血圧を引き上げる薬はあまりないというのと同じだ。

 確かに、1970年代後半の高インフレ期にボルカー議長が金利を引き上げ、マネーサプライ抑制の劇薬でインフレ鎮圧に成功した。当時、政権にとって経済成長を抑制することは不人気でも、中央銀行の独立性の名の下に断固とした中央銀行の姿勢が成功につながった。今日の中央銀行の成功体験はここにある。

 ただし、現在のようなデフレ下での環境では、当時と事情が大きく異なることが見落とされている。

 下の図表は、インフレとデフレで金融政策の対応が非対称的であることを示す概念図だ。

デフレへの対応(出所)筆者作成 拡大画像表示

 日本では1990年代半以降、デフレの状況になり、2000年代以降、欧州でもデフレ圧力が強まったなかで、金融政策の限界論がいわれるようになった。

 こうした状況は、1930年代の大恐慌下での「流動性の罠」の状況とも類似しており、デフレへの対応は金融政策だけでは実現できない。中央銀行の独立性よりもむしろ財政政策や構造対策も含め政府との一体となった政策総動員での取り組みが求められるようになった。

 現在、先進各国で行われている政策は、実際は濃淡があるとはいえ、そうした考え方で行われており、アベノミクスの三本の矢も政策総動員の性格を持っている。

「出口」に出られない
中銀の「囚人のジレンマ」

 ただ、現実は、政策の転換が行われるのは容易な状況ではない。

 各国の中央銀行は2%の物価目標に達しないなか、日欧の政策金利はマイナスになって効果が表れないにもかかわらず、目標値に達しないとして一段の金利引き下げも議論の対象に挙がる。

 というのも、各国の中央銀行は金利引き上げによる通貨の上昇を嫌う、事実上の「通貨戦争」の状況にあるだけに、ゲーム理論上の「囚人のジレンマ」のように、自分だけが金利を引き上げるシナリオを描けないからだ。

 もし、「出口」があるとすれば、米国経済の好況が維持され、世界をけん引する程の利上げに向けたモメンタムの高まりが生じるか、米国もマイナス金利に陥って、日米欧が協調して金利を引き上げるという連携ができるかだ。

 だが少なくとも2020年の一年を考えれば、どちらの選択肢も展望しにくい。その結果、2020年は、日欧の中央銀行はマイナス金利に伴う副作用を意識しつつも、マイナス金利を続けることになるだろう。

 従って2020年は資産価格高騰による格差拡大や社会的不満の高まり、また金融機関の収益低下の問題は続く。

 一方、2020年代を通じた課題は、40年サイクルの節目の見極めにある。

 2020年代に、世界的なマイナス金利に伴う副作用が社会を揺るがすまでに至る場合には、世界的な通貨戦争への反省から国際協調の機運が生まれる可能性がある。

 その過程では、通貨戦争を排除し通貨価値を安定させるべく世界的に金利を底上げさせるのと同時に、金融政策偏重から、財政政策も活用するポリシー・ミックスに変わる可能性がある。

 こうした転換が行われれば、金利も反転し、株式や不動産市場の高騰の流れも変わるだろう。

(みずほ総合研究所 副理事長/エグゼクティブエコノミスト 高田 創)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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