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FRBが「国民との対話」で得たものと失わないように気を付けるべきもの

2020年01月22日 06時00分更新

文● 井上哲也(ダイヤモンド・オンライン

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Photo:PIXTA

金融「正常化」が始まり
企業や家計との「対話」が重要に

 米連邦準備制度理事会(FRB)が年初に公表した議事要旨によれば、前回(昨年12月)の連邦公開市場委員会(FOMC)では、家計や企業との対話の持つ意味合いが議論されたようだ。

 FRBは、昨年から金融政策の枠組みの見直しについて検討を進めてきたが、その一環として、全米各地で学生や主婦、企業経営者といった幅広い層を招いて、「FED Listens」と称する対話集会を14回にわたって開催してきた。

 12月のFOMCでは、一連の会合で出された意見を、政策運営の見直しにどう生かしていくのかで、議論をしたわけだ。

 注目されるのは、FRBの2大目標である「雇用の最大化」と「物価の安定」で、政策に関する評価が分かれたことだ。

 中央銀行のコミュニケーションに関しては、「市場との対話」という表現が示唆するように、少なくともこれまでは、金融市場や金融機関の関係者といった「プロ」を主たる対象として意識してきた。

 特に世界金融危機後は、FRBに限らず多くの中央銀行が量的緩和やフォワードガイダンスのように金融市場の「期待」に働きかける政策手段を広範に活用しただけに、「市場との対話」の重要性は一段と高まった。

 そうした中で、FRBがコミュニケーションの相手として家計や企業に対する意識を高めたとすれば、それは興味深い変化だ。

 しかも、こうした動きは先進国の中でFRBが先行したわけではなく、例えばイングランド銀行(BOE)は、カーニー総裁の下で同様のタウンミーティングを行ってきている。

 中央銀行の意識が変わってきた背景としていくつかの要因を指摘できる。

 第一に、金融政策の波及経路の焦点が変化していることだ。

 上記のように、危機後にいわゆる「非伝統的金融政策」を多用している際には、金融市場の期待を通じて資産価格を変化させることに焦点があった。

 これに対し「平時」の金融政策は、政策金利の調整によって緩和的な金融環境を作り出すことで、消費や設備投資を活性化することがポイントになる。

 その意味で、消費や設備投資を担う家計や企業に政策の意図を理解してもらうことは、「平時」には一層、重要になるし、家計や企業とのコミュニケーションを先行して重視し始めたFRBとBOEがともに、曲がりなりにも金融政策の「正常化」に歩みを進めたこととも偶然の一致ではない。

 第二には、米英も含めて低金利環境が長期化する中で、その「副作用」に対する配慮も従来以上に重要になっている点がある。

 中でも家計は、マクロ的に見て貯蓄超過の状況にあるだけに、低金利によって資産収入が減ることになる。

 もちろん、こうした現象が循環的であれば、景気回復に伴う雇用などの恩恵によって報われる余地が大きいが、常態化すればメリットとのバランスは必ずしも明確ではなくなる。

 一方、マクロ的に投資超過の状況にある企業にとっては、低金利の継続は資金調達コストの低下という意味でメリットになるが、長期化することで過剰債務や投機を招く恐れもある。

 その意味で、低金利環境が長期化する下では、家計や企業に対するさまざまな副作用を把握し、適切な対応をとることの重要性が高まっているわけだ。

 しかもこのことは米英だけでなく、金融政策の「正常化」に至っていない日欧にも当てはまる。

「雇用の最大化」では
緩和環境の維持が重要

 FRBの昨年12月の議事要旨によれば、FOMCメンバーは一連の「Fed Listen」での議論から、2つの政策目標(Dual Mandate)に関してそれぞれ異なる意味合いを持つメッセージを受け取った。

 まず、最大雇用の達成という政策目標に関しては、緩和的な金融環境を維持することの重要性が確認された。

 つまり、すでにパウエル議長も講演や議会証言で強調してきたように、「Fed Listens」の際には、幅広い人種や年齢の参加者から、人生の中で最も容易に雇用機会が得られる状況が出現しているとして、高く評価する声が多く寄せられたようだ。

 世界金融危機の際に大規模な失業が発生し、しかも労働市場の中で比較的弱い立場の人々にしわ寄せされた経緯を考えると、こうした意見は相応に割り引く必要もあるだろうが、人種や年齢だけでなく、職種や地域も含めて、この間の雇用の拡大が広範に共有されている点は労働統計からも確認できる客観的事実である。

 FOMCメンバーは、こうした事実を人々の声として具体的に確認したことで、緩和的な金融環境を維持することの重要性を確信したようだ。

 しかも、雇用の安定は、スキルや知見の集積を通じて人的資本の充実につながるだけに、長期的な経済停滞論に対する懸念を軽減する点でも、自らの政策運営に自信を深めたかもしれない。

「物価の安定」では
「不満」多く、認識にギャップ

 一方で、物価安定というもう1つの政策目標に関しては、家計や企業との間での認識のギャップを感じることになった。

 米国の物価は基調的には政策目標の近傍にあるが、一連の「Fed Listens」を通じて、家計からは生活費の上昇に対する不満が、企業からは製品価格の低迷に関する不満がそれぞれ表明されたようだ。

 FRBの定義する物価安定がおおむね満たされているのにもかかわらず、家計や企業は必ずしもそれに満足していなかったわけである。

 もちろん、家計が主に問題視したのはヘルスケアや薬価などの値上がりだったことでもわかるように、一時的な事象や制度の不備といった、金融政策以外の課題を指摘している面もある。

 また物価に対するさまざまな見方には、競合商品やコストなどとの相対価格の問題が価格の絶対水準の問題と混同されやすいこともあり、それぞれの家計や企業の置かれた立場などによっても評価にばらつきが生ずることは不可避だ。

 議事要旨にも記されているように、金融政策のようなマクロ的な政策手段で対応できる問題なのかどうかは、慎重に考える必要がある。

 それでも、こうした不満の結果として、家計や企業がFRBの考える物価安定に疑問を呈したり、インフレ期待が不安定化したりするようであれば、FRBにとっても看過できる問題でなくなってくる。

 なぜなら、「平時」の下でFRBが政策金利を変更しても、実質金利へ有効に波及しなかったり、政策の妥当性に信認が得られなかったりする結果、消費や設備投資の促進につながらない事態が生じ得るからだ。

 実際、議事要旨には、インフレ目標の意味を家計や企業に共有してもらうことの重要性やそのための方策について、FOMCメンバーが真剣な議論を行ったことが示されている。

ミクロ問題への対応にはそもそも限界
距離が近づき過ぎると問題も

 こうした検討を踏まえると、中央銀行による「国民との対話」には望ましい成果もある一方で、気を付けるべき点があることがわかる。

 さまざまな立場の意見に耳を傾けることは、金融政策の副作用を軽減し、持続力のある政策運営につながる面はあるが、中央銀行がミクロの問題に対応するには限界があるだけでなく、過剰介入を通じて経済活力を損なうリスクも大きい。

 FOMCメンバーはこの問題を認識しているが、米国に限らず先進国の中央銀行は、世界金融危機に対応するための対策を通じて多様なミクロの政策手段を具備しただけに、それを活用したくなる誘因を自制する必要がある。

 また、「国民との対話」を通じて金融政策の運営に対する家計や企業の理解を得ることは、政策効果の効率的な波及に資するだけでなく、金融政策の独立性に対する世論による防御壁としての役割を果たしてくれる可能性もある。

 その一方で、中央銀行が経済活動や資産価格の過熱を防ぐために政策を変更しようとする際には、大きな障害になるリスクもある。

 中央銀行の重要な役割は、パーティーが一番盛り上がった時にパンチボウルを片付け始めることだとされる「パンチボウルの除去」が適切に発揮されるように、国民と一定の距離を保つことも重要になる。

(野村総研金融イノベーション研究部主席研究員 井上哲也)

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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