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小学生バレーボール体罰、父母さえ隠ぺいに走らせる「スポ根」発想の闇

2019年11月28日 06時00分更新

文● 小林信也(ダイヤモンド・オンライン

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バレーボール体罰
体罰は小学生バレーボールの世界にも残っていたようです(写真はイメージです) Photo:PIXTA

 小学生の女子バレーボールチームで体罰が発覚した。広く知られたきっかけは毎日新聞の報道だった。毎日新聞では次のように報じている。

<全国大会に出場経験がある大分県日出(ひじ)町の小学校女子バレーボールチームで、50代の男性監督が女児に体罰を加えた問題で、暴力の有無を調べた県小学生バレーボール連盟(県小連)が、被害女児や保護者から事情を聴かず、監督やコーチらの話を基に「体罰なし」と結論付けていたことが分かった。>(毎日新聞2019年11月21日付朝刊)

 さらにFNNテレビ大分の続報によれば、「50代の男性監督が、今年6月、練習中に『やる気が見られない』として、女子児童2人に対しグラウンドを走らせた上で2人の頭を平手で叩くなど体罰をしていたことが分かった」という。

想像を超える小学生バレーの過熱ぶり
競合チームのレベルの高さに驚嘆

 この出来事を理解するには、小学生バレーボールの過熱ぶりを先に紹介すべきだろう。

 小学生とはいっても、毎年夏休みに行われる全国大会出場、そして優勝を目指して全国のチームがシノギを削っている。

 今年で39回を迎えた「全日本バレーボール小学生大会」の予選には、全国で4690ものチームが参加している。うち3177チームが女子。小学生バレーボールの分野で、特に女子の熱が高いことがうかがえる。

 ネットで大会の模様を見ることができる。一見して、そのレベルの高さに驚嘆する。小学生だから身体は小さい。だが、プレーの質や技術の高さは想像をはるかに上回る。男子はジャンピング・サービス当たり前、バックアタックも珍しくない。このレベルに達するために、強豪チームは相当な練習量を、かなりの気合の入れようでこなしている日常が容易に目に浮かぶ。将来は「春高バレーに」、そして「オリンピックに」わが子が出場する夢をふくらませ、父母たちの応援も過熱して不思議ではない。

 また一方、日本のバレーボール界には、根強い体罰指導の習慣があったことも頭に入れておく必要がある。そのような指導がすべてとは言わないが、約10年前、中学高校バレーボール部活動に特化した雑誌編集を引き受け、取材を重ねて驚いた経験がある。その際、強豪私立高校の女子バレーボール部では、「監督に髪をつかまれ、床をひきずり回された」「ハサミで髪を切られた」といった証言と次々に出合ったからだ。「強くなるために」「他に心を向けないために」などの高圧的な指導がはびこっていた。

 残念ながら、そういうタイプの監督たちが全国大会で結果を出すものだから、多くの指導者がそれを模範にし、中学校や小学校のレベルにも同様の指導が広がる。日本スポーツのあしき連鎖はバレーボールだけでなく、野球やその他のスポーツにも通じる悪弊だった。

 ここ数年は真剣な見直しが進められ、ある有名高校監督が「指導方針を変えた」と、体罰や支配的な指導をやめたことを公言し、話題になったりもした。

 元日本代表の益子直美さんは、5年前から「監督が怒らないバレーボール大会」を福岡県宗像市で主催し、賛同の輪を広げている。これも裏を返せば、いまも監督が怒る指導が主流だという逆証といえるだろう。

父母たちの対応は意外なものばかり
「ある程度の体罰は当たり前」

 今回の出来事は単に体罰問題にとどまらなかった。さらに深刻なのは、父母たちの対応だ。毎日新聞はこう伝えている。

<男性保護者「連盟に報告する意味があるのか。チームの存続が危うくなるし、監督が職を追われるということになりかねない」
別の男性保護者「全国大会に行くために練習してるんやろ」
女性保護者「一致団結せんと」
男性保護者「学校だったら横社会だけど、社会体育は縦社会。下が上に教わるとか、社会に出るための第一歩を教わるのが社会体育だ」>
(毎日新聞2019年11月22日付WEB版)

 こうして読むと、隠ぺいを当然とする一部父母たちの強制的な発言は「異常だ」と感じられるだろう。だが、私がこの原稿を書き、伝えたいのは、こうした空気が実は日本中にあり、子どものスポーツを応援し始めると、「多くの父母たちが陥る、ありがちな感情だ」という揺るぎない事実だ。

 私自身もそんな気持ちに支配された時期がある。おかしさに気づいて、少年野球監督の体罰未遂をとがめたことがあった。しかし、非難を浴びたのは私のほうだった。

「勝つためなら、ある程度の体罰は当たり前」
「監督に任せた以上、コーチや父母は従うべきだ」

 コーチが監督をかばうならまだしも、父母のほとんど全員が監督の体罰を容認した。それは、熱心にボランティアで指導してくれる人間味のある監督への感謝と厚意でもあるだろう。だが、体罰や支配的な指導は許されるべきではない。いくら社会でそう叫ばれても、日本中の父母やスポーツ応援者の心の中はまだ変わっていないのだ。

 体罰の是非を論じる以前に、根底には、「たたけば伸びる」「耐えれば強くなる」という勝手な思い込みがある。「スポーツは大人が教えてうまくなる」、それが大人たちの間違った自己満足である、という戒めを強く自分に突きつける必要がある。

 子どもはもともと才能を持っている。その才能を伸ばすのは、子ども自身の気づきであり、目覚めであり、主体的な意欲と行動だ。大人たちは、子どもに環境を与え、サポートしてあげるのが主な役目。上から目線で「教えてやる」と考えている指導者は即刻退場すべきだ。

 そんな当たり前の本質に日本のスポーツ指導者、スポーツファンたちはまだ気づいていない。根強く信じられている間違った必勝法を改めてリセットする切実な必要性をこの出来事が物語っている。

(作家・スポーツライター 小林信也)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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