このページの本文へ

岡田武史オーナーがFC今治のJ3昇格で示した「経営者」の手腕

2019年11月14日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
岡田武史
J3昇格を内定させたFC今治の岡田武史オーナー Photo by Naoto Fujie

日本代表監督としてただ一人、ワールドカップで2度の指揮を執った岡田武史氏がJリーグに帰ってくる。2014年11月からオーナーを務めているFC今治が、J1から数えて4部リーグにあたる今シーズンのJFLで4位以内を確定。運営面に続いて成績面の条件も満たしたことで、来シーズンからのJ3昇格を内定させた。横浜F・マリノスの監督を辞任した2006年8月以来、距離が空いていたJリーグの舞台へ。数々の金字塔を打ち立てた指導者へと戻る退路を断った「岡ちゃん」が、リスクを覚悟の上で壮大な夢を追いかけ続ける経営者として舞い戻ってくる。(ノンフィクションライター 藤江直人)

「想定より1年遅れ」で昇格内定
“岡ちゃん”が13年ぶりにJリーグに復帰

 現役時代はピッチの上でも外さなかった伝説も残る眼鏡は、63歳となった今もトレードマークとなっている。その奥で時折放たれる鋭い眼光に、年齢を重ねる度に幾十にもまとってきたダンディーなオーラを融合させながら、「岡ちゃん」の愛称で知られる男がJリーグに帰ってくる。

 日本代表監督としてただ一人、ワールドカップの舞台で2度指揮を執った岡田武史とJリーグの接点をたどっていくと、横浜F・マリノスの監督を辞任した2006年8月に行き着く。実に13年あまりに及んだ空白期間を乗り越える瞬間は、歓喜と涙を交錯させながら2019年11月10日に訪れた。

 J1から数えて4部にあたるJFLの第27節。愛媛県今治市にある「ありがとうサービス.夢スタジアム」を本拠地とするFC今治が、ホームのファンやサポーターの目の前でFCマルヤス岡崎に勝利。同時間帯で行われる試合で5位のホンダロックSC、6位のヴィアティン三重がともに引き分け以下ならば今治の4位以内が確定し、J3へ参入する上での成績面の条件を満たす。

 果たして、今治は前回対戦時に敗れている岡崎を1-0で退ける。歓喜の輪が広がっていく中でホンダロック、そして三重がともに引き分けたという吉報がファンやサポーターの涙をも誘う。3度目の挑戦でようやくこじ開けたJリーグへと通じる扉。今治を運営する「株式会社今治.夢スポーツ」の代表取締役会長を務める岡田は、意外にも聞こえる第一声で昇格内定を振り返った。

「想定より1年遅れている。ホームで決めて、今治の方やサポーターの方に喜んでもらえたのは一番よかった。ホッとしたというのが一番ですけど、それでも今日は単なる通過点であって終着点ではない。物足りないところをクラブ全体の努力で補い、バックオフィスとしての力ももっとつけていかないと、Jリーグでは厳しいと考えています」

 JFLからプロのJ3へ参入するためには、さまざまな案件を満たす必要がある。まずはJリーグから「百年構想クラブ」として認定されなければいけない。運営法人の経営体制や常時練習が可能な環境の確保、普及活動の継続的な実施などが、Jリーグ機構によるチェックの対象となる。

 今治はJFLのひとつ下のカテゴリー、地域リーグの四国リーグを戦っていた2016年2月に認定され、2017シーズンからは戦いの舞台をJFLへ移していた。しかし、JFLで4位以内に入り、なおかつ百年構想クラブの中で上位2クラブに入る成績面の条件を過去2年、満たすことはできなかった。

 特に昨シーズンは最後の2試合で1分け1敗と白星を挙げられず、5位に終わっていた。今シーズンへ向けて万全の、背水と言ってもいい体制を組んだ理由を、岡田はこんな言葉で説明している。

「今年はどうしても上がらないといけない。昨年は許していただいた、支援をしていただいている方々が、今年はもう許してもらえないと考えていたので」

サッカー協会副会長も退任
退路を断って「経営者」の道を選んだワケ

 肩書きや発している言葉からも分かるように、岡田は指導者としてではなく、経営者としての目線に立っている。実際、昨春には代表チームやJクラブの監督を務める上で必須となる公認S級コーチライセンスの更新を見送り、同時に日本サッカー協会の副会長も退任している。

 岡田を指導者から経営者へと転じさせたのは、日本サッカー界に対して長く抱いてきた疑念だった。大学時代の先輩がオーナーを務めていた、今治の運営会社の発行済株式の51%を取得したのは2014年11月。若手の育成において、逆転の発想で取り組みたいという思いが岡田を動かした。

「サッカーの型を作って、16歳までに教え込もうと思って始めた。まず型を教えてから、16歳、高校生ぐらいからチーム戦術を落とし込んでいく。そういうトライがしたかった。そうすれば主体的で、自分で判断できる選手を育成できるんじゃないか、と」

 既存のJクラブではなく、小さなクラブならば斬新な挑戦ができるのでは、と考えていた。しかし、初めて訪れた今治の街並みが、サッカーのことだけを考えていた岡田に衝撃を与えた。

「実際に今治に行ったら、土地はあっても商店街に誰もいないというか。このままならチームが強くなっても、応援してくれる人がいないというか。少子高齢化の限界都市のようになっていたので、そこを何とか街と一緒に元気になる方法がないだろうか、と思って地域や地方の創生もやろう、と」

 今治の地で壮大なる夢を具現化させると決意した時に、プライベートで親交のあるライフネット生命保険株式会社の創業者、出口治明氏からかけられた言葉に深い感銘を受け、心のなかで目標を定めた。

「出口さんには『統計上、スタートアップした9割が5年以内に潰れる。岡田さんは1割の中に残るためのチャレンジを始めた』と言われたんですよね。同時に『リスクあるチャレンジを誰もしなくなったら、社会は変わらない』とも言われて、僕は5年をひとつの目標にすえてやってきました」

 四国リーグを制した2015シーズンから数えて、今シーズンは5年目となる。コーチングスタッフを含めて16人でスタートさせた「株式会社今治.夢スポーツ」は、浙江緑城サッカークラブ(中国)などとの提携事業を行うグローバル事業部などが新設された今では、60人近い社員が集っている。

「プロの監督は背中にのしかかってくる、鉛の塊のような重たいプレッシャーに『この野郎!』と思って耐えていればいいし、嫌になったら『もうやめた』と投げ出せばいい。しかし、経営者は違う。僕のもとへ集まってくれた60人近い社員へ給料を払い続けるために、毎月5000万円以上のキャッシュフローが必要になる。じわじわと真綿で首を絞められるような、社員や社員の家族を食わせていかなきゃいけない、というプレッシャーは監督の時とはまったく違う。やめる、なんて絶対に言えない」

J2昇格にはスタジアム建設が必須
30億円規模の収入を目指す

 指導者と経営者とで最も異なる点を、岡田は自身のリアルな経験を交え、聞いている側のちょっとした笑いを誘いながら説明する。後者の道を歩み始めて久しい今、鋭い視線は数年先までを見すえている。例えば夢スタの愛称で親しまれるホームスタジアムの収容人員は5000人で、J2のクラブライセンス申請に必要な1万人に遠く届かない。つまり、現状のままでは、どんなに好成績を収めてもJ2には昇格できない。

「だから、次のJ2のスタジアムをもう始めないと間に合わない。1万人のスタジアムの計画や模型がすでにできていて、その資金調達をしないといけない。加計学園でたくさん使っちゃったから今治市にはお金がないので、土地は無償で貸してくれるけど、自分で建ててくれと言うから。50億円くらいかかるけど、自分たちで建てようかな、と。投資してもらえるような事業として、複合型スタジアムができるので事業収入が入る。10年間のPL(損益計算書)ができて、だいたい承認が降りたので」

 岡田が言及したことのある複合型スタジアムとは、試合開催日以外も常時稼働する、商業施設が併設された形態をさす。もともとの目標だった、岡田メソッドと命名されたサッカーの型を浸透・事業化させ、運営会社としても30億円規模の収入も目指していく。単身赴任の形で今治に来てからの5年間を粋な言葉で振り返りながら、岡田は次の5年、10年、さらに先を見すえながら思わず目を細めた。

「僕の年齢における5年間というのはこれから老いゆく手前の、ものすごく貴重な時間と言ったらおかしいんだけど、その時間をここに捧げたというか、わくわくしながらやらせていただいた。本当にあっという間に過ぎたし、正直、地域に夢を見せるというよりは、僕自身がホラに近いような、わがままのような自分の夢を語っていただけなんですよね。みなさんがその夢に共感して力を貸してくれて、指導者やスタッフ、選手たちも集まってきてくれた。僕がどんどん新しいことをやるので、社員もその尻拭いで飛び回って大変だったと思うけど、僕自身はもっと、もっと壮大な夢を語りながらリスクを冒して、チャレンジしていこうと思っているんですよ」

 代表取締役会長に就任した時に、2025年までにJ1で常時優勝を争い、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)で優勝をめざし、5人以上の日本代表選手を輩出する中長期ビジョンも定められている。無理だと笑われるかもしれない。それでも、夢を言葉にして発信していかなければ周囲も動かない。還暦を超えて久しい岡田の表情には、常に充実感がみなぎっている。

「やるべきことはまだまだいっぱい、それこそ山ほどあるので。今日からでもすぐにスタートさせるくらいの気持ちでいます」

 サッカーファンには見慣れたトレーニングウエアやジャージーではなく、スーツにネクタイ姿でJリーグへの帰還を果たす来シーズン以降へ。想定よりも遅れている時間を「我々に貴重な力をつけるために必要だった」と今ではポジティブに受け止めながら、岡田は経営者として走り続ける。(文中敬称略)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

最新記事
最新記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ