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「危ない」「汚れる」「壊れる」から過剰に守ると、子どもが育たない理由

2019年10月29日 06時00分更新

文● 大川繁子(ダイヤモンド・オンライン

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栃木県足利市に、小俣幼児生活団という“ちょっと変わった”保育園がある。「敷地は3000坪超」「最も古い園舎は築170年(ペリー来航より前!)で、足利市の国有形文化財」「園庭はちょっとした山で、池も梅林も灯篭もマリア像もある」――。保育の内容も独特で、いち早くモンテッソーリ教育とアドラー心理学を取り入れ、子どもたちに指示することも、カリキュラムを与えることも一切ない。前々回前回に引き続き、92歳の主任保育士・大川繁子さんの著書『92歳の現役保育士が伝えたい親子で幸せになる子育て』(実務教育出版)から、子どもを育てることの「本当の意義」をお伝えしよう。

「守る」と「育てる」の
バランスを考える

92歳の主任保育士・大川繁子さんは、子育てについて独自のポリシーを持っている

「保育」という言葉には、「保護(守ること)」と「教育(育てること)」という意味が込められています。0歳、1歳と年齢が低い子ほど「守る」の割合が大きい。成長するにつれ、「育てる」の割合が大きくなっていきます。

 ただし、何歳になっても保護の要素がなくなるわけではありません。大切な命を守るのは、絶対。取り返しのつかないケガは、絶対にさせてはいけないのです。

 難しいのが、「保護」を重視しすぎると「教育」がないがしろになってしまうことです。なにがなんでもケガひとつさせない! そうなると、「何もさせない」が正解になってしまいますから。もちろん、それはいい保育ではありません。

「じゃあ、どうやったら、保護と教育を両立できるかしら? 守りながら、大きく育てられるかしら?」

 ……それで生まれたのが、「安全のルール」を子どもたちと一緒に決めることでした。

子どもたちと決めた
「マリアの丘」へいくときのルール

 たとえば小俣幼児生活団では、以前は「マリアの丘」と呼ばれる、園庭(山)のてっぺんのエリアへは子どもだけで行くことを禁止していました。目が届かないし、道中も整備されていないところがあって危ないと判断していたんです。でもそれは「守ること」だけ考えていて、「育てること」にはならない。子どもも行けるようにしたいね、という話になりました。

 そこで、最年長である5歳児クラスの子どもたちと保育士で、マリアの丘への道を一緒に歩きながら、1つずつルールを決めることになったのです。

「あっ、あの木は細いね。のぼったら危ないね」
「ここから先は、ハチさんが出てきそうだね」

 指さし確認しながら、地図に書き込んでいく。基本のルールも子どもたちが決めました。

・マリアの丘へは、ひとりで行かない
・マリアの丘へ行くときは、必ず先生に「いってきます」と告げる
・マリアの丘から帰ってきたら「帰りました」と言う

 そして、こうした決めたルールを15時半のおやつの後にある「さよなら集会」で発表して、全員のお約束にしました。その後、お約束を書いた地図はずっと部屋に貼っています。

先回りしすぎて
子どもの学びの機会を奪わない

 言うまでもありませんが、普段の保育では、大きな事故につながりそうな要因は徹底して取り除いています。

 誤飲事故につながるもの(子どもの喉に詰まる小さなものや電池、ボタンなど)は置きません。他の園で蝶番のドアで子どもが指を切り落とす事故があったため、園内のドアはすべて引き戸に変えました(1箇所だけある開き戸は、指がはさまらないよう隙間をつくっています)。ブランコも座る部分をビニール素材に変え、万一ぶつかっても頭を切らない仕様になっています。

「ここは絶対」という安全は守る。けれど、先回りしすぎて子どもの学びの機会を奪わないようにしているのです。

 正直ね、保育者としては、「すべて禁止」のほうがずーっとラクなんです。でも、あれもダメ、これもダメだと、子どももつまらないでしょう。安全について、どうやったら「守りながら育つ」が両立するか考えるのも楽しいものですよ。おうちでもぜひ、考えてみてください。

危なくても、面倒くさくても、
経験させてみることが大事

 危ないもの。汚れるもの。壊れるもの――。

 身の回りには、子どもに触ってほしくないものがいろいろとあるものです。そういうものに対して、子どもは笑ってしまうくらい興味津々になりますよね。手の届かないところに置いたり、ごまかしたり、禁止したり……お母さんはさまざまな工夫をこらすでしょう。

 でも私たちは、親のみなさんが「ちょっと触ってほしくないな」と思うようなものも、なるべく隠さないようにしています。園に見学に来られた方は、その姿勢にも驚くようです。

 たとえば、0歳と1歳が食事を取るテーブルの上に花を飾っていること。

「こんなところに花瓶を置いていて大丈夫ですか?子どもがひっくり返しませんか?」
 
 もちろん園に通い始めたての子は、花瓶から花を引っこ抜いたり、花瓶を倒したりします。保育士は、「お花がきれいだから飾ってるんだよ」「花瓶を倒すと濡れちゃうね、冷たいね」と言いながら後片づけする。

 するとだんだん、子どもたちは「お花は花瓶に生けてあるものなんだな」「花瓶を倒すと濡れるし、先生も後片づけが大変そうだな」と自分で考えて、手を出さなくなるのです。ほんとうですよ。

「次は気をつけなきゃ」と
考えられる機会をつくる

 見学者に驚かれるポイントは、他にも「させること」に多い気がします。

 どの年齢の子も好きなコンクリートの坂を四輪車でザザーッと下る遊びは、「そんなこと、危なくてとてもさせられない」とおっしゃいます。ジャングルジムもブランコも日本中の保育園で次々と撤去されていますから、子どもたちが普通に遊んでいることが「信じられない」と目を見開かれます。

 食器が陶器なのも、「扱いが大変じゃないですか」とよく言われます。私はそのたびに、「子どもの経験になりますし、子ども自身がよーく考えますから」と答えるのです。陶器のお皿を使っているのは本物に触れてほしいのと、「落としたら割れてしまう」ことを知ってほしいからです。

「次は気をつけなきゃ」「どうすれば割れないかな」と自分で考えて、試してみてほしい。触ってほしくないものを隠していたら、その「考える練習」ができないでしょう。

経験させ、考えさせなければ
子どもは育たない

 また、園舎は子どもたちの“昼間の家”を目指しているので(子どもたちにとって家以上に居心地のいい場所はありませんから)、畳が敷いてあり、障子がはめこんであります。これも、子どもがいるからといって特別な補強はしていません。

 だから障子はだいたい、入園まもない子がおもしろがって、指でプスプスと穴を開けていきます。そのたびに、子どもと一緒に保育士が貼り直していくの。その姿を目にすることで、「ボクが破った障子、先生が直してる。悪いことをしたな、もうやめよう」と学んだり、他の子どもが「ねえ、先生が大変だから、ダメだよ」と言い出したりするのです。

「あれもダメ、これもやめておこう」ばかりだと、なんにも経験できません。経験しなければ、考えることができません。考えなければ、子どもは育たないでしょう。

 だから私は、「どうすればできるか」に頭をひねるのです。

「あれはなんだろう」
「こうしたらどうだろう」
「失敗しちゃった」
「次はこうしよう」

 そんな好奇心や意欲を、できるだけ伸ばしてあげたいと思っています。

(小俣幼児生活団 主任保育士 大川繁子)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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