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日本から中国へ、コンテンツ業界で起きている「人材流出」の背景

2019年10月15日 06時00分更新

文● 沼澤典史(ダイヤモンド・オンライン

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中国で、「千と千尋の神隠し」が公開され大ヒットしている。昨年12月にも「となりのトトロ」が公開され、興行収入は約30億円に達したという。それらがヒットした理由と、巨大マーケット・中国と日本映画界の展望について映画批評家の前田有一氏に聞いた。(清談社 沼澤典史)

ヒットの裏に
「政府間協定」あり

中国で上映されている「千と千尋の神かくし」
中国では、いまになってジブリ作品がヒットしている Photo:EPA/JIJI

 現在、中国国内で宮崎駿監督のアニメ映画『千と千尋の神隠し』がヒット中だ。今年6月に中国全土の約9000ヵ所で公開された同作は、日本円で72億円の興行収入を上げている。また、昨年12月には『となりのトトロ』も公開され、興行収入は28億円を記録。なぜ今になってジブリ作品がヒットしているのだろうか。

「中国人は歴史ものを非常に好みます。ですから、古風な雰囲気のある『千と千尋』はウケるのです。また、中国のアニメファンにとって日本のアニメは特別。特に宮崎駿にはコアなファンがいます。かつて中国国内で配信されていたアニメの9割は日本のものでした。ここ最近、その割合は半分くらいになりましたが、今回のジブリのヒットは、いまだに日本のアニメが人気だという証しでしょう」

 ジブリ作品が年月を経てから公開された理由は、さまざまな分析がされている。中国国内のスクリーン数の頭打ちを受けて新たなコンテンツを求め、中国でも人気の高いジブリ作品を公開したという見方もある。以前は海賊版でしか見られなかった中国のファンが、ジブリ作品を劇場に見に行ったというのだ。一方、前田氏は違う見方を提示する。

「昨年5月に『日本国政府と中華人民共和国政府との間の映画共同製作協定(日中映画共同製作協定)』が締結されました。中国国内では上映される外国映画の本数は制限されていますが、この協定を結ぶと、日中で合作した映画は、外国映画のカテゴリーから外れ、中国国内での上映がしやすくなるのです。いまやスクリーン数は世界一とも呼ばれる中国市場に、日本映画が進出しやすくなったということです」

 この協定が結ばれたことで、日中合作ではないものも、中国政府からの上映許可が下りやすくなったのではないかと前田氏は推測する。ちなみに日本は先進21ヵ国の中で、この協定を結んだのは最も遅い。

日本のアニメ技術を
求める中国

 さて、制作から年月を経たジブリ作品のヒットという喜ばしいニュースから日中映画共同製作協定なるものが見えてきた。この協定は日本映画界にとって極めて重要なものであると前田氏は話す。

「われわれからしてみれば、今回のジブリ作品の興収72億円や28億円は大変なヒットです。しかし、中国の春節期間における映画ランキングでは上位4位くらいまでが興収100億円超えです。それほどまで中国市場の興収は桁違い。そんな、中国市場への展開を可能にする日中映画共同製作協定の締結は、日本映画界にとって悲願だったのです」

 ただ、合作と聞くと役者選びやストーリーにおいて中国への忖度が必要ではないかといぶかしむ人もいるだろう。しかし、前田氏は「今はそこまで露骨ではない」と語る。

「海外を例にとると、アメリカには、2016年に中国の大連万逹グループに買収されたレジェンダリー・ピクチャーズという映画会社があります。買収直後、白人のマット・デイモンが中国人に心を打たれ改心するという映画『Great Wall』が米中合作で製作、公開されました。あからさまなプロパガンダ映画に業界からは批判が相次ぎ、それ以降の『ジュラシック・ワールド/炎の王国』『ゴジラ・キング・オブ・モンスターズ』は親中色を消しています。中国もそのようなプロパガンダ色が強いと、受けないことがわかったのでしょう。協定を結んでいる他の国でも、あからさまなプロパガンダ映画はほとんど作られていません」

 日本が協定を結んだからといって、親中映画を作らされるというわけではないのだ。この協定は日本には大きな利益があるが、当然中国にとっても利益がある。

「おそらく中国は日本のアニメの技術を得たいのでしょう。ここ3年くらいで中国のアニメ技術は相当高くなり、日本とほぼ変わらないクオリティーになっています。しかし、中国アニメが日本に追いつけないのは原作。つまり、ストーリーを作れる人がいないのです。そこで、今回の協定で中国市場の門戸を開く代わりに、その技術ないし原作の提供を要求するでしょう。事実、中国は税制上でアニメを優遇し、特に原作者の権利を手厚く保護しています」

 日本では原作使用料についてトラブルが多く、『テルマエ・ロマエ』の原作者ヤマザキマリ氏が「使用料の説明がない」と不満を漏らした。また『海猿』の原作者の佐藤秀峰氏は、「映画が70億円超えのヒットに対し、使用料200万円は少なすぎる」と批判した。中国はこうした日本での原作使用料のトラブルからも学び、自国の文化の発展を狙っているのだろう。

現場クリエーターは
進んでノウハウを提供している

 日中映画共同製作協定により、日本の映画ビジネスは莫大な利益を受けるが、日本のアニメ界は中国に先んじられる可能性がある。日本の技術が盗まれているという見方もあるが、前田氏は「現場の人間は、むしろ進んで伝えている」と話す。

「日本の現場のクリエーターは、中国人クリエーターと一緒に面白い作品を作り、日本とは桁違いのビジネスをするのが面白くてしょうがないと、進んでノウハウを伝えていますよ。ブラックな労働環境が指摘される日本のアニメ業界において、今やクリエーターは、資金が潤沢で好きなものを作らせてくれる中国のアニメ業界か、アメリカのNetflixの軍門に降るかしないと食っていけません」

 中国の政権批判など、あからさまなことはできないが、日本国内だけでは得られないやりがいとお金がある。若手クリエーターにとって中国市場が魅力的に映るのは当然だろう。

「日本はかつて中国の海賊版アニメを問題視していました。しかし、中国は豊かになるにつれて、DVDを爆買いしてくれる上客となり、ついにはアニメを自作できる国になった。立場が逆転し、日本が買いたたかれる日も近いかもしれません。クリエーターを守る努力を怠った日本が逃した魚は大きいでしょう」

 海を渡るのはアニメや作品だけではない。日本人俳優たちにも、中国マネーを手に入れるチャンスが訪れている。

「今回の協定により、日本の俳優たちが中国映画の主演をするということも増えてくるでしょう。実際、今年中国で公開予定の中国映画『破陣子』で綾野剛が主演を務めています。縮小する日本のマーケットと、悪待遇にあえいでいる映画業界や俳優、アニメクリエーターが中国へ進出することは当然の流れでしょう」

 原作者の権利保護やクリエーターの高待遇化が進む中国に、日本のアニメ・映画界が学ぶべきことは多いのかもしれない。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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