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大坂なおみ元コーチ・バイン氏に聞く、「下から目線」を続けた理由(上)

2019年09月20日 06時00分更新

文● 小林信也(ダイヤモンド・オンライン

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サーシャ・バイン氏 
インタビューに答えるサーシャ・バイン氏 Photo by Toshiaki Usami

世界ランキング68位だった大坂なおみ選手をわずか3ヵ月でWTAツアー初優勝、8ヵ月後には全米オープン優勝に導き、さらに1年1ヵ月で世界ランキング1位に押し上げたサーシャ・バイン氏。彼の存在なしに大坂なおみ選手の快進撃はなかっただろうことは、誰もが認めるところだ。今は残念ながら契約を解消され、大坂なおみとサーシャのコンビは過去の伝説となった。バイン氏と離れた後、大坂なおみが精彩を欠いているだけに、ファンは歯がゆい思いをしている。

今回、東レ・パンパシフィック・トーナメントで、クリスティナ・ムラデノビッチ選手(フランス)のコーチとして来日したバイン氏にインタビューする機会を得た。7月に出版された彼の著書『心を強くする』に書かれた事実にも触れながら、選手からコーチに転身した理由や、昨年、若干34歳でWTA(Women's Tennis Association)最優秀コーチ賞を獲得したバイン氏のコーチングについて率直な話を聞いた。(聞き手/作家・スポーツライター 小林信也)

選手の夢を諦めてコーチの道へ
「とにかくテニスに関わっていたかった」

小林信也(以下、小林) セリーナ・ウィリアムズ選手に誘われてドイツからアメリカに渡ったのが22歳のときだったのですね。サーシャにとってそれは「夢のような出来事」と言っていいでしょうか?

サーシャ・バインサーシャ・バイン
テニスコーチ。1984年生まれ、ドイツ人。
ヒッティングパートナー(練習相手)として、セリーナ・ウィリアムズ、ビクトリア・アザレンカ、スローン・スティーブンス、キャロライン・ウォズニアッキと仕事をする。その後2018年シーズンから当時世界ランキング68位だった大坂なおみのヘッドコーチに就任すると、日本人初の全米オープン優勝に導き、WTA年間最優秀コーチに輝く。2019年には全豪オープンも制覇して四大大会連続優勝し、ついに世界ランキング1位にまで大坂なおみを押し上げたところで、円満にコーチ契約を解消。
Photo by T.U.

サーシャ・バイン(以下、サーシャ) イエスでもあり、ノーでもあります。いま振り返ってみれば、とてもいいオファーだったと思います。が、当時私はもうドイツのアカデミーでコーチを始めていて、そこそこお客もついていたので、それを辞めてアメリカに渡るのはリスクの高い選択でした。なぜなら、セリーナとは口約束をしただけで、最初の1年間は契約書もなかったのです。1ヵ月、2ヵ月後に「もう必要ないわ」と言って、ドイツに追い返される可能性も十分ありました。

 一方で、もちろん大きなチャンスでした。幸い私は、それから7年間もセリーナのチームで働き、13回のグランドスラム優勝を達成できました。セリーナは私の才能を見出してくれた恩人です。彼女はとても温かい人で、すぐに仲良くなりました。結束も固かった。すごく楽しい7年間でした。

小林 人生の大きなチャレンジに成功したわけですね。

サーシャ 人間には2つのタイプがあると思います。知らないことを恐れる人と、それを逆に追い求める人。私はどこか茂みでザワザワ音がしたら、何がいるのかと好奇心を持って見に行くタイプです。だから、バッグふたつでアメリカに渡ったのでしょう。まったく知らない未知の国でしたけれど、いまはそこに家もある、車もあります(笑)。

小林 少年時代はプロの選手を目指していたのでしょうから、22歳でコーチというのは、選手としての挫折があった、と理解していいですか。

サーシャ 少年時代は常に「選手になること」が最優先目標でした。けれど、私の人生にはほかの使命があったようで、その道に自分を合わせていかねばなりませんでした。最終的にはコーチになりましたが、私自身、このスポーツが大好きで、ずっとテニスの世界にいたいと思っていたので、選手になる次にいちばんいい選択ができたと思います。

 私はプレーヤーよりコーチの方が合っていたのでしょう。選手として自分の夢を達成するより、ほかの選手が夢を達成するお手伝いをするのが幸せなんですね。

小林 プロの選手を目指し続けることが許されない環境もあったようですね。(編集部注:バイン氏は15歳のときに父親を不可解な自動車事故で亡くしている)

サーシャ・バイン「テニスを続けた理由。それはテニスへの愛、それだけです」
Photo by T.U.

サーシャ 私も実際、夢をあきらめたようなものです。母から「もっと安定した収入がないと暮らしていけない」と言われていました。常に私が怪我をしたら生活ができなくなると心配していました。だから私はどうするべきか、決断しなければならなくて、十代の頃にコーチになろうと決めました。

 トーナメントのない日曜日には、テニスアカデミーのカフェバーでコーヒーを作る仕事もしていました。なんとしてもテニスの世界に身を置きたかった。テニスにまつわることで私がやったことのない仕事はひとつもない、と言えるくらい、ネットを立てることから、ライン引き、テニスコートの周りの木々の剪定まで、何でもやりました。やらなければ生活できなかった、でもそういう経験のすべてが、いまコーチとして役に立っていると思います。

小林 こうして話を伺っていても、サーシャはおそらくテニス以外のビジネスでも成功できたと思います。選手の道をあきらめた後、なぜテニスに関わり続けたのでしょうか?

サーシャ 答えはシンプルです。それはラブです。テニスへの愛、それだけです。学校の勉強はあまりしませんでしたが、成績はよかったんです。でも、本当にテニスが大好きで、コートを設営する、ラインを引く、そんなことでもいいからテニスに関わっていたいとずっと思っていました。

まだ30代半ばでツアー参戦14年目
選手と打ち合い&同じトレーニングも

小林 若くしてコーチになったおかげで、30代半ばで成果を収めることができた?

サーシャ WTAツアーに関わって14年目です。十分に経験豊富だと思いますがまだ若いので、他のコーチより体調もよく、体力があります。選手と一緒にコートで打ち合うことができるのは私の大きなアドバンテージだと思います。選手と実際に打ち合うと、選手の傾向がよくわかります。どう導いてあげたらいいかがはっきり見えてきます。

 それと、これは父に感謝しているのですが、父が私にしっかりしたテクニックを身につけさせてくれたおかげで、私と打ち合うだけでその選手が自然と正しいテクニックを身につける。つまり、ミラー効果です。私にはそういう才能が与えられました。

小林 ミラー効果! 理屈抜きによい影響を与える大切な方法だといわれています。

『心を強くする』サーシャ・バイン著サーシャ・バイン氏の著書『心を強くする』

サーシャ 多くのコーチは選手の後ろに立って指導します。けれど、対戦する相手は常にネットの向こう側に立ってこちらを向いているのですから、コーチも後ろにいるより向こう側に立つほうが、相手選手をどうしたら苦戦させられるかをわかりやすく実感させてあげられるはずです。

小林 選手と打ち合うとき、いろんなトップ選手のボールを真似し、再現して打ってあげるのですか? サーシャはセリーナのボールも、なおみのボールも真似して打てる?

サーシャ もちろん、それができなきゃコーチはできません。Have to be ! それこそいまの私の最大のアドバンテージですね。そして「できる」だけでなく、「やる意志がある」ことも重要です。

 コーチはやはり居心地のいいところを探しがちです。いままで私は13回のプリシーズン(開幕前の準備期間)を経験しています。この時期には200mや400mのスプリントも走ります。30代の半ばを迎えて、だんだん私も辛くなっているのですが、彼女たちと同じことをやらなければ彼女たちの気持ちや立場を理解してあげられません。幸いまだ体力もあるので、やる気を持って、彼女たちを引っ張っています。それは大きな強みです。

>>サーシャ・バイン氏インタビュー(下)に続く


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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