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日本が世界トップの論文不正大国になってしまった理由

2019年09月02日 06時00分更新

文● 沼澤典史(ダイヤモンド・オンライン

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このところ大学教授の不正が何かと話題になっている。東洋英和女学院の前院長は、自身の著書で架空の人物を捏造し、創価大学の経営学部教授の論文では盗用が見つかった。2014年にはSTAP細胞の不正が話題になったが、なぜ日本は論文や研究での不正が相次ぐのか。その理由を国立遺伝学研究所教授の有田正規氏に聞いてみた。(清談社 沼澤典史)

理系研究者の不正が
圧倒的に多い日本

論文不正はなぜ繰り返し起きるのでしょうか?
スコアとランクという「数値」ばかりを基準にする評価システムがはびこっている限り、論文不正はなかなか減らない Photo:PIXTA

 昨今、日本では大学教授の不正が相次いでいる。学校法人東洋英和女学院の院長で、同学院大学教授だった深井智朗氏の著作に、複数の捏造(ねつぞう)や盗用が発覚した事件で、同学院は深井氏を懲戒解雇した。また、創価大学の経営学部教授も著書に他人の論文を盗用する不正行為があったとして、4月に依願退職している。

 STAP細胞で話題になったように、これまでは理系の論文不正が目立っていた。有田氏によると、文系の論文での捏造は珍しいという。

「文系の論文において捏造はレアケースでしょう。特に架空の人物を捏造するのはありえない。最近は文理問わず論文の不正が相次いでいますが、実は日本は研究の不正大国。特に大学や研究職の構造上、理系では不正が起こりやすく、深刻な問題なんです」(有田氏、以下同)

 まずは、日本が不正大国だという事実を見ていこう。

病理専門医の榎木英介氏の記事「サイエンス誌があぶり出す『医学研究不正大国』ニッポン」(Yahoo!ニュース2018年8月22日)によると、世界を代表する科学誌「Science」は、不正論文を報告するサイトRetraction Watch(リトラクションウオッチ)が作成した、撤回論文数の研究者別ランキングを引用し、研究論文全体の5%しか作成していない日本人が、撤回論文が多い研究者上位10人のうち半数の5人を占めることを指摘している。

研究者ポスト欲しさに
不正に手を染める

 記事によると、トップは元東邦大学麻酔科准教授の藤井善隆氏。骨の研究者で医師の佐藤能啓氏は6位。佐藤氏の共同研究者だった岩本潤氏が9位、藤井氏の共同研究者だった斎藤祐司氏も9位に位置している。こうして見ると教授もさることながら、教授を目指す研究者の数も多い。

「不正を行う大多数は、若手研究者なのです。まず、安定した研究職を得るためには論文を多く発表しなければなりません。研究者としての人生がかかっているから、リスクが大きくても不正を犯すわけです。そして不正の多い国では、研究者の評価が数値化されがちです」

 理系の研究者は文系に比べ、論文数などの数値指標で評価されやすい。そのため文系よりも理系の研究者の方が、圧倒的に不正が多くなるのだという。

「例えば研究職でどこか良いポジション狙おうと思ったら、論文を書かねばならない。どの研究雑誌に載っているかも重視される。論文が載る雑誌にはスコアがついていて、一流誌だとハイスコアがもらえます。採用する側も、本来は応募者の論文内容を逐一チェックすべきですが、そうした論文が掲載された雑誌のスコアで判断してしまいがちです」

 研究職の募集では、良いポジションになると100人近い応募がある。全員の研究内容を細かく見ると膨大な審査になってしまうため、どの雑誌に載っているかを見て“足切り”をするというわけだ。

不正告発者が守られない日本
5ちゃんねるでコッソリ告発も

「応募者はそうした数値で判断されることもわかっている。だから、著名な雑誌に掲載されようと努力するし、あと一歩で良い雑誌に載りそうなときは、『少しくらいデータを調整しても』という発想につながっていくのです」

 最近は、研究者個人の論文数、論文が引用される数、獲得研究費などがスコア化されランキングされるという。度々話題になる世界大学ランキングにおいても、所属教授や研究員の論文数は重要な基準とされ、政府はその100位以内に日本の大学が多くランクインするよう躍起になっている。そうした「スコア化とランキング偏重文化が諸悪の根源である」と有田氏は言う。ランキング偏重文化の理由はなにか。

「スマホやSNSに端的に表れていますが、世界全体が手っ取り早く物事を処理し、反射的な満足感を得たがる風潮に移行しています。相対的に、考える時間をみんなが減らしたがっている。ランキングという指標はこうした時代の要求に合った、わかりやすくて都合が良いものなのです。また、数字で示されることが科学であるという誤解も世の中に蔓延しています。結果として、世界の大学ランキングや科学研究費の獲得ランキングなどが公開され、そのランクばかりを気にしてしまうのです」

 こうしたランキング文化のほかに、日本独特の構造的な問題も不正の多さに影響している。

 有田氏によると、海外では内容の誤っている論文を指摘する論文が多いという。要するに研究者が実名をさらして、正規ルートで堂々と議論できる文化があるのだ。しかし、日本にそうした伝統はない。また正規ルートでの内部告発も少ない。わが国において疑義の提起はタブー視され、論文不正の告発は5ちゃんねる等の匿名サイトで行われることが多いのだ。

「一般的に研究室のトップには教授がいて、その下に部下ともいえる研究者がいる。日本では、儒教的に年長者を敬う意識が強いですから、仮に教授や先輩研究者が不正を犯していても告発できない空気になっています。また、直接不正の指示はなくとも『もっといいデータを出せないのか』と言われれば、そこに忖度が発生するでしょう。従わなければ将来が閉ざされるように感じる。ここが欧米と日本の大きな違いです。告発側が守られていないのです」

理系出身官僚が
霞が関に少ないのも問題

 こうした事態に対して、有田氏は「独立したチェック・処分機関を設けるべき」だと主張するが、そうした動きは今のところなく、学会等の声明や自機関による調査にとどまっている。

 また、国が科学への投資を大きくしたことにも原因の一端がある。

「そもそも昔の研究者は、科学が大好きなオタクや変わり者がなるという感じでした。しかし、今は国からどんどん研究にお金が出るようになって、ある意味、職業研究者が増えた。会社に就職するような感覚で研究者とか教授とかになる。だから研究が第一というわけではなく、仕事として給料が増えるのであれば、少しくらい不正したっていいだろうと思ってしまいがちです」

 研究資金が多くなったのは、科学にとって喜ばしいことだろう。しかし一方で、科学に対する真摯な姿勢が失われる原因にもなっているというのは皮肉なことだ。不正に関しては研究者1人ひとりの倫理観に依拠しているのが現状のようだが、今後の展望について有田氏はこう語る。

「このままだと、スコアやランキングに頼る構造は過熱していくでしょう。日本では研究内容を理解していない文系出身の官僚が予算だけつけて、『さあ結果を出せ』と迫ってくる。理系の官僚が少ないため、科学の視点が政策などに入らないのです。だから、短絡的に数値指標を重視する場面が増えてくる。海外では、理系の博士号取得者が省庁のトップや首相にまで出世できる仕組みがあります。そこも、海外と日本の構造的かつ決定的な違いです」

 多くのノーベル賞受賞で、科学大国だと思われがちな日本だが、現実は不正がはびこり、その未来もとても明るいとはいえないようである。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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