このページの本文へ

中国人の「京アニを助けたい」を信用できない日本人の残念さ

2019年08月29日 06時00分更新

文● 寺田 元(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
京都アニメーション献花台に手向けられた色紙
Photo:JIJI

京アニ放火事件直後から、多くの中国人が「京アニの力になりたい」と語ってきた。しかし過去、中国人とのビジネスで苦い思いをしたり、爆買い観光客の行儀の悪さを目の当たりにした日本人たちからは「京アニを利用して金もうけをたくらんでいるのか」との声も上がる。中国でコンテンツビジネスを手がけてきた立場から言わせていただくと、非常に残念な考え方である。(アジアピクチャーズエンタテインメント社長 寺田 元)

放火事件当日から殺到した
「京アニを助けたい」という声

 京アニ放火事件が起きた7月18日、私のところに中国人から多くの連絡がきた。例をいくつか挙げよう。

 中国の某大手映画会社――「京アニの力になりたい」
 中国の某大手配給会社――「何かできることはないか」
 中国の制作会社――「なるべく高い金額でコンテンツを買い、寄付をしたい」

 日本の皆さんは、すぐには理解できないかもしれない。「京アニの事件を利用して金もうけをたくらんでいるに違いない」と思うかもしれない。しかし私は、「そうではない」と断言したい。

 中国でのコンテンツビジネスを手がけている私からすれば、彼らは正しいと思うことをしようとしているだけだ。では、なぜ京アニを助けることが、彼らにとって正しいことなのか。

 実は今の中国の大人たちは皆、子ども時代に日本のアニメを見て育ったのだ。当時は残念ながら海賊版だったが。しかしそのことが余計に、日本のアニメへの強い憧れとなった。それが今の中国のアニメ業界の土台となっている。日本のアニメには高い尊敬の念を持っているのだ。

 これは今年、中国でリバイバル上映されたアニメ映画「千と千尋の神隠し」が興収約77億円を超えていることからも明らかだ。名前は出せないが、ほかにも日本の過去の有名アニメを中国で上映したいというオファーが、私のもとにたくさんきている。

 中国人の日本のアニメへの憧れをあらわす例をもう1つ挙げると、中国企業による日本アニメスタジオの買収だ。大手ではなく小さな制作会社だが、少しずつ買収されている。買収という言葉のイメージがあまりよくないかもしれないが、要はそれだけ好きだということだ。

 そんな憧れの日本アニメの制作スタジオが不幸な事故に巻き込まれたのだから、中国人としては何かできることをしたいという思いが自然と湧いてくるのだ。

中国人は信用ならないという
イメージは嘘である

 日本人が中国人に持つのは、爆買いの行列のイメージや、順番待ちを守らないイメージだろう。しかし真実は、少し違うのだ。この際に私が知っている中国人の本当の姿をここに伝えたいと思う。

 今の中国経済の中枢をつくっている人たちは、当然ながら爆買いをする旅行者ではない。北京、上海、深センなどで企業に属するビジネスマンたちである。しかし、あまり日本のメディアに出てくることはない。だから日本人は、その本当の姿を知らないだろう。

 私たちがビジネスで中国へ行くと、みなとても礼儀正しい。部屋に入れば私たちが座るまで誰も座らないし、部屋の扉を出るときも必ず先に通される。エレベーターでも必ず先に通される。次のアポイント先へ移動しようとすると、わざわざマイカーで送ってくれたりもする。また、特に私が困ったときなどは本当に一生懸命助けてくれる。

 例えば昔、不運なトラブルが起きて、契約書上、我が社が費用負担をしなければいけないときがあった。私の会社は当時、まだ今よりも小さく資金力がそれほどなかったので、かなり焦った。しかしそのとき、先方の中国人は「どんなときもある、辛いときはお互いが助け合わないといけない。だから今回のお金はいらない」と言ってくれた。

 中国人とビジネスをしていると、このような例はたくさん体験する。彼らのこうした側面に数多く触れた私にとっては、これこそが中国人の本当の姿である。だから今回、京アニを支援したいという声がたくさん寄せられても、なんの違和感もない。しかし、残念なことに彼らのこうした姿は、なかなか日本のマスメディアでは報じられない。

 日本のマスメディアは中国恐怖症なのだ。確かに昔、中国とビジネスをしようとして散々だまされた日本企業は存在する。そのイメージがまだ根強く残っているのではないだろうか。

 ある中堅出版社などは、「うちは中国には絶対に権利を売らない方針だ」と断言する。大手出版社はさすがに最近の中国を少し知っているので、中国とのビジネスの方法を見つけつつあるのだが、中堅どころとなると、情報が古いまま止まっているのだ。

「パクリ天国」も今は昔
権利関係に厳密になった中国政府

 映画業界も似たようなものだ。ある中堅映画製作会社はこのように言っていた。「中国から映画製作のオファーをたくさんいただく。しかし、基本全てお断りをしている」と。

 日本の人口が減少していく中で、すぐ近くのGDP世界2位(GDP額は日本の倍以上)の国のマーケットを活用しないのは、とてももったいないことだ。

 かつて、中国は海賊版、バッタ品の一大産地だった。コンテンツ業界やファッション業界などが、根強く当時のトラウマを抱えているのは無理もない面もある。しかし、忘れないでほしい。日本も昔は、アメリカのものをまねして、「パクリの日本」と揶揄されていたのだ。しかし、今の日本人はもうそんな暴挙には出ない。中国も同じである。時が流れ、より洗練されたビジネスマナーを身につけた国に成長しているのだ。

 実際、中国政府は国際社会をかなり意識していて、権利関係にもとても目を光らせている。

 例えばあるとき、私は深センの中江影視という映画製作会社から、東野圭吾さんの「容疑者Xの献身」という人気小説の映画化権利について、困っていると相談を受けた。中国政府が「間違いなく映画化の許可が取れていることを文書で証明しなさい」と強く言ってきたというのだ。しかし、中江影視は韓国の会社から映画化権を購入していたために、日本からの正式な書類を持っていなかった。

 中国政府はこのように現在、権利の根元まで全て明らかにしないと上映の許可を出さない。これぐらい厳しく管理をしているのだ。

 結局、この中国版映画「容疑者Xの献身」は私も少しアシストをして無事上映に成功し、4億元以上の興行収入となり、当時としては大成功をおさめた。

 最近、中国の有名女優の脱税事件があったが、あれも中国政府が市民の不満が出ないように、莫大な出演料を受け取っていた有名女優たちを調査したから発覚した。とにかく今の中国政府は昔とは違い、かなり厳格に管理をするようになっている。

「中国人にだまされた」ケースを
分析すると見えてくること

 しかしそれでもまだ、日本人が中国人にだまされるということが、時々は起こる。これについては3つ言いたい。

 まずは、日本人も結構、中国人をだましているということ。実際にあった例では、ある有名な原作の映像化権利を中国に与えておきながら、脚本チェックの権利だけ日本が持っていて、長い間、脚本のOKをあえて出さないので、ずっと映像化できないというトラブルがあった。似たような話は、別の著作物でも聞いたことがある。

 しかし、これらの実例をもって「日本人全員が信用ならない」と断罪されれば、どんな気持ちがするだろうか?中国人がことさら信用できないというのではなく、残念ながら人間は時として人をだます生き物だということだ。

 次に、中国共産党の突然の方針変更に翻弄されるケースがあるということ。例えば、今年5月頃、1つの噂が中国で流れた。それは、中国政府が自国の産業をより発達させるために、外国作品のリメイクに規制をかけるというのである。噂は業界内にあっという間に広まった。

 中国企業は大急ぎで契約締結最終段階の取引を凍結、もしくは延期した。場合によっては、理由を明確に告げられずに音信不通を経験する日本企業もあった。私たちにも大手出版社や大手広告代理店から、「中国で何があったのですか?」と多くの質問があった。実際には、TVドラマのみの規制で済んだが、中国政府の規制は日本の様に正式にメディア発表等がされないため、非常にわかりにくい。

大切なのは「実利」か「順番と建前」か
日本人と中国人の常識はこんなに違う

 3つ目に言いたいことは、日中の文化の違いだ。中国は、順番や建前よりも「全体の利益」を優先する国民性である。

 前述した、弊社の支払いを免除してくれたケースも、契約書という「ルール」にのっとることよりも、全体の利益を考えてくれた結果だ。

 紳士的な中国人たちとたくさんの仕事をともにしてきた我々からすると、これはある意味で分かりやすく合理的だと感じる一方、とても誤解されやすいことだなと思う。我々日本人は彼らとは逆で、順番と建前を気にするあまり、正しいと思うことを簡単に実行できない。

 例えば最近、ある有名な日本のアニメ映画を中国で上映する予定だったが、公開1週間前に突然、上映が中止され、日程が変更された。しかも、中国側が独断で決めてしまっていて、我々には事後連絡しかなかった。「順番と建前」を重んじる我々からすれば当然、事前の連絡と承諾が必要である。私も腹が立った。

 しかし、じっくり話を聞いて分析すると、彼らの判断は確かに正しい。今、中国で大ヒットしている中国製CGアニメの影響などを考慮しての決断だったのだ。担当者は言った。「日本側との関係もふまえて、どうしてもこのプロジェクトを成功させたい。即断即決が必要だった」と。

 自分たちの利益のことももちろんあるが、映画が成功すれば日本側にもお金が入ることになる。だからこそ、上映延期が正しいことだと思って実行したのだ。順番や建前よりも実利を優先する、中国人らしい発想である。

 我々からすると、いくら正しい決断であっても、まずは日本側に承諾をとってほしいと思う。しかし、中国人は悪いことをしたという認識はない。「順番と建前」にこだわって決断が遅れれば、利益を損なってしまうからだ。これをもって中国人は悪いと言っていては、本当の中国人を見誤るし、中国人と長期的なビジネスはできない。

「どうせ中国人は信用できない」は
非常に古い考え方である

 話を京アニに戻そう。ある中国人は私にこう言った。「京アニの作品がもう見られなくなるのはとても悲しい、それが一番心配だ」と。実利を大切にする彼らは、敬愛する京アニの作品が見られなくなることを何よりの損害だと感じ、身銭を切ってでも支援したいと思っている。これは、彼らの理屈からすると「当然の思い」であろう。

 ここまで言ってもまだ、「中国人は京アニ事件をビジネスに利用している」と思う人もいるだろう。もちろんそれが1%もないとは言わない。そもそもビジネスは慈善事業ではない。

 しかし、「どうせ中国人は信用できない」と考えるのは少し古いとお伝えしたかったのだ。中国人のことを理解してビジネスを行っていただきたい。

 日中関係は複雑な歴史を持っているがゆえに、関係性は時々悪化する。しかし、政治ではどれだけ冷めていても、文化と経済は、また別物である。政治に付き合う必要はない。お互いのいいところを吸収して楽しむことが大事ではないだろうか。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

最新記事
最新記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ