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経営者が驚くほど無関心な生産性向上の「死角」

2019年08月28日 06時00分更新

文● 熊野英生(ダイヤモンド・オンライン

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写真はイメージです Photo:PIXTA

 人口減少やグローバル競争のもとで生産性の向上が叫ばれているが、その方法は働き方改革やIT導入だけではない。

 日本の場合、生産性を高める活動で、ミクロとマクロの間で大きな乖離が生じている。個人的な生産性を高める活動(ミクロ)が、会社全体あるいは経済全体(マクロ)の生産性上昇へとつながりにくいという問題である。

 この課題は経営者などにはあまり認識されていない。

個人の努力や貢献と
全体の生産性が「乖離」

 おそらく、ビジネスマンで生産性という言葉を日々見聞きしていない人はいないと思われる。だが経営者も含めて、「生産性を高めろ」と常々言っている人たちは、この「乖離」に対して驚くほど無関心だ。

 企業や日本経済全体の生産性問題は、個々の主体の働きや貢献の連鎖がどういうことで途切れているのかを注意深く考え、ミッシングリンク(連鎖の途切れた区間)を特定することが重要だ。

多様化する働き手
正社員対象だけでは限界

 ミッシングリンクの一例を少し違った角度からみると、会社の中のメンバーが多様化していて、その立場によって利害が異なるということが挙げられる。

 メンバーが多様化していると、誰かが「(自分の)生産性を高めたい」と思っても、立場の異なる他のメンバーはそれに同調しにくいということが起こる。

 実際に、日本でも会社のメンバーは、正規社員と非正規、男女、シニア、外国人など、属性・職種の多様化が以前より進んでいる。

 労働市場がどのくらい多様化しているのかを示すデータが、今年の経済財政白書(令和元年版)に載っている(図表)。

 昔は主流だった男性・正社員は、全体の38.3%と少ない。女性を合わせても、15~64歳の正社員は全体の56.8%。派遣やパートといった非正規社員の割合は、29.7%にも達する。

 仮に、非正規社員のほとんどが定型の仕事に従事しているとすれば、彼らが努力して生産性を上げることは難しい。仕事の中身がもともと固定されている状況では、作業効率を上げることを求められても限界がある。

 また、興味深いのは、過去1年間に離職した経験のある「転職者」が全体の5.3%(18.9人に1人の割合)を占めていることだ。

 彼らのように短期間で職を変える人たちのモチベーションを高める方法も、正社員に対するのとは違う面があるかもしれない。

 生産性を上げたいと考える経営者が、正社員を念頭に置いて生産性を高めよと発破をかけても、正社員だけの成果拡大の効果は全体の中で薄まってしまう。全員がワークしなければ非効率になる。

 働き手が多様化する時代になって、生産性上昇の単位を、個人からチーム、そして組織へと拡張していくことは経営者や部署のリーダーにとっては重要な課題になっている。

全員のモチベーション高める
内発的動機づけが重要

 属性・職種が異なるメンバーを、どうやって生産性向上に集中させることができるのだろうか。これは、言い換えれば、正社員も非正規社員も同様にモチベーションを高める方法は何かという問題である。

 その答えは、金銭的報酬よりも内発的動機づけ、つまり心を動かされる動機を与えることである。

 この内発的な要因にはさまざまなものがあり、チームの業績目標を連呼したり、規範やルールを会議で共有したりするやり方もある。しかし、その程度のことでは、マネジメントとして未熟な水準だ。

 利害や立場の異なるメンバーの中には、上司の言われた通りに行動する人もいれば、聞き流すだけの人もいるだろう。

 日々の業務に楽しさや知的好奇心を感じさせること、そして業務を自分で操作・掌握しているという自律性の実感をさせること、また貢献に対してチームリーダーや経営者から直接ほめられるというフィードバックが有効になる。

 要するに、組織のマネジャーはそのことに汗を流すことが役割になる。

 メンバーが多様化するほどに、同じ会社や部署であっても立場が異なる人々との連体感を持ち続けることが、昔ほど容易ではなくなっている。

 連体感とは、社会的共通資本のような存在であり、時間とともに価値が減価していく。それに気付いてメンテナンスをしながら、成果の拡大に支障が起きることを防がないといけない。

 多くの場合、そこにミッシングリンクが発生する原因が隠れている。

「学習」による刺激効果
リカレント教育を増やす

 この内発的動機づけを推進するときに、最もパワフルな活動は「学習」である。

 学習には、さまざまなレベルがあるが、大くくりにすると「自分が時間をかけて学んだことが仕事に役立つ」というプロセスだといえる。それが、メンバーの知的好奇心を刺激して、学習→成果→次の学習→次の成果へと、フィードバックされ好循環を生む。

 教育投資が生産性を上げることはよく知られているが、一方で教育投資には、その投資が必ず収益(成果)につながるわけではないという投資的性格がある。

 教育投資の成功確率を高めるのが、学習を成果に連鎖させる企業内活動だということになる。

 ところで、企業内の教育活動には、職場で実務をさせながら知識や技能を習得させるOJTと、職場の外(あるいは外注)で行うOFF・JTがある。それ以外の自分で行う教育活動は、自己啓発(Self Development)と呼ばれる。

 日本企業の教育活動は、このうちOJTに偏っている。しかも若いころはOJTを受けたが、40歳代以上になると、研修も自己啓発もしていないという人が多くなる。会社の従業員の平均年齢が上がるほど、教育投資の総量が減っていく。

 だがスキルは現場の経験だけで身に付けるものという従来の考え方では、自然の成り行きとして、学習を通じた内発的動機づけが会社の中で後退していくことになる。

 最近になって、社外の教育機関などで学び直し、つまり、就職したあとでもさまざまな教育機関で学ぶリカレント教育を普及させようと多くの人たちが旗を振っているのは、社会全体で手薄になっている学習の機会をもっと能動的に増やさなくてはいけないという問題意識からだろう。

 個々人でも、会社が費用を暗黙のうちに負担してくれるOJTではなく、身銭を切ってでも社外・職場外で勉強して、その知識を仕事に生かしたいと考える人が潜在的に急増しているのだと考えられる。

個人の学びを組織で活用
“死蔵財産”のシニア

 また学習には教師(指導者)に習うだけでなく、同じように学んでいる仲間と競い合って自分のモチベーションを高めるという特性がある。だから、経営者が会社の内側で学びを奨励する効果は大きいと考えられる。

 しかし、多くの会社では、大学院など社外で修得してきた知識に対して、積極的に活用していこうという姿勢が見受けられない。

 例えば、30歳代の若手が大学院のMBAコースを修了しても、その知識を職場で試すことはほぼないとされる。会社は、社員が自分でMBAを修得しようという姿勢は高く評価するが、その知識に敬意を払って活用するわけではないのだ。

 同じようなことは、他社へ出向して帰ってきた人が、自社でその経験や知見を生かそうとするときや、海外子会社に転籍して戻った人が本社で働くときにもあるようだ。

 職場のスキルが偏重されていて、他者(他社・他機関)からスキルを移入することを嫌う風潮が、せっかくの内発的動機づけがネットワークを通じて広がっていくことを妨げる。

 同じ職場の中でも、以前の職場で素晴らしい企業文化や習慣を経験している転職者や派遣労働者がいても、そうしたバックグラウンドを今の職場で利用しようとする試みはまだ少ない。

 メンバーが多様化すれば、思考法や知識が同質的ではなくなり、独創的な発想が生まれやすくなると、頭の中ではわかっていたとしても、他者の知識を「ウチの会社に持ち込んだときに、摩擦が起きる」ことを恐れる心理が、学びの連鎖を阻害することになっている。

 だが確かに変化は摩擦を生むとしても、摩擦は進歩を生むといわれる。文化摩擦を能動的に生み出すことが、その会社の環境適応力を高める。

 こうしたことは、定年を過ぎたシニア労働者についてもいえる。

 個人のさまざまな形での学びが組織の中で生かされることが、全体の生産性向上につながるのだが、最近の日本企業が死蔵している財産は、シニア労働者である。

 人手不足を訴えている会社が、その内部でうまく活用できていない60~64歳のシニア労働者を多く抱えている状況は、内部ミスマッチと呼ばれる。シニア労働者の経験や高い専門的知識が十分に生かされていないのは大問題だ。

 一方でシニア労働者には、新しい知識や技能を得る機会を増やしてほしいという人が少なくない。会社にとっても、シニア労働者がリカレント教育に取り組んで、過去の知見をリニューアルし職場で実践することは有益に思える。

 リカレント教育を受けるのは、大学院などでなくとも、市民講座でも仲間内のグループ学習でもよい。趣味や教養の延長線上ではなく、現在、または将来の仕事に役立つ実用性の高い学習を受けることが働き手にとっても意味があり、それが会社の利益にもなる。

 生産性問題を考えるには、多様な働き手の内発的動機づけとリカレント教育という視点が、もっと議論され重視されるべきだ。

(第一生命経済研究所首席エコノミスト 熊野英生)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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