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ポジティブ思考は実は危険!ありのままの自分を受け入れる重要性

2019年08月28日 06時00分更新

文● 長沼睦雄(ダイヤモンド・オンライン

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写真はイメージです Photo:PIXTA

LINEで送ったメッセージが既読にならない、仕事の資料で間違いを指摘されただけで自分を全否定された気がする…最近、日常生活の中でこういった「気にしすぎ」に悩まされている人が多くいます。これは性格の問題だと思われがちですが、実は脳の働きや、過去の経験、生活様式など、さまざまなことが原因で「気にしすぎてクヨクヨ悩む」という心の動きはつくられているのです。そこで前回に続き、長沼睦雄氏の『気にしすぎる自分がラクになる本』(青春出版社)から、「気にしすぎる自分」とのつき合い方や生かし方について紹介していきます。

ポジティブ思考も心を縛る鎖となってしまう!

 前回、「気にしすぎはマイナス思考が原因」という話をしたので、これからはポジティブ思考になるように努力して、気にしすぎやクヨクヨの原因、マイナス思考のクセから抜け出そうと思われた方もいらっしゃるかもしれません。

 もちろん、ポジティブに物事をとらえること自体はよいことです。それが自然に実行できる人であれば、その考え方をできるだけ大事にしてほしいと思います。ただ、無理やりポジティブな思考を持とうとすることや、マイナスの感情を無理に打ち消そうとすることは、実は心にとってよくない状態をまねく恐れもあるので注意が必要です。

 とにかくいつでもポジティブ思考でいなければ、と考え、「どんなことでも、何があっても、明るく受けとめるべき」という考えを持つことは、ポジティブ思考という鎖で自分の心を縛ることにつながります。

 クヨクヨしたり、小さなことを気にしすぎてしまったりするのは、あなただけのせいではありません。予期できないような仕事のミスや、上司からの理不尽な怒りなど、あなた自身には非がないような出来事が、あなたの心を苦しめることもあるでしょう。

 そのような状況の中で目標や目的を持たず、さらにはその実現のための手段や行動もなしで、「どんなことがあっても、ポジティブな面だけみなければいけないんだ」と思うことは、逆に自分の心を縛り、やる気を失わせ、行動できなくさせてしまいます。

 もともと物事を明るく考え実行できる人であればいいのですが、そうではない人が「明るく生きるべき」「プラスに受けとめるべき」と自分にプレッシャーをかけ、客観的に考えても到底できそうにないことまでもプラスでとらえようと無理をしても、もちろんうまくいくはずがありません。すると、「ポジティブに考えているのに、うまくいかない」と、新たなマイナスやクヨクヨのもとを生み出すことにもつながってしまうのです。

 こう考えると、マイナス思考をやめるためにプラス思考になろうと単純に考えるだけでは、心にとっては余計な負担になることがわかっていただけると思います。

マイナス思考を受け入れることからすべてが始まる

 単純にマイナス思考をやめようと意識するだけでは、心にとって負担になる。それでは、どうすればいいのか――。私は、「自分自身を受け入れること」が大切だと思っています。

 悪いところも、いいところも、判断や抵抗せず今の自分をありのままに受け入れる。そうすることで、自分をダメ人間と断定的にとらえる、ゆがんだ思考のクセから抜け出すことができます。

 具体的には、自分を客観視できるようになると、今までは知らなかった自分の新たな姿に気づくことができます。そのためには、たとえば自分の思いあたる特徴やその日の行動を、評価や判断をせずにざっと書き出してみるのもいいかもしれません。やったことをいちいち思い出すことができなければ、信頼できる身近な人に自分の言動について聞いてみてもいいでしょう。

 ただ、そのときにどう思ったかなどの相手の気持ちは話してもらわないこと。あくまで、何をしていたか、人とどんなふうに接していたか、どんなことをいうことが多いかなど、人的評価でなく事実のみを冷静に教えてもらいましょう。

 すると、「みんながやらないゴミ捨てをやっていたこまかいことによく気がつく」「いつも、礼儀正しく挨拶している」など、自分では気づかない自分の姿を教えてもらえるかもしれません。こういう姿を教えてもらえたら、しめたものです。

「私はドジで、間抜けで、いいところがないと思っていたけれど、気配りは得意なんだ」
「しっかり挨拶できているんだ」

 など、これまで短所ばかりだと思っていた自分の中にも自分なりのとりえがあるということがわかり、自分のいいところがちゃんと視界に入ってくるようになります。コップにこれだけしか残っていない、と不満だったのが、視点を変えるだけで、これだけ入っている、とポジティブにとらえられるのと同じですね。

 このようにして自分が知らない自分の姿に気がつくことができたら、それをきちんと認めること。「そうなんだ、できているんだ」と、心の中でしっかり新しい自分を受けとめてください。

 もちろん、客観視することで知りたくなかったマイナスの部分を知ることもあると思います。いやな気持ちもするでしょうが、それもしっかり受けとめ、それでもいいと許すこと。きっとそのときには、いやなところもあるけれど、いいところもあるという自分の姿に気がついていますから、そんな自分もきちんと受けとめられると思います。

 このように自分の姿を客観視する習慣が身につくと、クヨクヨや気にしすぎの原因、マイナスに考えるクセから、自分を解放することができます。

「気にしすぎ」は反転すると「思いやり」になる

「気にしすぎ」は、マイナスなイメージに捉えられがちですが、視点を変えればこまやかなことにも気がつき、他人に心を寄せることができる人でもあるのです。では実際に「気にしすぎ」をどう生かすことができるか。それは、気にしすぎを思いやりに変えることです。

 気にしすぎる人の思考のゆがみの中に、「彼女は私のことを嫌っている」とか、「私のことを退屈だと思っている」などと相手の心を否定的に読もうとするクセがあります。あたかも自分には相手の考えがわかっているかのように勝手に決めつけたり、思いこむ思考のパターンです。しかし、この他人の考えを「読む」というゆがんだ思考パターンの、ゆがんだ部分だけ修正して再活用すると、相手の気持ちを察することができるということになります。

 相手がどのように感じているのか、あるいは思っているのかを察することは、おしゃべりを楽しくするポイントといえるでしょう。話をしていると、周囲の反応もおかまいなしで、ペラペラしゃべりつづける人もいます。うんざりしてくるけれど、みんな大人だから、たいていの人はがまんして笑顔を浮かべています。

 でも、気にしすぎて他人の心を読むクセのある人なら、このような自己中心的なおしゃべりを延々とくりひろげることはまずないでしょう。話しながら、まわりの反応をつねに気にかけ、「あ、あの人、つまらなそうだな」「みんなのこの笑いはお義理じゃないな」などと心を読み、それによって、ときには話の方向を変えたり、上手に話を切り上げたりできるはずです。

 また、気にしすぎてしまう人なら、自分が他人からどう思われているかが気になるでしょう。このクセもいい方向に活用できます。世の中には相手の気持ちもおかまいなしに、親切の押し売りをして、自己満足に浸るような人もいますが、気にしすぎな人は、何事も相手の気持ちを考えながら決めていきますので、大きなお世話、でしゃばり、さしでがましいといった行動には出ないものです。

 相手の気持ちをおしはかるという意味での「気にしすぎ」、あるいは、相手のことを思いやるという意味での「気にしすぎ」なら、まわりの人の気持ちをときほぐし、なごますことができるでしょう。

 このように、日々の中で少しずつ、自分を客観視する時間を持ったり、視点を変えてみることで、気にしすぎやクヨクヨを“自分らしさ”の一部として活用することができるようになるはずです。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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