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パワハラ疑惑をかけられたベルマーレ曹監督「指導法」の中身

2019年08月17日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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湘南ベルマーレ曹監督
パワハラ疑惑の渦中にある湘南ベルマーレ曹監督 Photo:JIJI

湘南ベルマーレが大きく揺れている。情熱あふれる指導でJリーグでも異彩を放つハードワーク軍団を育て上げてきた曹貴裁(チョウ・キジェ)監督に、一部の選手やスタッフに対するパワーハラスメント行為疑惑が浮上。Jリーグによる調査が終了するまで曹監督は活動自粛となり、一連の騒動が引き金になる形で、15日にはチーム得点王が電撃的にベルマーレを退団した。クラブ史上で最長となる8年目の指揮を執る曹監督の下で、いったい何が起こっていたのか。(ノンフィクションライター 藤江直人)

曹監督の厳しい指導を求めて
入団・移籍してくる選手も多かったが…

 湘南ベルマーレが激震に見舞われている。前身の藤和不動産やフジタ工業、ベルマーレ平塚時代を含めて、半世紀を超えたクラブ史上で最長となる8年目の指揮を執っている曹貴裁(チョウ・キジェ)監督に、パワーハラスメント行為疑惑が報じられたのは12日だった。

 一部スポーツ紙による報道を受けて、ベルマーレはJリーグによるクラブ幹部、スタッフ、選手に対するヒアリング調査に全面的に協力することを確認。調査が終了するまでの間、曹監督が練習での指導と試合での指揮を自粛することも急きょ決めた。

 オフをはさんで練習が再開された13日から、曹監督の姿は見られない。謹慎や休養ではなく、クラブ側は「疑義を正しく審査いただくための措置」と指揮官の活動自粛理由を説明するが、存在感があまりにも大きかった分だけ、チーム内にはどうしても動揺が広がる。

 15日にはリーグ戦でチーム最多の5ゴールをあげているMF武富孝介が、期限付き移籍契約を解除して浦和レッズへ復帰することが電撃的に決まった。28歳の武富は2013シーズンから2年間ベルマーレでプレーし、今シーズンから5年ぶりに復帰していた。

 再びベルマーレの一員になった理由は、以前にも指導を受けた曹監督の存在を抜きには語れない。夏の移籍期限が16日に迫っていた中での決断に、ベルマーレの公式ホームページ上で発表したコメントを介して、一連の騒動が引き金になったと武富は明かしている。

「曹監督の下でプレーしたいと思い、今季もう一度ベルマーレに来た自分としては、一時的な措置とはいえ、この先がどうなるか分からない状況のまま、100%サッカーに集中できるのか、チームのために力を出し切れるのか、不安を覚えているというのが正直な気持ちです」

 武富の決断やコメントから伝わってくるのは、自他共に認める熱血漢で、Jクラブの中で最も厳しい練習を課すことでも知られる曹監督を慕う思いであり、同時に騒動の行き先が不透明になっている現状となる。武富は同時にこんな言葉も綴っている。

「今いろいろなことが言われていますが、僕自身は曹監督の指導には愛情があったと思っています」

 いろいろなこととは一部スポーツ紙による、練習中における曹監督の言動を介して、複数の選手が心を病ませたという報道を指す。武富をして「指導には愛情があった」と言わしめている通り、ほとんどの選手は厳しさをポジティブに受け止めていたのだろう。

 今シーズンのベルマーレには24歳のMF中川寛斗が柏レイソルから期限付き移籍で5年ぶりに、28歳のMF古林将太がベガルタ仙台から完全移籍で4年ぶりに復帰。7月には29歳のMF山田直樹が、レッズからの期限付き移籍で約1年半ぶりに復帰して「10番」を託されている。

 キャプテンを担う30歳のDF大野和成は、曹監督が就任した2012シーズンから2年間ベルマーレでプレーした後にアルビレックス新潟へ復帰し、完全移籍の形で昨シーズンから5年ぶりに加わった。32歳の守護神・秋元陽太も、2016シーズンの1年間だけFC東京へ移籍している。

 27歳のDF岡本拓也は通常で1年、長い場合でも2年とされる期限付き移籍を3年目の昨シーズンも続け、最終的にはレッズからの完全移籍に切り替えた。今夏にセレッソ大阪から好条件でのオファーを受けていた26歳のエースストライカー、山崎凌吾も残留を決めている。

 過去にはMF永木亮太(現・鹿島アントラーズ)がセレッソ、アントラーズからのオファーを2年続けて断って残留。日本代表に名前を連ねるMF遠藤航(現・シュツットガルト)も、レッズから熱烈なオファーを受けながら曹監督の下でのプレーを選択したことがある。

 曹監督と選手たちとの強い絆の例をあげれば、それこそ枚挙にいとまがない。厳しさの下で成長あるいは復活できるという評判を聞きつけ、望んで期限付き移籍してくる中堅選手も多い。毎年のように加入する高卒や大卒のルーキーも、ベルマーレの練習に数日間参加した中で決断を下している。

 それだけ強い信頼関係が育まれてきた証といえるが、毎年のように選手が入れ替わることを余儀なくされるサッカー界の潮流は、ベルマーレも例外ではなかった。経験したことのない曹監督の厳しさに直面して、愛情ととらえられなかった選手やスタッフがいた可能性もまた排除できない。

「怒る」と「叱る」の違いを
著書で語っていた曹監督

 京都府で在日韓国人三世として生まれ育った50歳の曹監督は、京都府立洛北高校から早稲田大学へ進学。卒業後は日立製作所(現レイソル)やレッズ、ヴィッセル神戸でプレーし、川崎フロンターレのアシスタントコーチに就任した2000年から指導者の道を歩み始めた。

 フロンターレのジュニアユース監督、セレッソのコーチをへて2005年にベルマーレ入り。U-15及びU-18の監督、トップチームコーチをへて2012年から監督を務め、長くJ2に甘んじてきたベルマーレを3度のJ1昇格、そして2度のJ1残留に導いてきた。

 今シーズンも第22節を終えた段階で11位につけるなど、クラブ史上初の3年連続のJ1残留へ向けて視界は良好となっている。そして、20年目を迎えた指導者人生で、曹監督が座右のとして大切にしてきた造語がある。それはことわざをアレンジした「一期一真剣」となる。

 もしかすると二度と会えないかもしれない、という思いの中で人との出会いを大切にする一期一会の一部を変えた意図を、昨年2月に発表した著書『育成主義 選手を育てて結果を出すプロサッカー監督の行動哲学』(株式会社カンゼン刊)の中で曹監督はこう記している。

<いろいろなものに導かれて僕と選手たちは同じクラブの一員となる。1年後には一部の選手と別れ、新たな出会いが訪れるサイクルの中で、難しい仕事かもしれないけれども、1年間という時間を所属した全員にとって充実したものにしていってあげたい。

 公式戦のベンチに入れる人数が18人と決まっている以上は、当然ながらピッチに立てない選手も出てくる。それでも全員が日々の練習で身心ともに充実しながらサッカーに向き合えれば、試合に出る、出ないという状況に対する選手たちの受け止め方も違ったものになってくるのではないか>

 そして、出会ったすべての選手を分け隔てなく愛することから「一期一真剣」を実践していく。資金的にも戦力的にも決して恵まれているとはいえないベルマーレを、Jリーグでも異彩を放つハードワーク軍団へ変貌させてきた日々で、曹監督は「怒る」と「叱る」の間に明確な一線を引いてきた。

<怒るとは、要は自分が抱いたネガティブな感情を周囲に発信する行為となる。だからこそ、怒っている時に発する言葉は相手にもネガティブな思いしか与えないし、そこからは何も生まれない。人間である以上は僕も怒りたくなる時もあるが、指導者として可能な限りそういう感情を封印してきた。

 対照的に叱るとは、厳しい言葉を発している自分を、もう一人の自分が見ていると説明すれば分かりやすいだろうか。叱るとは決して自分のためではなく、相手のことを思っての行為となる。叱った時に発する言葉は、相手が『自分のために言ってくれている』と受け止めてくれていると僕は思っている。

もう一人の自分が『これ以上はもう言うな』とか、あるいは『もっと言っていい』と状況を冷静に見極めているからこそ、叱ったことを引きずらない。ものの10分もたてば叱った相手に話しかけることもあるし、叱ったから明日から無視するとか、次の試合で使わないことも絶対にない>

 前述の著書ではこう記してもいる曹監督は、あくまでも強制することなく、同じ高さの目線に立ちながら選手たちの自主性や自立性をも引き出し、緻密な戦略と融合させる指導に徹してきた。パワーハラスメント行為が蔓延していれば、望んで復帰する選手が多いチーム編成も、一丸となって戦う姿勢も生まれていないだろう。

曹監督に進言する人間は
周囲にいなかったのか

 しかし、ハラスメントは受ける側の意識に大きく依存する。一線を越えて心の中に踏み込まれた、と受け止められたとしたら。曹監督から「叱られている」のではなく、「怒られている」と受け止められたとしたら――どれだけ第三者的な姿勢を貫こうにも指揮官の立場では難しくなってくるだけに、選手やスタッフをフォローする人間や、あるいは曹監督を諫める人間が周囲にいなかったのだろうか。

 今回の一件は7月に、日本サッカー協会が設置する「暴力等根絶相談窓口」に、曹監督によるパワーハラスメント被害を訴えたとされる情報が匿名で届けられたことに端を発する。Jリーグが調査の準備を進めている中で、情報をつかんだスポーツ2紙が報道を先行させている状況だ。

 真実はJリーグによるヒアリング調査の結果が出るまで分からないだろう。それでも次の試合はすぐに訪れる。高橋健二コーチが監督を代行する形でホームにサガン鳥栖を迎える、17日の明治安田生命J1リーグ第23節は、曹監督の下で鍛えられてきた心の強さも問われる90分間になる。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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