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なぜアントラーズは経営好調なのにメルカリに買われたか

2019年08月07日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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メルカリが鹿島アントラーズを傘下に
メルカリが鹿島アントラーズの経営権取得を発表し、記者会見で手を組む(右から)メルカリの小泉文明社長、鹿島の庄野洋社長、日本製鉄の津加宏執行役員 Photo:JIJI

ファンやサポーターを含めて、日本サッカー界に大きな衝撃を与えた鹿島アントラーズの経営権譲渡。日本を代表する重厚長大型企業の日本製鉄株式会社から、創業わずか6年半で急成長を遂げたIT企業の株式会社メルカリへ筆頭株主が変更される舞台裏を探ると、Jリーグを代表する名門がさらなるビッグクラブへ成長するために下したポジティブな決断と、日本サッカー界に訪れた新たな潮流が浮かび上がってくる。(ノンフィクションライター 藤江直人)

昨年の営業収益はクラブ史上最高額
経営権譲渡でも「悲哀」はない

 経営権の譲渡。完全子会社化。あるいは、筆頭株主の変更。一連の言葉から伝わってくるのは、芳しくない状態が続く企業業績を好転させるために下された決断――となるだろう。

 サッカー界においては、昨年4月にRIZAPグループ株式会社の傘下に入った湘南ベルマーレのケースが象徴的だった。かねてから「選手がもっと夢を持てるクラブにならないと」と繰り返してきたベルマーレの眞壁潔代表取締役会長は、記者会見の席で感極まって声を震わせている。

 昨秋に株式会社サイバーエージェントの完全子会社となったFC町田ゼルビアも然り。長くJ1昇格への障壁となってきた天然芝のピッチを1面以上有する専用練習場、設備基準を満たしたクラブハウスを確保するハード面の課題を、今シーズンの開幕前にはほぼクリアしている。

 翻って、フリーマーケットアプリ大手の株式会社メルカリ(本社・東京都港区)への経営権譲渡が発表されたJリーグを代表する名門、鹿島アントラーズのケースからは「悲哀」や「断腸の思い」といった類の、いわゆるネガティブなイメージはいっさい伝わってこない。

 実際、アントラーズを経営する株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー(本社・茨城県鹿嶋市)の庄野洋代表取締役社長は、経営状態は極めて良好な状態にあると明かしている。

「去年もしっかり稼ぎましたし、他のJクラブに比べたらすごくいいですよ」

 Jリーグが開示している全クラブの昨年度決算を見ると、アントラーズは営業収益でクラブ史上最高額となり、J1全体でも3番目に多い73億3000万円を計上している。4億2600万円の当期純利益、21億6600万円の純資産もともにJ1で2番目に多い数字だった。

 2016年度と2017年度の決算でも、アントラーズは営業収益、当期純利益、純資産の3部門でJ1のベスト3入りを果たしている。例外は2017年度の当期純利益で、ワースト2位となる約1億3800万円の赤字を計上した理由を庄野社長はこう説明する。

「優勝すれば(賞金や分配金が)たくさん入ってくることを考えれば、当然ながら変動します」

 J1連覇を目標に掲げて、2017シーズンは積極的な補強を敢行した。MFレオ・シルバ(アルビレックス新潟)、FWペドロ・ジュニオール(ヴィッセル神戸)、GKクォン・スンテ(全北現代)を完全移籍で、MFレアンドロ(パルメイラス)を期限付き移籍でそれぞれ獲得している。

 アントラーズの強化の最高責任者を1996年から務め、国内外で通算20個ものタイトルを獲得する常勝軍団へ育て上げた鈴木満常務取締役強化部長が、大型補強の理由をこう語ったことがある。

「次のシーズンで優勝すれば理念強化配分金が入ってくるし、そうなればまた投資が可能になるいいサイクルが生まれていく。勝ち組と負け組がはっきりと分かれてくる意味で、次のシーズンの結果が非常に大事になる」

 鈴木常務取締役が言及した理念強化配分金は、J1の上位4チームを対象として2017年に新設された。優勝チームには、翌年からの3年間でトータル15億5000万円が支給される。同時に優勝賞金も1億8000万円から3億5000万円へほぼ倍増している。

 2017シーズンは勝てば連覇が決まった最終節でまさかの引き分けに終わり、川崎フロンターレの逆転優勝をお膳立てしてしまった。先行投資となった大型補強に伴って増えた支出が収入を大幅に上回ったため、当期純利益だけは赤字を計上してしまった。

 しかし、積極補強に動いたのはアントラーズだけではない。理由はライブストリーミングサービスのDAZN(ダ・ゾーン)を提供する、イギリスの動画配信大手パフォーム・グループとJリーグが締結した、10年総額2100億円の巨額な放映権料契約がこの年からスタートしたことに行き着く。

営業収益100億円に必要な
経営のスピード感、B to C企業の知見

 1993年に産声をあげたJリーグは、どちらかといえば各クラブが共存共栄を目指してきた。しかし、DAZNとの契約を境に、アントラーズの鈴木常務取締役をして「勝ち組と負け組が分かれる」と言わしめる、巨額な放映権料を原資とする賞金を争う、熾烈な競争の時代へと大きく形を変えた。

 そして、親会社の支援を必要としないほど、強固な経営力を備えたアントラーズは現状に満足することなく、営業収益をJリーグの歴史上で初めてとなる100億円の大台に乗せていく青写真を描いた。

 構想を具現化していくためには、補強面を含めてさらに積極的な先行投資が必要となる。しかし、鉄鋼業界最大手の日本製鉄株式会社(本社・東京都千代田区)及びその子会社を筆頭株主としていたアントラーズは、経営のスピード感という面で大きな問題に直面する。庄野社長が言う。

「鉄鋼業界は安定しているといわれても、例えば投資となると鉄鋼業界のルールの中で、となる。金額が1億円を超えれば本社決済が必要となるとか、そんな(悠長な)ことを言っていたら、その間に(他のチームは)みんな三歩先に行ってしまう」

 アントラーズの歴史は終戦直後に幕を開ける。1947年に創部された住友金属蹴球同好会は1956年に住友金属工業蹴球団へ改称され、1973年にJリーグの前身である日本サッカーリーグの2部へ昇格。2年後の1975年には本拠地を大阪市から、鹿島製鉄所のある茨城県鹿島町へ移転させた。

 時代が平成に入り、日本サッカー界に訪れたプロ化の波の中で、住友金属工業蹴球団は元ブラジル代表の神様ジーコを現役復帰させて世界を驚かせる。さらにチーム強化と同時に、日本サッカー界で初めてとなる屋根付きの専用スタジアム、県立カシマサッカースタジアムを実現させる。

 地域と一体化して99.9999%不可能とされた苦境からJリーグのオリジナル10に滑り込み、名称も鹿島アントラーズに変えた。2000シーズンの史上初の国内三大タイトル制覇や、2007シーズンから達成した前人未踏のリーグ戦3連覇を含めて、栄光の歴史は改めて説明する必要もないだろう。

 一方で筆頭株主となる親会社は2012年10月、住友金属工業が新日本製鐵(現日本製鉄)と合併したことで大きなターニングポイントを迎える。鹿島アントラーズ・エフ・シーも400を数える新日本製鐵の子会社のひとつとなり、なかなか意見が反映されない状況が訪れた。

 かつては社会人野球やラグビーの新日鉄釜石を所有するなど、新日本製鐵はアマチュアである企業スポーツを積極的に後押ししてきた。しかし、住友金属工業と合併した時期は長引く業界不況のあおりを受ける形で、経営の合理化が進められた真っ只中にあった。

「スポーツエンターテインメント事業を担う会社に経営者を送り続けることを含めて、素材産業である鉄鋼業とのシナジー効果がなくなってきた。(時代の流れの中で)難しくなったと思っています」

 住友金属工業出身の庄野社長の言葉を踏まえれば、日本製鉄、鹿島アントラーズ・エフ・シーの双方が、時代の流れにより適した筆頭株主を探していたことがうかがえる。あくまでも一般論と断りを入れた上で、村井満チェアマンもJリーグに訪れている新たな潮流をこう説明する。

「日本製鉄はB to B(企業間取引)の会社ですが、消費者との接点を直接持つB to C(企業対消費者取引)の会社が持つ知見も今後、クラブの成長にとって非常に貴重なものになると思っています」

 Jクラブ経営に参入しているRIZAPグループやサイバーエージェント、そしてヴィッセル神戸の親会社・楽天株式会社はB to C企業の代表格だ。そして、フリマアプリやモバイルペイメントを事業の柱として、創業からわずか6年半で急成長を遂げたメルカリも典型的なB to C企業となる。

 メルカリは2017年からアントラーズのスポンサーに名前を連ね、昨年からはユニフォームの鎖骨部分にロゴを掲出している。Jリーグの黎明期からアントラーズが貫いてきた理念を理解した上で、ホームタウンとホームスタジアムの現状維持に賛同したことで、鹿島アントラーズ・エフ・シーの発行済み株式の61.6%を約16億円で日本製鉄から取得することが承認された。

 他のB to C企業とメルカリとの違いは、株式が完全に譲渡された後に、小泉文明取締役社長兼COOが鹿島アントラーズ・エフ・シーの代表取締役社長に就任することとなるだろう。ベルマーレとゼルビア、そしてヴィッセルの経営トップが親会社のそれとは異なっている点に、新体制に取締役として名前を連ねる予定の庄野社長はこう言及する。

「地域創成に対してもかなりコミットしていただいている。腰をすえて取り組むからこそ、(小泉)社長が自ら乗り込んでくる。そこに(メルカリの)決意を見ています」

 Jリーグ屈指の名門ゆえに、アントラーズの経営権譲渡は各方面に大きな衝撃を与えた。しかし、その実情は貫かれてきた歴史と伝統を継承しながらアジア、そして世界と肩を並べるビッグクラブへ成長していくための極めてポジティブな選択であり、重厚長大型企業から新興のベンチャー企業が親会社の担い手となりつつある、21世紀を迎えたJリーグを取り巻く環境が映し出された鏡でもあった。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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