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再び緩和を打ち出したECBの量的緩和にはまだまだ工夫の余地がある

2019年07月31日 06時00分更新

文● 井上哲也(ダイヤモンド・オンライン

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マリオ・ドラギ総裁
Photo:Anadolu Agency/gettyimages

緩和にかじをきったECB
利下げは先送り

 欧州中央銀行(ECB)は7月の政策理事会で、政策金利の運営方針を変更し、近い将来の利下げを示唆した。

 ただし、対外依存度の相対的に大きなドイツやイタリアを中心に景気の減速が既に明確であるにもかかわらず、今回は実際の利下げを見送ったことで、金融市場ではネガティブな反応も見られた。

 利下げを先送りした理由としては、副作用の軽減策に合意が得られなかった点が大きいとみられるが、政策金利のマイナス方向への引き下げ余地が大きくないことも理由にある。

 今後の景気や物価の動向次第では、昨年末に資産買い入れを停止してから1年もたたないうちに量的緩和が再開される可能性が浮上する。

マイナス金利深掘りに課題
副作用の軽減策が必要に

 すでにマイナス金利政策を実施しているECBにとって、今後の利下げはマイナス金利の深掘りと長期化を意味する。

 それだけに、金融機関の収益悪化で金融仲介機能が弱まる副作用に対する懸念が強まることを考えると、利下げをする場合は、副作用の軽減策と同時に行うことが望ましい。

 その内容について、ドラギ総裁は(日本銀行と同じく)当座預金の一部だけがマイナス金利の適用を受けるスキームを示唆し、今回の声明文もそれを例示しているが、この間の政策理事会の議事要旨を見る限り、異論も残るようだ。

 利下げの場合には補完的な対応が必要となることもあって、政策金利のマイナス方向への引き下げ余地が大きくないとも考えられる。

「QE2」で求められる
持続性と柔軟性

 こうした中で可能性が高まるのが、量的緩和の第2弾だ。今回の政策理事会の声明文でも、資産買い入れを再開する場合の規模や内容について執行部に検討を指示したことが明記された。

「QE2」の中身はどのようなものになる可能性があるのだろうか。

 ドラギ総裁は、25日の理事会後の記者会見で、景気が減速する下でインフレ率が2%の目標を下回り続けることが、インフレ期待の低下につながるリスクに強い懸念を示した。

 インフレ期待がいったん下方にシフトすると、それを回復させるのは極めて難しいことを日本の経験から学んだのかもしれない。

 こうした問題意識の下で再開される資産買い入れでは、規模の大きさによるアナウンスメント効果が重視される可能性が高い。

 しかも、ECBは貸出条件付長期資金供給オペ(TLTRO)や社債の買い入れのように、銀行貸し出しや社債発行を活性化するための手段を別途活用し得るだけに、資産買い入れにはリスクフリーの長期金利を抑制する役割が期待されることになるだろう。

 つまり、再開される資産買い入れの本質は、国債買い入れによる第2弾の量的緩和となる。

 米連邦準備制度理事会(FRB)の量的緩和が時期によって異なる特徴を持っていたのと同じく、ECBのQE2もQE1とは異なる条件が求められる。その最大のポイントは持続力である。

 雇用や賃金が上昇しているにもかかわらず、基調的なインフレ率が1%程度で推移しインフレ期待への悪影響が懸念される下で、ECBは粘り強く金融緩和を続け、需給ギャップをプラスに維持するよう努める必要がある。

 実際、今回の声明文で、金融緩和を長期にわたって維持する可能性が高まったことを認めている。

 また、持続性と表裏一体という意味で、柔軟性も重要な条件だ。

 ユーロ圏の場合は、域内の主要国だけを見ても、景気や物価が同時ないし一律に変動しないことがむしろ普通だ。従って、QE2は必要な国に対して相対的に強い効果を発揮し得るものになることが望ましい。

 また、域内各国の財政事情を反映して国債市場の状況が相互に異なることを考えれば、QE2は市場機能に関するストレスができるだけ平準化されるスキームにすることが望まれる。

国債買い入れと金利操作併用も
基準日からの「変化幅」指標に

 こうした条件を考えると、ECBのQE2では国債買い入れの規模に加えて、長期金利の水準も指標として採用することが考えられる。

 そのモデルはいうまでもなく日銀によるイールドカーブ・コントール(YCC)であり、持続力と柔軟性の双方の条件を一定程度、満たすことは実証済みといえる。

 もちろん、ECBがYCCの枠組みをそのまま取り入れることはできない。域内各国の国債利回りのうちどれを目標にすればよいか、解が見えないからだ。

 例えば、最も低利回りの国債に目標を設定すれば、その他の国々の国債利回りとのスプレッドには直接的な効果が及ばず、局面によっては、安全な国債への「質への逃避」に拍車をかけてスプレッドの拡大を招く可能性がある。

 逆に、高利回りの国債に目標を設定すれば、財政に対するモラルハザードが起きるリスクを含めて、QE2の政策目的にひずみが生まれる。

 この問題を回避して長期金利に目標を設定するとしたら、金利の絶対値に目標を置くのではなく、基準日時点の金利からの「変化幅」を目標に設定することが考えられる。

 例えば、本年末の各国の国債利回りを、今回の政策理事会の前日(7/24)の国債利回りから一定の幅(例えば20bp)下げることを目標にするやり方だ。

 その際は、各国共通に特定の年限の国債(例えば10年国債)の利回りの変化幅を目標にするといった枠組みにすることが考えられる。

 このやり方だと、域内各国の経済や物価の状況に応じて金融緩和の強度(利回りの引き下げ幅)を柔軟に設定できるメリットがある。ただ過度に活用すると、EU域内でのECBによる一元的な金融政策という原則に反する恐れもある。

各国の状況に応じて
違う国債買い入れ規模

 しかし、各国一律の「変化幅」を目標にするとしても、このやり方は柔軟性があり魅力的だ。結果的に、国債買い入れの規模が各国で異なる可能性がある。

 量的緩和の発動が必要な経済環境の下では、低利回りの国債に対して金利低下圧力が相対的に強く働いている可能性が高いので、ECBが国債を多く買わなくても利回り低下の目標は達成しやすいだろう。

 ユーロ圏では低利回り国で国債の需給が逼迫(ひっぱく)しやすい点を考えれば、この方法には、市場機能への副作用を自然に軽減する効果が期待できるわけだ。

損失の負担で課題
出資比率とずれる可能性

 ただし、域内各国の実際の国債買い入れ額が国債市場の変動に応じて決まるこの方法の政策面でのメリットは、ECBの経理面では新たな課題をもたらす。

 なぜなら、ECBの収益や損失は、ECBへの出資比率(capital key)によって各国に配分されることになっているからだ。

 ECBのQE1における国債買い入れの国別の割り振りが、出資比率をベースとして決められていたことはその意味で合理的だった。

 これに対して、国債買い入れ額が各国の状況に応じて違うこの方法でQE2を運営した場合、ECBが買い入れる国債の国別のシェアは出資比率とは無関係になり、上記のように高利回り国債のウエートが結果的に高まる可能性がある。

 そうなると、出資比率の高い主要国(例えばドイツ)にとっては、問題国の国債買い入れから生じた損失を相対的に大きく負担させられるというユーロ圏におなじみの問題に直面することになりかねない。

 この問題への最も単純な対応は、QE2の下での国債利回りの「変化幅」の目標はECBの理事会で一元的に決定した上で、実際の国債買い入れは域内の個々の中央銀行に委ねることだ。

 一見すると違和感があるかもしれないが、QE1でも、大半の資産買い入れはこうした方法で行われた。

 問題国の中央銀行にとって負担が大き過ぎるのであれば、QE2をECBの本体とは別な勘定にして運営し、損失や収益は時間をかけて処理するといった対応も考えられる。

 実際、ドラギ総裁は今回の記者会見で、次の資産買い入れのルールに関しては、出資比率による国別の振り分けの見直しを含めて柔軟に検討することを示唆した。

 筆者も、この点がネックになってQE2の持続力や柔軟性が阻害されることは大変、惜しいと思う。上記のような内容も含めて打開策は必ず存在すると考える。

(野村総研金融イノベーション研究部主席研究員 井上哲也)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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