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韓国への輸出規制強化で日系メーカーに迫る「最悪シナリオ」

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「輸出管理に関する事務的説明会」の様子
Photo:JIJI

日系メーカー首脳に届いた
サムスン総帥からのメール

 日本政府が韓国に対する輸出規制強化を決めた7月1日から間もなくして、ある日系メーカー首脳のもとに一通のメールが届いた。

 送り主は、サムスングループの事実上の総帥、李在鎔(イ・ジェヨン)・サムスン電子副会長である。

「サムスンと日本のメーカーは限りない努力によって、これまでも多くの苦難を乗り越えてきた。今回も、大変な苦難が想定されるけれども、私どもは皆さんのことを必要としている。是非ついてきてほしい──」

 半導体やディスプレイの製造に必要な3品目が規制対象となったことに危機感を募らせたサムスンは、トップ自らが日本の重要取引先約50社の経営者に直接メッセージを発信することで、事態の沈静化に躍起になっている。

 目下のところ、日韓関係は最悪の状況に陥っている。そして、それを上回るかのようなレベルで、韓国内では文在寅(ムン・ジェイン)政権と経済界との対立が深まっている。

 韓国経済界の中でも、文政権批判の急先鋒の立場にあるのが、サムスンに代表される財閥グループであろう。

 市民活動家出身の文大統領は、その支持基盤に響くようにと、法人税率の引き上げ、賃金の上昇など大企業を冷遇する施策を打ってきた。

 もっとも、文政権が目玉政策として掲げてきた「財閥改革」を強硬に進めることは、文政権にとって諸刃の剣だ。財閥のパワーを弱めることで政権の支持率を上げられるかもしれない。だがその一方で、韓国経済は財閥グループに過度に依存しているため、財閥グループの弱体化が韓国経済の弱体化へと直結してしまうからだ。

「最強のカード」を切った日本政府

 ここにきて、それが現実のものとなりつつある。

 中国経済の失速や米中貿易摩擦の影響を受けて、サムスン電子の2019年4~6月期営業利益は前年同期比56%減となった。大手企業の経済活動の足を引っ張る文政権に対する、韓国経済界の不信感は最高潮に達している。

 7月7日、サムスン電子のイ・ジェヨン副会長が緊急来日し、取引先や金融機関などを訪問した。10日に文大統領主催の財閥トップ懇談会を欠席してまでの弾丸出張に、「文政権よりも日本のサプライヤーを重視した証左だ」「サムスンの本音は、日本政府以上に韓国政府に対して、ふざけるなという気持ちだろう。よほど文大統領に会いたくなかったのではないか」との声が日系メーカー幹部からはあがっている。

 業績悪化に続く日本による輸出規制ショックは、サムスンにとってダブルパンチ以外の何物でもない。

 日本政府も(輸出規制を管掌している)経済産業省も、今回の規制強化は、あくまでも安全保障を担保するための協力・制度の見直しであり、元徴用工問題への制裁措置であるとは認めていない。

 だが、規制強化を決めたタイミングを見れば、そこに日韓の政治的背景があることは明らかだろう。

 前述の日系メーカー首脳は、「米中に対してはどこか弱腰な安倍政権だが、今回の措置は韓国に対して“最強のカード”を切ったといえるのではないか。絶好のタイミングで文政権の急所をついた」と言い切る。

 同首脳の見立てはこうだ。「日本政府は、いつまでもまともなコミュニケーションができない韓国政府に業を煮やしていた。そこで、(輸出規制により)韓国経済界に揺さぶりをかけることで、経済界による文政権の突き上げを誘導している──」。

 文政権の任期はまだ2年半も残っているのだが、日本政府は“痛恨の一撃”を見舞うことで文政権の失脚を狙っているというのである。

「ホワイト国」格下げは日本の独自判断だ

 今回の輸出規制強化のメニューは2つある。

 1つ目は、個別メニューだ。半導体やディスプレイの製造に使われる3品目(レジスト、フッ化水素、フッ化ポリイミド)を韓国へ輸出する手続きを「包括許可」から「個別許可」へと厳しくする。

 日本側は、この3品目に関して、韓国以外の第三国へ流れているなど不適切な管理の証拠を掴んでいるようだ。

 2つ目は、さらに構造的な輸出管理制度の見直しである。近日、韓国の輸出管理上のカテゴリーが一段階格下げされて、いわゆる「ホワイト国」から除外される見込みだ。

 ホワイト国とは、安全保障上の輸出管理において「信頼できる」と日本が判断した国のことで、例外的に輸出手続きを簡素化できる。

「信頼できる」条件は、まず、軍事転用に関わる品目の国際的な枠組み(国際輸出管理レジーム。原子力供給国グループやワッセナー・アレンジメントなど4つの枠組み)に参加していること。

 次に、それ以外の軍事転用リスクのある品目についても「大量破壊兵器キャッチオール(補完的輸出規制)」や「通常兵器キャッチオール」が整備されており、かつ、きちんと運用されていることだ。

 現在、日本がホワイト国として認めているのは、韓国を含めた27カ国ある。

 日本は、韓国の輸出管理について、「4つのレジームには参加しているが、とりわけ通常兵器キャッチオールについて、“重大な穴”がある」(経産省幹部)と判断しているのだ。

 そもそも、「ホワイト国かどうかを決めるのは輸出する側の日本の独自判断であって、その判断結果について韓国側からとやかく言われる筋合いのものではない」(同)と憤る。

実務の負荷がかかるのは
韓国企業ではなく日本企業

 では、今回の輸出規制で何が変わるのか。実は、日本政府が明言している「厳格化レベル」にとどまれば、韓国企業や日系メーカーへの影響は限定的だ。

 ざっくり言えば、輸出管理の手続き業務が増える。「包括許可」の包括の範囲が狭まったり、包括許可から「個別許可」へ変わったりする。いずれも許可していることに変わりはなく、モノの輸出がストップする「禁輸」ではない。

 ただし、個別許可となると、日系メーカーだけに任されてきたチェックを、経産省も行なうことになり、それに付随して日系メーカーの負担が増える。

 貨物が確実に発注した相手方に届くのか。相手方はちゃんと存在していて、軍事部門ではなく民生部門の事業をしているのか。輸出した品目は全て事業部門で完全に消費されて横流しはないか──。

 これらのチェック項目について、経産省から資料を要求されたり、韓国の相手先企業に(申請に間違いがないか等の)誓約書を書かせたりといった日系メーカーの業務が増えてしまう。

 貨物を受け取る側の韓国企業の負担は、「誓約書を書く」ことぐらい。本来、サムスンやLGグループのような大企業が慌てふためくようなことではないはずだ。

日韓の産業界は「最悪シナリオ」を想定

 だが実際には、日系メーカーも韓国企業もさらに深刻な「最悪シナリオ」を想定しており、日本政府の出方に戦々恐々としている。

 というのも、安全保障と密接に関わる輸出管理制度は、二国間の信頼関係があって初めて成り立つものだからだ。日韓の政府間の猜疑心は深まるばかりで、日韓の民間企業やビジネスパーソンが事態を楽観視できるはずもない。

 韓国メーカーは「経産省が審査を遅らせたり、ストップしたりするかもしれない」と疑心暗鬼に陥っており、日本から調達している品目の代替えソースを探し始めている。

 そして、輸出規制強化のきっかけに政治的背景があったにせよ、「輸出管理の不備をただし、日本の供給国責任を果たすため」(経産省幹部)という至極真っ当な理由が根拠となっているので、「日本政府や経産省が振り上げた拳を下ろすはずもなければ、制裁だと認めることもありえない」(日系メーカー幹部)というのが、産業界の見方だ。

韓国から中国切り替えを検討する日系メーカーの懸念

 日韓の産業界が描く「最悪シナリオ」とは、輸出強化の対象品目が3品目からさらに広がることである。すでに、「サムスンもホワイト国から格下げとなった場合に影響を受ける2000品目のサプライチェーンを調べ始めている」(アナリスト)と言うのだ。

 今後、対象品目は、以下の2つの条件に相当するものが優先されることになりそうだ。

 第1に、日系メーカーのシェアが高いこと。第2に、第三国への流出など不適切な輸出管理が行われていること、あるいはそれが疑われていることだ。

 前者については、すでに対象となった3品目についても、「日本のシェアは5~9割を占めている」(南川明・HISマークイットディレクター)。これは、日本が供給国としての責任を果たすという大義名分でもあり、仮にこの品目をストップさせると供給相手国に打撃を与えられるということでもある。

 半導体・ディスプレイ産業においては、韓国の完成品メーカーと日本の材料メーカー、装置・電子部品メーカーは“共依存”の関係にある。

 日本の半導体・ディスプレイ産業が競争力を失い続けたここ20年は、日本の材料・装置・電子部品メーカーは韓国企業を得意先とすることで、安定収益を稼いできたからだ。

 ここにきて、対韓輸出が厳しくなると、「スマートフォン向け、ディスプレイ向けの材料や製造装置、電子部品は、成長著しい中国企業へ輸出できるかどうかを検討する」(日系メーカー幹部)。

 だが、「日系メーカーが世界シェアを握るような希少品目を、中国企業へ供給すれば米国に睨まれかねない。それはファーウェイ・ショックで経験済みだ」(同)。

 おまけに、中国経済の失速がさらに進めば、そもそも供給先の切り替えも進むまい。

「今回の対韓輸出規制は、米中貿易摩擦で停滞した日系メーカーの設備投資をさらに踏みとどまらせることになる」(別の日系メーカー幹部)と警鐘を鳴らす。

 そして日本にとって本当の打撃は、対韓輸出規制の影響が、これらの素材・電子部品産業の失速に止まらないことだろう。

 長らく日本は製造業大国を自負してきた。だが、その中身の産業構造は大きく変容したといっていい。

 現在、グローバルな競争力を維持し続けているのは、コンシューマーに近い電機や自動車といった完成品メーカーではなく、「縁の下の力持ち」となって完成品メーカーを支えてきた素材・電子部品産業である。その“最後の砦”がコケてしまうと、たちまち日本の製造業の根幹が揺らぐことにもなりかねない。

(ダイヤモンド編集部副編集長 浅島亮子)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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