このページの本文へ

なぜ大坂なおみは急に世界で勝てなくなったのか

2019年07月09日 06時00分更新

文● 小林信也(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
大坂なおみ
ウィンブルドン初戦で敗れ、コートを去る大坂なおみ Photo:JIJI

 大坂なおみの不調がエスカレートしている。

 ウィンブルドン(全英オープン)では初戦で敗れ、早々に姿を消した。これから2週間、たっぷり大坂なおみを応援できると楽しみにしていた日本ファンの落胆は大きい。

 1月の全豪オープンでは4大タイトル2連覇を果たし、飛ぶ鳥を落とす勢いで世界ランキング1位にまで駆け上がった大坂なおみが、なぜこれほど不振に苦しんでいるのか? 誰もがその極端な失速ぶりに首をかしげているはずだ。

大坂なおみの急成長は
サーシャコーチあってのものだった

 誰もが思い浮かべる要因の1つは、コーチとの別れだろう。

 全豪オープン優勝直後、大坂なおみはサーシャ・バインコーチの解任を発表した。わずか1年で、世界の頂点にまで駆け上がった原動力がサーシャコーチの存在だったことは、大坂自身も認めていた。

 潜在能力への期待は大きいが、メンタルに弱さがある――。

 そのため、世界ランキングの50位にもなかなか届かなかった大坂なおみが豹変し、急成長したのは、サーシャコーチと契約し、ツアーを回るようになってからだ。しかもわずか1年で四大タイトル優勝、そして2大会連続優勝。そのサーシャコーチを自ら解任した。この影響が、これほど大きくなるとは、大坂自身も予期できなかったかもしれない。

 大坂自身は、サーシャコーチとの別れが失速の原因ではないと語るかもしれないが、別れる前と後の成績が天と地ほど違うのだから、認めざるをえないだろう。

 サーシャコーチと出会う前の大坂はメンタル面の弱さがあり、試合中に落ち込み、ペースを崩すと自信ややる気を回復できず、そのまま敗れてしまう傾向が指摘されていた。ところが、サーシャ氏がコーチに就任すると、選手ファーストのやさしい言葉がけによって大坂は力を得た。初めてのツアー優勝となったBNPパリバ・オープン(2018年3月)の試合中にライブで放送された『オン・コート・コーチング』の映像はとくに象徴的だった。

 大坂が子どものようにいじけ、駄々をこね、「わたし、もうだめ、帰りたい」といった、およそプロフェッショナルのテニス選手と思えない弱音をはく。これに対して、コートにひざをつき、大坂なおみより低い視線でサーシャはポジティブな言葉で激励する。単なる精神論や叱咤でもない。「相手がこういう戦法できたときはどう対応するんだっけ?」といった具体的な投げかけをしたとき、大坂なおみの目に輝きが戻った。

「そうだ、キミならできる!」

 この光景を見たとき、日本のファンたちは、大坂なおみだけでなく、大坂なおみとサーシャコーチ、2人のチームに魅せられたのではなかっただろうか。

 その後巻き起こった『なおみちゃんフィーバー』は、決して大坂なおみひとりに向けられたものでなく、サーシャコーチへの共感と好感も大きな魅力になっていた。初めて女子テニスの世界で頂点に向かう大坂なおみの存在だけでなく、そこにサーシャがいたからこその大フィーバーだった。

 ただ強いだけでなく、人間味があってかわいい。しかもコーチとの信頼関係が新しい師弟関係を体現している。折りしも日本では、女子レスリングやアメフトなど多くの種目でパワハラ告発が続き、支配的なコーチと選手の関係に多くの国民が辟易している時期だった。大坂なおみとサーシャコーチは、そんな日本のスポーツ界に新風を吹き込んだのだ。それはパワハラ問題への明確な回答であり、未来への希望でもあった。

 ところが、大坂なおみは、サーシャ氏を突如コーチから解任した。よく検証すれば、全豪オープンの開催中すでに不協和音は見えていたが、ファンにとっては突然の出来事だった。契約解消の真相は、いまだに語られていないからわからない。ただ、その後の発言や表情などからも、それが技術的な問題ではなく、感情的なトラブルに起因するものだろうとの感触は否めない。何があったかはわからないが、感情的に、もう一緒に行動したくないという気持ちにスイッチが入った、そう解釈するのが自然なようだ。

コーチ解除をツイッターで公表
異例の行動に滲み出る「失速の底流」

 現在の大坂なおみの失速を見て、多くのファンが「やはりメンタルの要素って大きいんですかね」と言うのを聞く。それも確かだろう。私はそれ以上に、サーシャコーチを感情的に解任した大坂なおみの「メンタリティー」こそが大きな問題ではないかと感じている。

 サーシャコーチの解任を発表したのは、大坂なおみ自身だ。ツイッターで「もうサーシャとは仕事をしません」と公表した。ツイッターが、大統領のアナウンスメントにも使われる時代だから、多くの人はこれを受け容れたが、本来プロ選手としてはおかしなことだ。

 大坂なおみにはIMGというマネジメント事務所がある。コーチとの契約解除や新たな契約の正式発表は、マネジメントが行うのが通例だ。ところが、大坂なおみは、自分でサーシャの首を切り、それを自ら発表する形をとった。このメンタリティーこそが、いまに至る失速の底流ではないだろうか。

 言うまでもなく、サーシャとの二人三脚で頂点にまで昇り、全米オープンでは優勝賞金380万ドル(約4億2000万円)を稼ぎ、スポンサーとの契約総額は楽に10億円を越えた。1年前と、世間の自分を見る目は一変し、手にする金額は桁違いになった。

 一見、大坂なおみは相変わらずのんびりした性格のようにも見えるが、やはり内面には変化が起こっていたのかもしれない。大坂なおみとサーシャコーチは、上でも下でもない、互いに尊重しあう関係であったはずだが、いつからか、雇う者と雇われる者になった。

 大坂なおみの賞金獲得額が上がれば上がるほど、出来高契約ならサーシャコーチの収入もうなぎのぼりになる。それを「サーシャコーチのおかげで」勝てるようになったと思い続けるか、「私のおかげで、あなたは稼げる」と思うかで両者の関係は大きく変わる。

 謙虚であり続けるのは難しい。だが、謙虚さを失った者の多くは、足下をすくわれる。どこかに隙が生まれ、常勝を呼び込む流れにほころびが生じる。

 解任を聞いたとき、私は「これも1つの転機、いい時期かもしれない」と感じた。いつまでもサーシャコーチとの青春ドラマを続ける必要はない。世界女王として、さらなる次元に突入するには、そのレベルの経験を持つ参謀と組むのはプラスだし必然だ。

 残念ながらサーシャ氏は、ヒッティング・パートナーとして4大トーナメントのファイナルを経験してはいるが、コーチとしてセンターコートの試合は経験していない。ここ数年のテニス界は、かつてのトップ選手がコーチとして戦略的な助言を与え、勝利に導く傾向が主流になりつつある。大坂が、無名だった自分をサポートしてくれたサーシャからいい時期に卒業し、新たな参謀を得ることはテニス界ではある意味当然の選択ともいえる。

 だが、それをするならシーズンオフだっただろう。全豪オープンの直後では、優秀なコーチの大半はすでに新たな契約を結んでいて空きがない。

 結果、大坂なおみはジャーメイン・ジェンキンス氏とコーチ契約した。全米テニス協会で将来を嘱望されていた存在だから、コーチとしての素質や技量は確かだろうが、サーシャ氏の後を頼む相手としては力不足の感は否めない。ジェンキンス氏もまたコーチ経験は浅く、4大トーナメントのセンターコートで大坂に力を与える存在感も実績もないからだ。

もう一度上昇気流に乗るために
必要なコーチは誰か

 サーシャコーチと別れて、レジェンド級のコーチと契約したなら、どうだったろう。シーズンごとに、コートの特性に合わせた短期コーチと数ヵ月単位で契約する方法もあった。

 例えば、苦手といわれるクレーコート対策として、「全仏オープン7回優勝」「クレーコート125連勝」も記録した元女王クリス・エバートに全仏までの指導を依頼する。その後は、あくまで外野席の希望的アイディアだが、同じ日本の先輩・伊達公子さんに気持ちの強さを注入してもらう選択肢もあっただろう。しかし、大坂なおみは、そのような方向に動かなかった。

 世界のレベルは甘くない。自分だけでやれるほど簡単に勝てるレベルではなくなっている。ライバルたちはみな、選手1人の力でなく、メディア戦略、データ分析なども含め、総合的なチーム力を結集し、しのぎを削っているからだ。ところがいまの大坂なおみは、自分以上のもの、自分以外のものを極力排除し、自分の感覚だけで戦おうとしているように見える。そうしたメンタリティーが、現代の女王であり続けるための障害になっているように感じる。

 いまテニスの世界は、1人では勝てない。

 大坂なおみが、もう一度上昇気流に乗るために、こうした発想と志向性を変えることができるか。また大坂の信頼を得て、それを助言できるスタッフやコーチに出会えるかどうかが打開への大きな鍵になるのではないか。

(作家・スポーツライター 小林信也)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

最新記事
最新記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ