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サニブラウン「日本新9秒97」の背景、なぜアメリカで急成長したのか

2019年06月15日 06時00分更新

文● 小林信也(ダイヤモンド・オンライン

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サニブラウン・ハキーム
全米大学選手権男子100メートル決勝で日本新記録をマークし、3位の表彰台に立ったサニブラウン・ハキーム Photo:JIJI

 サニブラウン・ハキーム選手(フロリダ大)が立て続けに9秒台をマークし、世界選手権やオリンピックで日本人初のメダルを獲得する期待が高まっている。

 5月に初めて9秒台(日本歴代2位となる9秒99)で走ったサニブラウンは、6月6日のNCAA全米大学選手権準決勝で追い風参考ながら9秒96を記録。さらに翌日の決勝で9秒97、桐生祥秀選手の持つ9秒98の日本記録を更新した。

 サニブラウンは早くからその才能の片鱗を表し、世界の陸上界から注目を集めていた。

 2015年7月、16歳(高校2年)で出場した世界ユース選手権では100m、200mで優勝。同年8月の北京世界陸上の男子200mで準決勝進出を果たした。これは史上最年少記録で、同年代での記録を比較すると「あのウサイン・ボルトをしのいでいる」と話題にもなった。

 そのサニブラウンが、20歳を過ぎていよいよ第一線で活躍を始めたというわけだ。

あのカール・ルイスも認める
サニブラウンの恵まれた身体と才能

 1984年ロス五輪で4冠を制するなど一世を風靡したカール・ルイスさんも、ヒューストン大のコーチとしてサニブラウンのレースを見ていた。

「彼は素晴らしいアスリートだ。この大会は過小評価されているが、世界大会と同じくらいの大会。ここでうまくやれたら、他でもやれる」とコメントした。

 カール・ルイスはこの全米大学選手権の100mで優勝している。彼が世界に名をとどろかせたのは、ロス五輪の前年1983年8月に開かれた第1回ヘルシンキ世界陸上だった。このときカールは22歳。大学を卒業してまもなく世界陸上で3冠を制した。その自分の経歴を重ねて、サニブラウンの可能性を語ったのではないだろうか。

 サニブラウンはガーナ人の父と日本人の母の間に生まれた。身長188センチ。恵まれた身体の持ち主であるのは言うまでもないが、カール・ルイスの現役時代を改めて調べて驚いた。

 カール・ルイスとは何度か会い、行動をともにした経験がある。一見してスーパースターの輝きを放っていた。その要因のひとつは大きさだった。当時を知る日本人の多くはカール・ルイスに同様の印象を持っているだろう。

 そのカールの身長が188センチ。サニブラウンはカール・ルイスと同じ大きさだと知って、思わず感嘆した。身長の高さがすべてではないが、サニブラウンがこれまでの日本人スプリンターとはまったく別のタイプ。ピッチで稼ぐのでなく、世界のスプリンターのいわば王道を行く走りでその頂点を目指すことのできる、初めての日本選手なのだと改めて気づかされた。

日本の陸上界にいなかった才能
才能開花は海外の指導者に託された

 100mを何歩で走っているか? そのピッチを比べるだけでも特徴がわかる。

 桐生祥秀が9秒98で走ったときの歩数は47.1歩、山縣亮太選手は通常さらに多い48.5歩だという分析結果がある。これに対して、サニブラウンは44歩。あのボルトは42歩だという。当然、ストライドが長い。サニブラウンは2メートル40センチを超えるという分析結果もある。数が違えば、走り方が根本的に違う。同じ100mを各選手がまったく違うコンセプトで走っているといってもいいだろう。

 桐生祥秀は身長175センチ。山縣亮太177センチ。いずれもピッチの速さが持ち味だ。他に多田修平選手176センチ、ケンブリッジ飛鳥選手180センチ、飯塚翔太選手185センチ。サイズではサニブラウンが群を抜いている。これは、見方を変えれば、「日本の陸上界がこれまで把握していない才能、その伸ばし方の経験を持たない領域」ともいえる。

 それを日本の陸上界が素直に認め、サニブラウンの才能開花を海外の指導者に託した。この決断は、今回の記録達成と大いに関係あるだろう。

 2014年から2020東京五輪特別対策プロジェクトのディレクターを務める山崎一彦さん(日本陸連トラック&フィールドディレクター)は、サニブラウンが1期生に選ばれた若手強化選手プロジェクト「ダイヤモンドアスリート」の立ち上げにも関わった人。

 指導者なら、才能ある選手を「自分で育てたい」との思いもあるはずだが、高校卒業にあたって山崎さんは、「全力で遠回り」という方針を立て、サニブラウンに海外での経験を勧めたという。自国開催の2020東京五輪最大の宝を海外に旅立たせる勇気と決断には拍手を送りたい。

 高校卒業後、フロリダ大への留学が決まっていたが、アメリカの大学が始まる秋までの期間、サニブラウンはオランダに渡り、オランダ陸連の短距離チームを指導しているレイナ・レイダーというアメリカ人コーチの指導を受けた。

 ここには、オランダ選手だけでなく、アメリカなど海外からもレイダー・コーチの指導を求めて選手が集まっている。オランダ陸連も、海外選手の参加をよい刺激になると歓迎しているからだ。この環境が、サニブラウンに大きな変化ときっかけを与えたのではないだろうか。

 昨年(2018年シーズン)は右足付け根の痛みで満足に走れなかったが、ケガが癒えた今季は3月の全米学生室内選手権の60mで6秒54の日本タイ記録をマークするなど、序盤から成長を印象づけた。

大きく開花した最大の要因は
「自由」と「奔放さ」ではないか

 アメリカでサニブラウンが大きく開花した要因は何だろう?

 当然、科学的な技術アプローチ、効果的なトレーニングの導入などはあっただろう。だが、それ以上に大きな力になったのは、アメリカの自由と奔放さ、選手自身の感覚を大切にする姿勢と環境ではないか。

 9秒97をマークした決勝のレースを見ると、サニブラウンはガッシガシと両肩を揺さぶり、ダイナミックにスタートダッシュしている。日本の細やかなコーチたちなら、「身体を揺さぶるな、ロスになる」と厳しくいさめたのではないか。

 全体のフォームも、前傾の角度など準決勝と決勝では少し印象が違う。これはサニブラウン自身が細かく分析し修正した結果というより、まだ安定していない、気持ちのままに身体に任せてレースに挑んでいる割合が高いからではないだろうか。

 細かくフォームを気にして走るのではなく、走る楽しさを全身で感じ、湧き上がる気持ちで走る。そんな原点をサニブラウンは大切にしている。そのことも忘れてはならないと思う。

 NCAA全米大学選手権のレース後、日本人記者たちに囲まれたインタビューで、

「スタートから60mまでは結構よかったけど、ストライドが伸びて長くなってしまった。そこをしっかりまとめていければもうちょっといいタイムが出たのかな」

 と語っている。驚くほど冷静な分析。まったくその通りなのだろうが、振り返るときの表現と、走っている実感は違うのではないか。

 9秒台に突入した選手の多くは、「足で走る」より、60mくらいで勢いに乗り、あとは「そのスピードに乗って飛ぶ」ような感覚を口にする。ボルトが予選などで最後流しても速いのは、勢いに乗ったら必死に足を動かさなくてもブレーキさえかけなければ速く進むからだろう。サニブラウンは今回、その飛ぶ感覚にうまく乗れなかった。

 日本新記録だけれど、前に2人選手がいた。

 サニブラウンがレース直後、「ナイジェリアに負け、アメリカ選手に負けた」と、日本新にもかかわらずあまりうれしそうな表情を浮かべなかったのは、やはり先行する2人の背中によって、気持ちのいい走りがしきれなかった、そんな実感だったのかもしれない。

 6月27日から始まる日本選手権にサニブラウンが出場する。他のライバルたちとどんなレースを展開するか。同じレースで複数の日本選手が100m9秒台を出すという、少し前なら考えられなかったハイレベルな戦いも期待できる。

(作家・スポーツライター 小林信也)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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