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トランプ流「市場安定化策」に見え始めた手詰まり感

2019年05月29日 06時00分更新

文● 西岡純子(ダイヤモンド・オンライン

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手詰まり感が見え始めたトランプ流“市場安定化策”
Photo:AFP=JIJI

米中の対立激化
市場は「安定」を保つのか

 トランプ大統領による「自国第一主義」は徹底したものである。

 一時は合意近しの見方が出ていた中国との貿易協議は、5月に入ると情勢は一変、米国は強硬姿勢をエスカレートさせた。

 中国から輸入する品目2000億ドル相当に対して関税率を10%から25%に引き上げる、としたほか、残る3000億ドル弱の輸入品目へも最大25%の制裁関税をかける方針(制裁関税「第4弾」)を表明した。

 その後も、対中制裁では、中国だけでなく、日本や欧州などへの諸外国への圧力を緩めていない。

 中国の通信機器最大手、ファーウェイと監視関連企業5社を、禁輸措置対象のリストに入れ、企業からの部品の供給を制限。米国企業はファーウェイとの取引が実質的に禁止されただけでなく、日本企業の製品でも、米企業の製品や技術が一定以上含まれている場合は、ファーウェイへの出荷が事実上できなくなる。

 特に半導体など主要部品が中国に渡らないとなれば、中国のハイテク産業の一段の拡大と、中国が先端分野で覇権を握るのを阻止するとの目算である。

 だが一方でこうした強硬措置によって、市場に不透明感が強まり、特に株価が下落方向で混乱すると、トランプ政権は経済にとってフレンドリーな施策を発表することで株価を下支えしてきた。

強硬姿勢と「猶予措置」
市場に“配慮”し使い分け

 こうした行動もなお健在だ。

 対中制裁関税「第4弾」を発表した後に、トランプ大統領は、日本や欧州に対する自動車・同部品への「25%関税」を発動する判断を180日間延期する措置や、カナダとメキシコに対する鉄鋼・アルミ関税の撤廃を打ち出した。

 また、ファーウェイ問題でも、米国商務省は20日、ファーウェイおよび関連する68社と90日間(5月20日~8月19日)に限り取引ができる、という、一時的な猶予措置を決め、即日適用した。

 通商交渉で強硬姿勢にでて相手を揺さぶり、その一方で、実際の交渉では、時間的な猶予や現実的な解決策を示して相手の譲歩を引き出す。このやり方はトランプ政権の常套手段ともいえる。

 同時に、こうしたやり方で、株式市場は一時的には混乱するのだが、その後は落ち着きを取り戻すのだ。

 これまでのパターンでいうと、米国の株価が2~3%下落すると、トランプ政権は大統領自身のツイートなどを含め、ショックを和らげるような何らかの施策を出してくる。

 これが、“トランプ・プット”と呼ばれるゆえんだ。

 今回のファーウェイなどへの部品供給の制限は、中国企業には打撃になるだろうが、その一方でファーウェイなどと取引のある米国企業にも収益の下振れなどの影響が及ぶ。

 日本の半導体メーカーなどには、米国からの受注の機会を失った中国企業が日本に取引を求めるという、いわば漁夫の利にあずかれると考える企業もあるようだ。

 だがそれでも、米中という世界の二大国の需要が落ち込むとなれば、財政金融などの何らかの政策発動がされないと、需要のパイは縮小してしまう。

 となれば一部の日本企業に恩恵が及んでも、長くは続くかないだろう。

“トランプ・プット”は
「政治の季節」で手詰まり感

 市場が混乱すれば、トランプ政権は、市場を安定化させるための何らかの施策を出してくると、これまでなら予想もできた。

 しかし、来年の大統領選挙など、今後の政治スケジュールを勘案すると、そろそろ「安定化策」も手詰まり感が出てきたのではないかと思われる。

 前述のようにカナダやメキシコに対する鉄鋼・アルミ関税を撤廃したことで、NAFTA(北米自由貿易協定)に代わるUSMCA(米国・カナダ・メキシコ協定)の批准は一歩、前進したように思える。

 しかし、米国での次のステップは、民主党が過半数を占める米下院での採決だ。しかし、批准は議会の判断になりトランプ大統領の手から離れてしまっている。このためトランプ大統領が今後、市場を落ち着かせる材料としてUSMCAを使うことは難しい。

 予算を伴う施策としては、10年で1兆ドルという巨額のインフラ整備事業が取り沙汰されている。巨大な歳出規模になりそうなので、実行されるのなら、景気底上げでそれなりの効果が期待できる。

 このインフラ投資に関連する予算の方針では、トランプ大統領はペロシ下院議長と大枠合意しているとはいわれるが、財源やスキームなどで両者は折り合っていないようだ。となると、政策実現には時間を要するだろう。 

 一方で、中国との対立激化を避け、通商政策の矛先を中国以外、つまり欧州や日本に向けることも考えられる。

 しかしそうしようとしたところで、たとえば、欧州との通商協議で、対立する航空産業(ボーイングとエアバス)への両国それぞれの補助金の取り扱いで、米欧が早期に折り合いがつくことはなさそうだ。

 日米貿易協議でも、農産物や自動車の個別問題で合意するとしても、日本の政治日程からすると参院選の後だろう。

 その他に考えられる“トランプ・プット”の施策としては、ファーウェイへの部品供給の件で90日の猶予を与えたように、トランプ大統領が妥協する形で対中政策の一部を緩めることだ。

 しかし、ファーウェイとの取引に対する猶予措置も、相当の制限つきである。

 昨年に、中国の通信機器大手ZIEが、イランなどに米国製品を違法に輸出し、米政府に虚偽の説明をしたことを理由に突きつけた厳しい措置を考えても、それは明らかだ。

 米商務省は、ZIEに米国企業との取引を7年間禁じる制裁をした上で、経営陣の刷新と1億ドルもの罰金を支払うということも要求した。

 米中対立は現段階では、貿易不均衡をめぐる問題よりも、安全保障面での問題に照準が合せられており、米国側がそう簡単に対中圧力を緩めるとは考えにくい。

 トランプ大統領は、来年の大統領選での再選を狙って対中強硬路線を打ち出したともいわれており、多少、金融市場が混乱したところで、トランプ政権が対中圧力を緩めたりすることはなさそうだ。

 また、新たな経済政策を打つことで市場のモメンタムを改善させるといっても、限界が見え始めている。

経済は堅調だが
FRBとは“綱引き”続く

 年初来の金融市場は、米国株価(S&P500指数)は上昇基調の後に5月から4.1%の下落である(執筆の5月24日時点)。日経平均株価も米国株ほどではないが上昇したのち、ゴールデンウィーク明けは4月末比で5.2%下げている。

 しかし、下がったとはいっても、昨年10-12月期中にみた2割近くの株価下落に比べれば限られた反応だ。

 当時は、米中通商摩擦に関する不透明感が株価の下落材料となっただけでなく、バンクローン市場の突如とした値崩れが各種のリスク性資産の下落に飛び火した混乱だった。

「恐怖指数」と表現されるVIX指数(米国指数先物オプションから計測したボラティリティ指標)は、昨年の暮れには一時36.07と、市場混乱の閾値と意識される水準を越えた。

 しかしVIX指数も足元は20未満と落ち着いてきた。これらは “トランプ・プット”の効果ともいえるだろう。

 また株価が多少、下がっても、ここ半年間で米国の実体経済が大きく底割れしているかといえばそうでもない。

 企業のマインドを表す各種の景況感指数は、今年初めにかけて下振れが目立ったが、消費者のマインドは相変わらず強いし、実際の個人消費支出にもはっきりとした下振れはうかがえない。

 GDP成長率も昨年10-12月の前期比年率+2.2%から今年1-3月には+3.2%へ加速している。

 直近のGDP成長率をみると、在庫と輸入の減少が、設備投資と個人消費の減速を補ったことで、みかけより内容は良くないのは確かだが、リセッションを懸念するほどの内容には程遠い。

 失業率は3.6%と、1969年12月(3.5%)以来の低水準である。

 しかし「変調」を感じさせる要因もなくはない。何より水準が変わったのはドル金利の低下だ。

 米国の10年国債利回りは昨年11月段階で3.2%まで上昇し、いよいよFRBも金利正常化に本腰を入れるかと受け止められていた。しかしその後、FRBが「利上げの休止」を表明したこともあって、金利は下げ基調に転じ、足元では2.3%とおよそ90bpsも下がっている。

 言い換えると、昨年10-12月の株価の下振れは、クレジット市場にそもそも金融不均衡のマグマがたまっていたところ、金利の上昇(とそれが企業の金利負担を高めることへの懸念)と米中貿易摩擦が時期として重なったことで市場の混乱につながった。

 いまの金利の低下が、足元の株価の底上げにつながっているとしたら、それはそれでうまくやっているといえるのだが、実際はどうなのか。

 FRBが金融政策の正常化に二の足を踏むのは、良好な経済でも物価が過熱感を帯びないことが、主な理由のようだ。FRBが物価指標の中でも特に注視する個人消費(PCE)デフレータは、直近5月に1.6%と伸びが徐々に下がってきた。

 それでも、金利がゼロ%近傍まで下がってしまっている日本とは相当、状況が違うので、FRBにはまだ政策面では余裕があるような印象を(日本目線では)抱いてしまうのだが、ただ、中央銀行にとっては、物価が目標から大きく離れてしまう場合、目標から上下のどちらに振れるのが脅威を感じやすいかといえば、下方に振れる時だろう。

 物価目標に対して上振れる時は、利上げや資金の供給量を絞り込むなど、伝統的な引き締め策から具体的な総量規制など、やれる手だては多い。だが逆の場合は厳しい。

 日本がまさにその実例である。つまり、金融緩和策に手詰まり感が見えたと市場が認識するだけで、市場はさらなる緩和を織り込みにくくなり、それが、実際の緩和効果をそいでしまう。

 このことが中央銀行の悩みであり、まさにFRBは今、その状況に直面しているのだ。トランプ大統領は、株価安定や経済の好況を維持するために、FRBに利下げを繰り返し求めているが、FRBはそう簡単には応じないだろう。

予算では議会と対立
対外強硬姿勢強める可能性

 こうして金融政策でも手詰まり感が強まっており、また財政政策でも、大統領選挙を前に、与野党で対決色が強まることを考えれば、予算が絡む法案は成立させにくい状況だ。

 となると、トランプ大統領は独自色を出そうとして一層、通商政策で保護主義に傾斜し、また安全保障政策で強硬な姿勢をとるのではないか。

 その時々の支持率や株価の動向をにらみながら、中国や欧州、中東、日本と圧力に緩急をつける手段を常用するのだろう。

 その時に、特に注意しなければいけないのは、株価や支持率の下落を阻止するために、これまではうまく機能してきた「トランプ・プット」にも手詰まり感が出てきていることだ。

 トランプ流の「市場安定化策」が過信できない時間帯に入ってきたといえるだろう。

(三井住友銀行チーフエコノミスト 西岡純子)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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