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小4女児虐待死事件で母親の初公判、報道されない検察側の「真の狙い」

2019年05月23日 06時00分更新

文● 戸田一法(ダイヤモンド・オンライン

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千葉県野田市の小学4年生、栗原心愛さん(当時10)に対する虐待死事件を巡り、父親の勇一郎被告(41)=傷害致死罪などで起訴=の暴行を制止しなかったとして、傷害ほう助罪に問われた母親のなぎさ被告(32)の初公判が16日、千葉地裁で開かれた。これまで報じられた勇一郎被告の残忍・凄惨(せいさん)な手口のせいか、この日の報道を受け、ネットでは「夫婦そろって極刑にすべき」などの過激な書き込みも見られた。しかし、検察側にとって実はなぎさ被告の量刑はさほど重視する必要がなく、勇一郎被告を確実に有罪に追い込むためのステップに過ぎないといえば、読者の方々は驚かれるだろうか。本稿では新聞・テレビが報じない検察側の狙いを分析・解説してみたい。(事件ジャーナリスト 戸田一法)

まるで勇一郎被告の冒頭陳述

実は検察側にとって、今回の事件はそれほど簡単なものではありません
写真はイメージです Photo:PIXTA

 なぎさ被告の起訴内容は、今年1月22~24日、勇一郎被告が肌着だけの心愛さんに冷水シャワーを掛けるなどの暴行を加え、十分な食事や睡眠を与えず飢餓と強いストレスで衰弱させて死なせたが、勇一郎被告の指示で食事を与えず、暴行を制止しなかった――というものだ。

 そう、積極的に手助けしたのではなく「食事を与えず、暴行を制止しなかった」という罪だ。そして、なぎさ被告は勇一郎被告から日常的にDVを受けており、暴行罪での「被害者」でもある。

 冒頭陳述も異例だった。

 通常は起訴状(事件の5W1Hを簡略に記載したもの)の内容を詳細かつ具体的に説明するものだが、勇一郎被告の日常的な虐待の様子、これまで報じられ問題となった「学校アンケート」「児童相談所」の経緯が中心だった。

 その上で「(虐待を)止めなかった」「警察や児相に通報しなかった」などと指摘したが、陳述の内容はまるで「勇一郎被告の犯行について」だった。

 例えばこんな具合だ。

「なぎさ被告の夫勇一郎被告は、遅くとも2017年7月ごろから心愛さんを夜中に長時間立たせ、床に正座させるなどの虐待をした。(中略)なぎさ被告は虐待を認識しても問いただしたり止めたりしなかった」

「勇一郎被告は同11月上旬ごろ、心愛さんの頭部を殴るなどの暴行をした。心愛さんは同6日、学校のアンケートで暴力を訴え、同7日、県柏児相に一時保護された。12月27日、心愛さんは保護解除により、勇一郎被告の実家で生活。勇一郎被告は18年7月ごろに再び虐待するようになった。9月2日ごろ、心愛さんはなぎさ被告に『自宅に帰りたくない』と訴えた」

「勇一郎被告は12月30日ごろから翌年1月3日ごろまでの間、心愛さんの両腕をつかんで引きずり、引っ張り上げた後に離して床に打ち付けた。なぎさ被告は止めることもあったが、警察や児相に通報しなかった」

 その結果「心愛さんは飢餓状態および強度のストレス状態に起因する全治期間不詳のケトアシドーシス(血液が酸性になる状態)などの症状に陥り、ショックもしくは致死性不整脈、または溺水により死亡した」と指摘した。

 なぎさ被告の公判でありながら、勇一郎被告の虐待が始まった時期、経緯、内容を克明に披露したのだ。なぎさ被告の罪については、まるで「ついでにこんなこともあった」と補足しているかのようだった。後述するが、検察側はそれが目的だったと推測される。

乏しい証拠、具体的供述なし

 一方、勇一郎被告の起訴内容はどうか。

「傷害致死罪」1月22日午後10時ごろから、心愛さんを居間や浴室に立たせ続け、十分な睡眠や食事を与えず放置。24日午後1時ごろ「5秒以内に服を脱げ」などと命令し、容器で冷水を掛けたほか、午後9時50分ごろ、浴室で冷水シャワーを顔に浴びせ続けるなどの暴行を加え、午後11時8分ごろに死亡させた。

「傷害罪」……昨年12月30日ごろから今年1月3日ごろの間、心愛さんの顔を自宅浴室の床に打ち付けたり、胸を圧迫したりする暴行を加え、胸の骨を折るなどのけがをさせた。

「強要罪」……今年1月5日ごろ、心愛さんの衣服をつかんで居間から廊下に引っ張り出し「邪魔」と強く言い、浴室や脱衣所に立たせ続けた。18年7月30日には、心愛さんの便を本人に持たせ、スマートフォンで撮影した。

「暴行罪」……同1日ごろ、自宅居間でなぎさ被告の顔を平手で殴ったり、太ももを蹴ったりするなどの暴行をした。

 以上、4つの罪である。

 冒頭にも書いた通り、ネットでは夫婦に厳罰(極刑)を求めるコメントが相次いでいるが、勇一郎被告は「殺人罪」には問われていない。傷害致死罪は「3年以上の有期刑」であり、4つの罪がすべて認められても長くて懲役10~15年というところだろうか。

 実は検察側にとって、今回の事件はそれほど簡単ではない。一般の方々には「なぜ?勇一郎被告が虐待を繰り返し、その結果、心愛さんが死亡した事実は明らかじゃないのか?」と思われるかもしれない。

 しかし、今年3月に静岡地裁が長女に性的暴行をしたとして強姦罪に問われた父親に対する無罪判決や、各地で強姦事件を巡り「被害者の不同意」「被告の故意」が立証されていないなどとして、無罪判決が相次いだことも記憶に新しいと思う。

 筆者も読者の方々と同様、いずれの判決も一般的な感覚からすれば首をかしげざるを得ないのだが、「推定無罪」の原則がある限り、証拠が不十分だったり不備があったりすれば「無罪」の可能性がゼロではないのだ。

 しかも、勇一郎被告は「覚えていない」などと具体的な供述は拒否しており、供述調書はほぼ白紙とされる。

 今回の事件を巡っては市教育委員会や児相など関係機関の失態が相次いで発覚したが、別の見方をすれば勇一郎被告がそれほどのモンスター・クレーマーで、タフネゴシエーターだったということだ。捜査当局にとっても一筋縄でいかないのは間違いないだろう。

 また、心愛さんが死亡した事実は揺るがないが、弁護側が「持病」と主張するかもしれない。「日常的な虐待」などは、心愛さんが死亡しているため被害者の証言(捜査当局が作成した調書)が存在しない。具体的な物的証拠もない。加害者の勇一郎被告も供述していない。決定的な決め手となる証拠はなく、実はないない尽くしなのだ。

 前述した「簡単な事件ではない」というのは、そういうことだ。

狙いは既成事実化の可能性

 検察側として、これだけ社会的に影響が大きな事件で、ミス(無罪)は許されない。では、冒頭に書いた「検察側の狙い」とは何か。それは判決の確定=司法の事実認定との見方ができる。

 つまり、なぎさ被告の公判を通じて、勇一郎被告の犯行を既成事実化してしまうことだ。ないない尽くしながら、唯一、なぎさ被告は証言が可能なのだ。

 勇一郎被告の公判が始まる前に、なぎさ被告が検察側の主張をすべて認め、千葉地裁が判決ですべて事実と認定。控訴せず確定してしまえば、勇一郎被告は公判で否認しようが黙秘しようが、もうなすすべはないのだ。

「そうはいっても、別の裁判官が別の判断をしたら?」との疑問もあるかもしれないが、裁判所は「間違いがあってはいけない」というのが基本スタンスだ。別の裁判官が確定した事実(判決)と違う判断をすれば、それは「どちらかが間違い」ということになり、裁判所としては大不祥事だ。

 また、同僚にケンカを売っているようなものなので、仲間意識の強い裁判官同士がそういうことをするのはあり得ない。今回のように一連の事件では、先に確定した判決(認定した事実)を踏襲・追認するのが当たり前なのだ。

 司法に詳しい方であれば、なぎさ被告の初公判について「随分と早い期日の設定だったな」と思われたと思う。弁護側にしても早期決着を図りたい。確実に執行猶予が付くような軽い求刑と、公判で罪には問われたものの、一方で「DV被害者」が強調されるストーリーで幕引きが可能なら、検察側に協力してもいい――。こう考えるのが自然だ。

 検察側にとって、切れるカードは出し惜しみする必要はない。可能な戦術はすべて駆使し、できる限り重い処罰(懲役)を科すことが、心愛さんへの供養という強い決意と姿勢で臨んでいるはずだ。

 検察側は16日、なぎさ被告に懲役2年を求刑し、即日結審した。判決言い渡しは6月26日が指定され、執行猶予は固いだろう。控訴期限は7月16日。よほどのことがない限り判決はここで確定する。

 勇一郎被告の初公判期日は、まだ決まっていない。

 このままスムーズに進行し、勇一郎被告に然るべき司法判断が下されることを期待したい。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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