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トランプ大統領の“金融緩和圧力”にFRBが対応する方法

文● 井上哲也(ダイヤモンド・オンライン

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FRB
Photo:PIXTA

 トランプ大統領が、米国の金融政策を担う連邦準備制度理事会(FRB)に対する政策批判を一段と強めている。

 ツイッターを活用したパウエルFRB議長についての言及も、利下げや量的緩和の再開といった具体的な措置を求めるものにエスカレートした。

 欠員のままのFRBの理事ポストに、スティーブン・ムーア氏やハーマン・ケイン氏といったトランプ氏の経済政策の信奉者を候補として指名する動きも具体化している。

 もちろん、これらの候補者が任命されるには議会上院の承認が必要なので、最終的な決着には不透明な面も残るが、金融市場やメディアの間では、大統領の一連の行動で、金融政策の独立性が危機に直面しているとの懸念が強まる。

強まる大統領の緩和圧力は
「予想の範囲内」?

 最近のトランプ大統領のエスカレートに、筆者もこうした市場やメディアの「懸念」は理解できる面はある。だが、こうした展開は多かれ少なかれ予見可能だったと言えるようにも思う。

 第1の理由は、トランプ大統領の主張が全く根拠の無いものとも言えないからである。

 以前の本コラムでも指摘したように、米国経済は昨年のように好調なパフォーマンスの下でも、また労働市場のタイト化によって賃金上昇が加速しても、インフレが加速することはなかった。

 さらに現在では、これはトランプ大統領が自ら仕掛けたものだが、米中貿易戦争などの影響による海外経済の減速によって、堅調だった内需にも不安定性がみられるようになっている。

 その意味では、金融緩和にまで転じる必要性には疑問があるとしても、FRBが継続してきた「正常化」戦略に、大統領が違和感を持つことにはもっともな面もある。

 第2の理由は、トランプ氏でなくても、大統領選挙での再選を期する現職の大統領が、支持率の向上のために景気刺激を指向するのは自然なことだからだ。

 もちろん、ここまであからさまにFRBに金融緩和を求めることは異例だ。

 だが、内輪の会合などの場でFRB議長に暗黙の圧力をかけるよりは、外部から何が起きているかを理解しやすいという点で、むしろ「透明性の高い」アプローチかもしれない。

 さらに言えば、これもトランプ大統領の自業自得ではあるが、下院を民主党が支配する「ねじれ」の状況では、財政による景気刺激策は、合意どころか、債務上限の引き上げすら難航する恐れがある。

 したがって景気刺激のためには金融政策が頼みの綱となっているわけである。

 第3の理由は、逆説的ではあるが、これまでのFRBの人事には奇跡的に問題が少なかったからだ。

 トランプ氏が大統領になった時点で、上院を支配する共和党と結託することで、政府の主要ポストにトランプ大統領の意向を強く反映した人材を送りこむとの見方があったし、実際にそういう人事が行われた。

 司法や安全保障、エネルギーなどに関する分野では、その人事が大きな賛否を巻き起こしたり、人事への反発やあつれきから関係者の辞任を招いたりしたことも事実だ。

 それに対してFRBの理事には、これまで、金融規制の面では緩和指向の人材を送り込んだとしても、議長や副議長の人事も含めて、金融市場や有識者が大きな疑問を呈する人事はみられなかった。

 理由は不明だが、いずれにせよFRBはこれまでは幸運であっただけなのだろう。ムーア氏やケイン氏の理事就任などの話も、その是非とは別に、ある程度、想定の範囲とも言える。

 トランプ大統領の意を受けた候補が理事に就任した場合は、連邦公開市場委員会(FOMC)でも政策判断を巡って票が割れる事態になることも考えられる。

 もしそうなれば、理事の票割れは現在のFOMC運営の枠組みが確立したグリーンスパン議長時代以来、初めてになり、金融市場が動揺する可能性はある。

 しかし、イングランド銀行や日本銀行だけでなく、全会一致を原則とする欧州中央銀行ですら、今や多数決による政策決定が一般化している。

 FRBで起きても、金融市場は次第にそういう事態に習熟することになるだろう。

 また、米国景気が実際に、徐々に減速していくのであれば、FRBは「正常化」の局面を終了し、金融緩和の局面へと徐々に移行することになる。

 前回(3月)のFOMCの判断はそうした端緒となる可能性を含むものだった。

 トランプ大統領は自らの「手柄」と主張するかもしれないが、FRBはあくまで自らの合理的判断によって政策を決定したわけであり、そうした説明は金融市場やメディアにも理解されるだろう。

 つまりは、景気減速が懸念される下では、金融政策の転換が正当化されるだろうし、理事の人選もあくまで合法的なプロセスに沿って行われている。

 民主主義の下で政権が中央銀行の幹部人事に決定権を持つことも、それ以上に良い仕組みは思いつかないし、他の先進国にも共通してみられる枠組みである。

それでも残る大きな問題
金融システムに「ストレス」蓄積

 だが、それでもFRBには大きな問題が残される。

 それは、まだ先の話であるが、今回の景気減速が終了した後、景気が再び拡大局面になった時に、適切な利上げを行うことができないリスクである。

 その時点でもトランプ政権が存続しているかどうかは予見できないが、違う政権であっても、選挙との関係で金融緩和を求めるバイアスは常に存在する。

 そして、トランプ政権が金融政策を実際にコントロールできたという事実が残った場合は、政権がそうした影響力を行使することへの誘惑は一層、高まる。

 そもそも、短期的な視点による金融緩和バイアスを避けることこそが、金融政策に独立性を付与することの意義であり、その意味でこれは古典的な問題である。

 しかしFRBにとって悩ましいのは、次の景気拡大期にも、経済活動が活発化してもインフレ圧力が高まらないようだと、金融緩和を求める圧力に対して、高インフレのリスクを説得力をもって示すことが難しくなる恐れがあるということである。

 景気拡大局面でもFRBが本当に避けたいのは、金融緩和の常態化に伴って金融面のストレスが蓄積し、最終的に金融危機を招くことだ。

 米国の場合、金融システム安定のためのマクロ・プルーデンス政策は、FRBと財務省以外はミクロの金融当局からなる会議体(金融安定監督評議会)での決定に委ねられているため、機動的に発動されるかは不透明な面が残る。

 しかも、欧州委員会の指導の下で、例えば住宅貸し付けに関するLTV(貸出/担保比率)などの具体的な政策手段の整備が進む欧州諸国と比べても、米国は対応が遅れており、金融危機の防止には不安な面が残る。

 一方で、FRBは少なくとも法的には、政策目標が物価安定と最大雇用に限定され、金融システムの問題を政策運営に取り込みにくい。

 さらに、米国は経常収支と財政収支に構造的な弱さを有しているだけに、いったん金融危機が生じれば、金融システム不安が実体経済にも波及し全般的な危機に波及することが懸念される。

 この問題の厄介な点は、金融システムにストレスが蓄積し危機の形で具現化するまでの期間が、景気循環に比べて長期間になりやすい点だ。

 この間に、最初の原因を作った人々は政治家であれ当局者であれ元の職を離れている可能性は高く、だからこそ「無責任」な行動へのインセンティブは高まりやすい。

 その意味では、金融システムの安定こそ、短期的な視点から独立して運営されることが望ましいことになる。

「もう1つの正常化」は
「過度な期待」を元に戻すこと

 トランプ大統領による金融緩和圧力に対して、FRBは有効な対応策は見いだせないのだろうか。

 長い目で見れば、FRBにも対応策は残されている。

 第1は、逆説的であるが、金融政策は万能との理解を修正することだ。

 そうした理解が広く共有されれば、中央銀行の政策判断を支配し、非合理的な政策対応を求める政治家のモチベーションにも影響が出るのではないか。

 実際、中央銀行は経済見通しを誤ることもあるし、政策効果の少ない手段に頼ることも多いわけである。

 第2は、FRBは、金融政策で金融と実体経済の動きを臨機応変にファインチューニングするという政策思想とは決別することだ。

 例えば、中立金利や均衡失業率、潜在成長率などを参照しながら金融政策を運営することは理論的に正しいし、中央銀行マンには、それが技巧を要する腕の見せどころと考える人が多いかもしれない。

 しかし、これらは大きな計測誤差を伴うし、低成長・低インフレの下ではそうした“誤差”がなおさら大きな意味合いを持ち得る。

 物価が上がりにくい状況で、前述したような金融システムへのストレスが溜まり、景気の安定を意図したのに、むしろ長い目で見て金融と経済の動きを不安定化させるリスクもある。

 この方針の下で、中央銀行は、金融政策運営でできることは実体経済がトレンドから大きく逸脱する事態を防ぐことと割りきり、政策運営も事態を十分にひきつけてから、必要な際に果断に動くということになる。

 これこそが、パウエル議長が多用している「忍耐強い政策運営」という表現にふさわしいし、リーマンショックや欧州債務危機などの金融危機を通じて大きくなり過ぎた中央銀行や金融政策への過度な期待を元に戻すという意味での「正常化」と言える。

(野村総合研究所金融イノベーション部主幹 井上哲也)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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