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「なぜあの人ばかり」「飲み会がウザい!」…職場でイライラしないコツ

2019年03月27日 06時00分更新

文● 名取芳彦(ダイヤモンド・オンライン

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職場でネガティブな気持ちに支配されるときは…
写真はイメージです Photo:PIXTA

最近、街中や通勤電車、職場の人間関係、SNSでのやり取りなどで、ちょっとしたことにも敏感に反応してすぐ不機嫌になってしまう人が増えていませんか? 何かあるとすぐにムカついたりイライラしてしまう原因は、それがクセになってしまっているからです。そこで前回に続き、住職である名取芳彦氏の新刊『いちいち不機嫌にならない生き方』(青春出版社)から、現代社会で起こりがちな“不機嫌”との向き合い方・対処法を抜粋して紹介します。

「なぜ、あの人が私より優遇されるのか」と思ったとき…

 職場にいると、「なぜ、私よりあの人が優遇されるのか」「もっと自分も評価されてもいいはずなのに」と思ってしまうこともあると思います。しかしそんな時は、ネガティブな気持ちに支配されて、仕事もあまりうまくいかないのではないでしょうか?

 一方、修行を積んでいる僧侶は、感情が荒ぶらないと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。人間ですから感情はあります。しかし、それにふりまわされることが少ないか、荒ぶった感情を落ち着かせるスピードが早いのです。

 たとえば、自分が正当な評価を受けていないと思い、上機嫌ではいられなくなったとしましょう。この場合、私が思いつく原因は2つです。1つは、自分と同等か下だと思っている人が好評価を得ているのに、自分が正当に評価されていないと感じる時。他人と“比べた”結果として憤懣が募る場合です。この場合、妬みの矛先は同僚に向かい、不信の雲が誤った評価をしている会社や上司を包むでしょう。

 もう1つは、他人はどうあれ、自分が正当な評価を得ていないと感じる時です。かつてどこかの保険会社が「専業主婦の仕事に給料を払うとしたらいくらになるか」をアンケートした結果、多くが旦那のサラリーより多かったという結果が出て、世の亭主族が困惑したことがありました。この場合も、主婦の憤懣や不信感は正当な評価をしてくれない夫や家族に向けられ、勤め人ならば会社や上司に向けられるでしょう。

 修行を積んだ僧侶は、このような分析をすぐに行い、解決方法を見つけようとします。どうしてそんなことをするかといえば、心おだやかに生きていきたいという大きな目標があるからです。この時、正当な評価を得て心おだやかにしようとは考えません。正当な評価を得られなくても心おだやかでいられる方法を考えるのです。他の人に比べて今は正当な評価を受けていないけれど、見る人は見ているだろうから、今は自分がやれることをやっていこうと、自分の信じる道を進みます。

 正当な評価を得られなくても決してくさることはありません。周囲からの評価を気にせず、自分で自分に正当な評価をしてこの世を去っていく気高い人は、世の中にいくらでもいるのです。

自分の発言で部下が“うつ”になってしまったとき…

 近年、よく取り上げられる「心の病」。患者数は年々増えているといいます。人から何か気になることを言われたとき、心が強い人は「そんなこと気にしなければいい」と平然と言いますが、弱い人ややさしい人は“そんなこと”を気にしてしまいます。

 目上の人から「だれが考えても、そのやり方はおかしいだろ」「そんな考えをしているから、こんなことになるんだ」と言われれば、全人格を否定されたように感じて、ひどく落ちこんだり、鬱になることもあります。そうなると今度は、発言をした目上の人が悩むことになります。なぜなら、同情の目は弱者に注がれ、強者は弱いものいじめをする傲慢な人間として映り、敬遠されることもあるからです。「部下の鬱を私のせいにされて社内で冷ややかな目で見られる」と困惑する人が出てくるのです。

 強者の中には、自分は悪いことをしていないと思っても、周囲の反応から「やりすぎた(言いすぎた)かもしれない」と反省する場合もあるでしょう。「かもしれない」でもいいので、少し反省すれば、弱い人の気持ちが忖度できるようになり、今後余計な敵を作らなくてすみます。反省を次につなげる人こそ、本当の強者かもしれません。

 しかし、自分に非はなく、勝手に鬱になった相手が弱すぎると思うなら、信頼できる人に「なんだか、私が悪者になってしまっているんだ」と愚痴をこぼせばいいのです。あらぬ非難を浴びて不機嫌になった時には、この方法が現実的な対応かもしれません。愚痴をこぼせば「いや、あなたは悪くないよ。誰だってそのくらいのことは言うと思うよ」と共感してくれる頼もしい人がいるものです。

 もし人からあらぬ嫌疑をかけられたら、問題を整理してどうやって切り抜けるかを考えるといいですよ。

苦手な飲み会に行かなければならないとき…

 職場に限らず、仕事関係での飲み会を苦手としている人は意外といるのではないでしょうか。その理由として、自分は他人から親しみにくいと思われているような気がすると、勝手に思い込んでしまうことが考えられます。せっかくの飲み会ですから、楽しく愉快に、上機嫌に過ごしたいのは誰でも同じ。「私は親しみにくいキャラなのだろう」と勝手に思い、一人でお酒をチビチビやっているのが寂しいなら、改善したほうがいいでしょう。

 もし本当に親しみにくいのなら、その理由があるはずです。その理由をまず探すのです。たとえば、自分の思っていることを「これはこういうものだ」と全世界の共通認識のように断定的に言っていないか。腕組みをして話をする人によく見られることですが、何でも決めてかかれば、聞く耳を持っていないと思われるのは仕方ありません。

 また、話が途中なのに「要は」「結局」「どうせ」を連発して、すぐに話をまとめてしまっていないか。さまざまな話が出るから楽しいおしゃべりができるのです。話の途中で「要はやるか、やらないかだ」「結局、人それぞれだしね」「どうせ死んじゃうんだから」と言えば、話は広がるどころか、収束して終わりになってしまいます。そんな人とおしゃべりしたいとは誰も思わないでしょう。

 さらに、自分のことしか話さない人も親しみにくいものです。承認欲求が強いのかもしれません。そのために他人のことに関心を持てず、自分のことしか話せないのです。話すことが、愚痴と批判に終始している人もアウトでしょう。

 飲み会といえば、こんな素敵な話があります。昭和の落語家・古今亭志ん生さんが、ラジオの公開収録を終えてスタッフ十人ほどで打ち上げをした時のこと。宴席が盛り上がっている中で、隣にいたアナウンサーに「一番はしっこに座っている人、あまり話に加わっていないようですけど、今日、何をしてくださった方で、名前は何て言うんですか」と聞いたそうです。その人が担当と名前を伝えると、志ん生さんはその人に向かって「○○さん、今日はありがとうございました。あなたのおかげで気持ちよく噺ができましたよ」と言って、盃を上げたそうです。そのように、大勢がいる場でも、志ん生さんはそこにいる全員のことに気を配っていたのです。

 そもそも、宴会の目的は、自分が上機嫌になることではなく、いわんや自分の意見発表の場でもなく、みんなで上機嫌になることです。そのために全員が集まっているということを忘れずに少し努力して、周囲に関心を持てば、敬遠されることは少なくなり、自分も周りの人も上機嫌でいられるようになるでしょう。

 何かと気忙しい現代では、「不機嫌」になるきっかけも多いかもしれません。しかし、不機嫌の感情をそのままにしてしまうと、「あの人はいつも不機嫌だ」といずれ周りの人も離れていってしまいます。そうならないためにも、自分が不機嫌になったときに、「なぜ不機嫌になってしまったのか」という“種明かし”をきちんとして、日ごろから大きな心をもてるよう心がけてみてください。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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