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米中摩擦解消の鍵は、米国が恐れる「中国製造2025」の行方

文● 井上哲也(ダイヤモンド・オンライン

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アメリカと中国のコンテナー
Photo:PIXTA

「一時休戦」状態にある米中貿易戦争をめぐる協議は、米国が高率関税を課す期限としている3月1日を前に、合意に向けた順調な動きがうかがわれていたが、ここへ来て合意に慎重な見方が台頭している。

 ムニューチン財務長官が米CNBCのインタビューで、依然として調整を要する点が残ることを示唆したほか、トランプ大統領も習近平国家主席との首脳会談の予定はないことをツイッターで公表したからだ。

 焦点に浮上してきたのは、習主席が、2025年までに中国の産業を世界の最先端に押し上げることを掲げた「中国製造2025」とみられる。

「休戦期限」近づく米中協議
戦略的産業政策で「溝」

 米国側が当初から問題視してきた巨額の対中貿易赤字については、中国側も農産品や航空機を中心とする大幅な輸入の増加策に加え、貿易赤字の削減に関する中期的な数値目標の設定を示唆するなど、かなり踏み込んだ対策を示唆する。

 トランプ政権もそれを歓迎してきた。それだけに、ここに来ての交渉の停滞は金融市場でも意外であるという風に受け止められている。

 これまでの経緯を考えれば、交渉の行き詰まりの原因は米中間の貿易不均衡ではなく、米国の不満は対中貿易赤字以外にあることになる。

 その1つとして思い当たるのは、中国の戦略的な産業政策だ。

 習主席が掲げた「中国製造2025」は、文字通り2025年までに電気自動車や航空・宇宙、バイオなどの先端分野で、中国が世界トップクラスの地位を占めることを目指すものだ。

 この政策がうまくいくことは米国から見れば、対中貿易赤字がさらに長期化するだけでなく、米国の国際競争力全般を喪失することを意味する。

 従って、米国が「中国製造2025」に修正を求め、中国がそれを拒否していることは想像に難くない。

 多くの中国専門家が指摘するように、習主席の「(米中交渉には)譲れるところと譲れないところがある」という発言には、貿易摩擦と産業政策は別物という中国側のスタンスが表れているように見える。

国営企業の保護育成を疑う米国
中国から見れば「内政干渉」

 中国側は当初から「中国製造2025」が米中間での重要な争点になることは十分に予見していたようだ。

 実際、野村総合研究所が中国のシンクタンクと共催している「日中金融円卓会合」の前回(2018年6月)の会議でも、中国側の有識者から「中国製造2015」に対しての言及があった。

 有識者の説明は、「中国製造2015」は政治的なスローガンに過ぎないし、今や世界的な競争力を有する中国のIT産業は政府の保護育成ではなく起業家精神によって成長したものだというものだった。

 この指摘にはもっともな面もあるし、その時に、中国の有識者が言った「政府主導の産業政策に企業が規律正しく従う姿はむしろ日本の特徴ではないか」という議論にもそれなりの説得力を感じた。

 しかし一方で、今回の米中交渉で、ロス商務長官が指摘する、政府による経済活動への介入は最小限にすべきという考え方は、もともとの共和党の伝統的な主張でもある。

 1980年代の日米貿易摩擦の際にも、米国が強く言っていたことだ。

 加えて、米国側から見れば、習主席は国営企業を支持基盤にしているとされるだけに、中国が「中国製造2025」の下で国営企業に資源を集中的に投入して産業を戦略的に保護し育成するのではないか、と映っているようだ。

 こうした懸念を米国側が抱くことはわからないでもない。

 ただ、産業政策は国内政策であるだけに、貿易不均衡問題に比べると、米国にとっては、交渉で中国側に譲歩を求めるのにハードルが高いことは明らかだ。

 だとすれば、米国も対抗して戦略産業の保護や育成を行えばよいのではないかとの声も出てきそうだが、米国内の現在の政治情勢を踏まえると、現実的ではない。

 トランプ政権が仮に、双方の産業政策を認め合うような合理的な提案を中国に行っても、米国内では、2020年の大統領選挙を前に対決色を強めたい民主党からは経済界優遇といった批判が強まることになりかねない。

 国内でまず合意を得ることが難しいだろう。

 しかも、仮に米国が産業政策で中国との競争を始めたとしても、米国企業が優位に立てるという展望が必ずしもあるわけでもない。

 なぜなら、中国は今や米国を凌駕する規模の国内市場を抱えているからである。上記のIT産業の例を見るまでもなく、中国企業は巨大な自国市場でのビジネスを通じて、コスト削減や新たなサービスの開発などで、さまざまな学習効果を享受し得る立場だ。

 それを武器に中国企業が海外に展開した場合、米国企業といえども競争力の面で伍していけるのかどうか。太刀打ちできない可能性もある。

 米国が米中協議で、「中国製造2025」に関連して知的所有権の保護などを求めているのも、産業政策に関していえば、内政干渉だという中国側の反論を抑え込んで「中国製造2025」を直接的に止めることが難しいと判断しているからかもしれない。

 つまり、戦略的な産業の保護や育成のベースとなる技術の中国への流出を止めることしか有効な手立てがないからだろう。

 知的財産権侵害問題で米国が主張するように、中国が不公正な手段で先端技術を入手しているかどうかは、筆者にはわからない。

 また、中国側が主張してきたように、国内市場への進出を認める代わりに相応の技術移転を求めることは、両者が自発的な経済取引として行う限りは合理的な面もある。

産業政策は悪いのか
中国はまだ発展段階?

 戦略的産業政策を考える上でより重要なポイントは、中国が戦略産業の技術革新において依然としてキャッチアップの段階にあるかどうか、という点だ。

 先に述べた「日中金融円卓会合」で、日本側の有識者が発言したように、米国や日本も過去には「さまざまな方法」で、先進国の知的所有権侵害を回避しながら技術を導入し、その成果を自国産業の発展に活用した。

 しかしそれが許されたのは、当時の米国や日本がいわば新興国であり、先進国へのキャッチアップの段階にあったからだ。

 中国自身が世界の強国であることを掲げていることは、国内政治の上で大きな意味を有するのかもしれない。しかし、少なくとも技術の面では、世界の強国であるなら独自で技術革新を進めるべき段階にあるといえる。

 米国が、自国の技術流出や知的所有権の侵害を大目に見るといった許容度が、中国に対して下がっても致し方がない。

 現状はどうなのか。

「技術」をめぐる問題は、米中協議で中国側のアキレス腱となり得るが、中国側にとっては、まだ先端的な産業では中国は発展途上であり、それだからこそ戦略産業の保護や育成を通じて技術と専門的な人材を育てる必要があるのだと主張し得る。

 また中国専門家の多くが指摘しているように、特許申請件数が急増していることなどを踏まえると、なお時間がかかるにしても、中国が今後、自力での技術開発のウエートを高める可能性もある。

 こう考えてくると、米中協議で、「中国製造2025」について、米国の主張がそのまま通るのはむしろ難しいように思える。

中国に「慎重さ」必要
先端分野は起業家精神が重要

 ただし、中国が「中国製造2025」の問題で、米国との交渉をしのいだとしても、中国が今後、産業政策を進める上ではさまざまな慎重さが求められる。

 留意すべき第1は、先端産業を育成し保護するための産業政策は容易ではないということだ。

 先進国にキャッチアップするための政策であれば、既存の技術を効率的に導入したり、先進国の経験をもとに必要なインフラを整備したりすることは比較的容易である。

 しかし、国際的に最先端に立った産業のフロンティアを切り開く上では、新たな創意工夫やリスクテイクが必要となり、これらはむしろ中国のIT産業の成功が示すように、起業家精神を発揮することが最も重要なポイントになる。

 第2は、産業政策はいったん始めるとその修正や撤退が難しいという点である。

 政府が企業の投資行動に深く介入してしまうと、そのパフォーマンスに応じたガバナンスは働きにくくなるし、政府が判断の誤りを認めて撤退することも政治的に困難になる。

 これは、先端的な分野のように技術革新が急速に進む分野では致命的な問題になるだけでなく、最終的には経済資源の非効率な利用を通じて経済成長の足かせにもなり得る。

 この2点は産業政策を長らく活用してきた日本の教訓でもある。中国は米国との交渉からだけでなく、日本の経験からもさまざまな知見を得ることができる。

(野村総合研究所金融イノベーション研究部チーフエコノミスト 井上哲也)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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