このページの本文へ

ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第495回

業界に多大な影響を与えた現存メーカー 新CEOのもと部門を切り売りして復活したIBM

2019年01月28日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

CEOにGerstner氏が就任
事業の切り売りを見直し

 さて、そのAkers氏の後を受けてIBMのCEOになったのがLouis V. Gerstner, Jr.氏である。Gerstner氏はIBM史上初めて、外部から招聘されたCEOである。

IBM退任後は投資ファンドのカーライルグループの会長を2008年まで務めており、現在もまだ健在である

 Gerstner氏はもともと大手コンサルタント会社であるMcKinsey & Company, Inc.の出身である。その後クレジットカードのAmex、次いで食品会社のRJRナビスコのCEOを務めて、1993年にRJRナビスコを退任、そのままIBMのCEOに就任した。最近の言い方をすれば、典型的なプロ経営者である。

 そのGerstner氏、最初にやったことはAkers氏の下で行なわれていた事業の切り売りの見直しである。IBM Researchの売却は中止されることになった。ただし、60億ドルの予算は10億ドル削減され、さらに長期的な基礎研究から短期的な応用研究へのシフトを研究者に求めている。

 要するに顧客の直接的な問題を解決するための研究に重点を置くということで、そのためには顧客の元に赴いて、一緒に問題に取り組む時間を増やすように、という話である。当然ながらこの方針変更は基礎研究に携わっていた研究者の反発を買うことになり、少なからぬ研究者がこの時期にIBM Researchを去っている。

 さて、これに続いて行った一連の改革は、ハードウェアからサービスへの転換と理解されている。これまでIBMのビジネスの主体はハードウェアを売ることであり、それに付随して(ハードウェアを売るために)ソフトウェアを売っていた格好だが、ここから同社は急速に主役を入れ替えていく。

 まず最初に手掛けたのはGlobal Service Divisionへのテコ入れである。これまで同部門は単にIBMの製品を販売するだけだったが、Gerstner氏はこの部門を顧客が抱える問題を解決する場所に変えた。この結果、同部門は1994年から急速に売上を伸ばし、1995年にはそれまで業界トップだったEDS(Electronic Data Systems:2008年にHPにより買収される)を抜く売上高を記録することになる。

 余談だがEDSを率いていたのは、1992年と1996年のアメリカ大統領選に出馬したことでも有名なHenry Ross Perot氏である。Next Computerへの出資にも絡んで連載436回でもチラっと名前がでてきている。

 あと、EDSは気が狂った(誉め言葉)CMで有名である。“EDS Airplane”、“EDS Cat Herder”、“EDS Suki”、“EDS Running of the Squirrelsあたりを検索してもらえば、YouTubeなどで引っかかるはずだ。

カテゴリートップへ

この連載の記事

注目ニュース

ASCII倶楽部

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン