このページの本文へ

日本経済の成長を妨げるのはデフレではなく「隠れた物価上昇」だ

2019年01月23日 06時00分更新

文● 鈴木明彦(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
企業の隠れた値上げが始まっている(写真はイメージです) Photo:PIXTA

「デフレで苦しむ日本経済」と決まり文句のように言われてきた。

 しかし、消費者が嫌うのはデフレではなくインフレだ。だから、企業は価格の引き上げを避けようとする。

 しかし、こうした価格戦略が、販売価格は変わらなくても量を減らす「単価のアップ」やサービスなどを落とす「質の劣化」という「ステルス・インフレ(隠れた物価上昇)」を引き起こす。

 このことに消費者は肌感覚で気が付いている。「体感物価」を見ると、日本は立派なインフレだ。

消費者物価は
今年も上がりそうにない

 日本の物価はなかなか上がらない。

 昨年12月の消費者物価は、生鮮食品を除いたベースで前年比+0.7%と小幅な上昇であり、さらにエネルギーも除けば+0.3%とほとんど横ばいだ。

 加えて、昨年終わりごろから原油価格が大幅に下落した。足元ではやや反発してきているが、原油価格下落は消費者物価を下げる要因として今後、効いてくる。

 さらに、4月には携帯通話料金の引き下げ、10月には幼児教育の無償化が予定されおり、物価指標を大きく押し下げる要因になりそうだ。消費者物価の伸びが前年比で再びマイナスになってくるかもしれない。

 政府や日本銀行は「これは一時的な動きであり、持続的な物価下落、すなわちデフレではない」と、主張するだろうが、日本の物価は上がりにくいことを改めて印象付けることになろう。

「デフレ脱却」をスローガンにする安倍政権がそんな時に消費税率を10%に上げられるのか心配になってくる。

 もっとも、物価が上がらなくなることによって、消費増税による実質所得の目減りが緩和される。デフレ脱却が遠のくことが、日本経済にとってプラスに作用するというのも皮肉な話だ。

「デフレ」をもたらした
企業の低価格戦略

 なぜ日本の物価は上がらないのか。

 日銀が大胆な金融緩和をしないから物価が上がらないのだ、と、いわゆるリフレ派を中心にさんざん言われてきたが、黒田日銀総裁による異次元の金融緩和をもってしても一向に物価が上がってこない。

 この状況を見れば、金融緩和の問題ではないことははっきりしてきた。

 日銀当座預金残高が激増したからといって実体経済や物価には影響がないことは最初から分かっていたことだ。

 デフレの原因を人口の減少あるいは高齢化といった人口動態に求める説もある。

 確かに、需要の拡大が抑えられることは、物価の上昇圧力を弱めるだろう。また、賃金が上がらないから物価も上がらない、という見方も有力だ。

 懐具合がさみしければ多くの人は価格の上昇を受け入れる余裕がなくなり、人件費比率の高いサービスの価格が上がりにくくなる。

 おそらく、こうした要因が日本の物価を上がりにくくしていることは事実だろう。

 しかし、一番、重要なことは、日本企業が価格引き上げに慎重であり、価格引き下げを販売促進のツールとしていることだ。

 需要や所得が伸び悩んでいるのに価格を引き上げれば、販売が減少することは目に見えている。日本企業は、売り上げシェアへのこだわりが強い。

 シェア低下を恐れて低価格を維持する低価格戦略がデフレをもたらした大きな要因と言えよう。

消費者の「体感温度」は
プラス5%の「インフレ」

 だが、消費者が感じているインフレ率はもっと高い。

 日本銀行が3ヵ月ごとに行っている「生活意識に関するアンケート調査」では、「1年前に比べ現在の物価は何%程度変わったか」という実感を尋ねている。

 最新の12月調査では平均5.0%物価が上がっているという結果になっている。もし、この「体感物価」が正しいなら、2%の物価目標をすでに達成しているだけではなく、高インフレの心配をしないといけない。

 なぜ、物価統計の数字と体感物価はこんなに差があるのか。

 まず、日銀のアンケート調査に回答する人が、調査時点の物価動向をピンポイントで体感しているとは考えにくい。おそらく、過去1年ぐらいの物価の動向を無意識のうちに合成しているのではないか。

 また、たまにしか購入しない品目よりも、頻繁に購入する品目の価格動向の方が体感物価に大きく影響するだろう。

 そこで、「生鮮食品を除く総合」と「頻繁に(1ヵ月に1回程度以上)購入する」という二つの系列の四半期データを後ろに4四半期ずつずらしながら平均を計算して(4四半期後方移動平均)、日銀のアンケート調査で示された体感物価の平均と比べてみた(図表1)。

 これを見ると、同じように変動していることが分かる。特に、「頻繁に購入する」の系列は体感物価との連動が強そうだ。

 しかし、それでもまだかなり乖離がある。ほとんどすべての期間で、体感物価の方が物価統計より高い数値を示しており、高めの数字を回答する傾向があることは否定できない。

 物価変動の感じ方には個人差があるだろうが、体感物価には大きく3つの要素が影響すると考えられる。

 まず、頻繁に購入する品目を中心にした表示価格の変動だ。それが体感物価の核になる。そこに2つの「ステルス・インフレ(隠れた物価上昇)」の要素が加わる。

 1つは、内容量の減少による単位当たりの価格の上昇であり、もう1つは品質の低下による実質的な値上げだ。

いつの間にか減っている中身
サービスなどの質が劣化

 先ほども書いたように、消費者の所得があまり増えていない日本では、店頭価格を上げることはちゅうちょされる。

 そのため、原材料価格や人件費が上がってきた時に、そのコストアップを内容量の減少で吸収したり、材料の品質を落としたりすることによって、販売価格の上昇を抑える傾向があるようだ。

 消費者物価統計では、こうした量や質の変化があった場合にはそれらを調整することになっているのだが、実際には難しい。

 しかし、感覚の鋭い消費者はごまかせない。まず、少し細かな人は、単価の推移を考えるだろう。

 外観は同じでも、1000cc入っていたはずの牛乳やジュースが900ccになっていたり、一箱に10皿分入っていたはずのカレーのルーがいつの間にか8皿分になっていたり、というのはよくあることだ。

 石鹸や洗剤など頻繁に購入される日用品では、こうした数量の減少は珍しくなく、体感物価を高める要因となる。

 もっとも、このぐらいは消費者物価の調査では把握できているはずだ。しかし、例えば、回転ずしの一つひとつが小さくなっていても、それを量の減少として把握するのは難しいだろう。

 表示価格が下がっていても単価が上がっているのであればインフレだが、物価統計に100%反映できていない。

 さらに、こだわりのある人は、モノやサービスの価格が質に見合ったものかどうかを考えるだろう。同じ価格で売られていても、質が落ちたと思えば、値段が上がったと感じることになる。

 こちらは、物価統計で捉えるのがかなり難しい「ステルス・インフレ」だ。

 しかし、良いものを選ぶ鋭い感覚を持った消費者をごまかすことはできない。「安かろう、悪かろう」という戒めは昔から言われていることだ。

 ウール100%のセーターであっても材料の違いで肌触りは違ってくる。大豆の質を落とせば豆腐もおいしくなくなる。さまざまな原材料価格が上がってきた時に、販売価格を上げられない中で質の劣化が起きているのではないか。

 サービスの分野でも、宅配などで配達頻度が落ちるのであれば、サービスの質の低下である。人手不足のレストランでは以前に比べて給仕のサービスが悪くなっている。価格が同じであれば実質的な値上げが起きたということだ。

 最近、よく耳にする検査偽装やデータ改ざんも、品質の劣る製品を高く買わされていたということになる。

 図表2は、体感物価と消費者物価の乖離が品質の低下を示唆していると仮定し、投入物価の推移と比較したものだ。

 これを見ると、投入物価の上昇がある程度の時間差をもって品質の低下をもたらしているように読める。

「隠れた値上げ」広がれば
成長の妨げになる

 日本経済のデフレを長引かせてきたのは、消費者の所得が伸びない中で、企業が、コストの上昇を量の減少による単価アップや質を落とすことによって吸収し、価格の上昇をできるだけ抑えてシェア拡大を目指す、こうした行動をとってきたことが一因と言えよう。

 だが日本経済は、量の拡大によって成長することが難しくなっている。それだけに、質を高めることによって成長していくことが重要だ。

 そのことを考えると、「ステルス・インフレ」によって利益を確保しても、長い目で見れば、成長戦略にはならない。

 日本経済の問題はデフレではなく、質の劣化を伴う「ステルス・インフレ」の広がりだ。

(三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部研究主幹 鈴木明彦)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

最新記事
最新記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ