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中国の人民日報が日本のW杯での「清掃」を称賛する理由

2018年07月19日 06時00分更新

文● 吉田陽介(ダイヤモンド・オンライン

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決勝トーナメント1回戦後、ゴミ拾いをする日本人サポーター
Photo:AFLO

日本代表と観客に
中国メディアが賞賛の声

 7月3日、サッカーワールドカップでベルギー代表チームに3−2で敗れた日本代表。だが、彼らが試合後に取った行動を、中国の市民たちが称賛している。

 7月4日付けの『人民日報』は「ゴミを片付けることから始めよう」という記事を掲載。日本代表チームが自分たちが使ったロッカーをきれいにし、試合を観戦した日本人サポーターも、自分たちの座席の周りのゴミを片付けたことについて取り上げていた。

 その中で、チームが負けたのに、すぐに心を切り替えてファンに感謝し、ロッカーをきれいにすることは、高いプロ意識とマナーのよさを示したとして、日本チームと日本サポーターを称賛している。

 記事は、さらに次のように述べ、日本人のマナーのよさを称賛している。

「ロッカーや、自分の座席周りのゴミを自分で片付けることは、難しいことではない。難しいのは、こういう習慣を続けることだ。世界には多くのチームがあり、多くのファンがいるが、自分たちの出したゴミを持ち帰るのはたぶん少ないだろう。ゴミの片付け自体は大きなことではない。だが、そういう小さなことから選手のプロ意識と、サポーターのマナーのよさが分かるのだ」

学ぶ姿勢を忘れるなと
SNSでも拡散

 この記事は、たちまちネット上や中国のSNS微信(WeChat)上で広まり、微信のモーメンツ上で拡散していた人も少なくなかった。

『人民日報』は中国共産党の機関紙なので、日本がらみの話題と言えば、政治問題への批判や、日中友好に取り組む人たちの紹介が多く、今回のような政治抜きの話題を取り上げ、称賛したのは珍しい。こうした動きは、日中関係が改善しているからとも解釈できる。だが、筆者は、次のようなことも述べようとしているのだと思う。

 第一に、中国は確かに世界の大国となったが、まだまだ世界に学ぶ必要がある。現在、中国は世界第2位の経済大国であり、キャッシュレス決済やシェアリング経済など一部の分野は進んでいる。

 そうしたことを背景に、『すごいぞ、わが国』というドキュメンタリー映画を作り、「中国=すごい国」という認識を広めようとしている。これは、国をまとめる上で必要なことかもしれないが、このようなことばかり強調していると、「中国は傲慢な国」といったイメージになってしまう。まだ遅れている部分もたくさんあるので、世界のよいものを学ぶという姿勢を忘れるなと言っているように思えるのだ。

 第二に、人々に「公共意識」を持てと呼びかけようとしているんのではないか。以前もコラムで書いたことがあるが、中国人は「公と私」の観念が曖昧だ。だから、「公共の場」という意識も欠如しており、道に平気でゴミを捨てる人、大声で話す人、さらにはバスや地下鉄で飲食し、そのゴミを持って降りない人などは当たり前にいる。

 しかし、このような行為は世界的に見れば「非文明的」な行為に当たり、ひいては中国の国際イメージにも影響する。ゆえに、中国人一人ひとりが「公共意識」を持った行動を取らなればならないとこの記事は説いているのだろう。

 ネット民たちはこの記事に対し、どう反応したのだろうか。

 この記事が転載された別のサイトでの書き込みを見ると、多くのネット民たちは「日本人はマナーがいいので、見習わなければならない」「日本の民度は確かに高い」「日本人は小さい頃からそうやって教育されてきたのだから、そういうことができるのだ」という声が多かった。

 だが、一部には、「権威あるメディアが小日本の記事を紹介するとはね」とか、「日本はやりすぎだ。欧米に右へ倣えしている」という否定的な意見もある。

 その一方で、「中国のサポーターだってゴミを拾えるんだ。ただ、中国は機会がなかったんだ」「中国サポーターだってゴミ拾いしているんだ」と、日本だけが賞賛されることに疑問を呈する声もあった。確かに、アジア予選などでゴミ拾いをしている中国人サポーターの姿もあったが、中国人は「マナーが悪い」というレッテルを貼られているので、あまり目立たなかったのだろう。

席の“争奪戦”を引き起こす
発展の“地域格差”

 この記事がネット上で話題になったのは、日本人のマナーのよさに対する一種の「憧れ」があるのではないだろうか。

 中国人のマナーは一時期に比べてよくなったとはいえ、中国は発展の“格差”が大きく、いまだマナーの悪い人も大勢いる。知人の中国人も「日本人はマナーがいいけど、中国人は本当にだめだ。モラルがなさ過ぎる」と語り、一部のマナーのない人たちに顔をしかめている。そういう意味で、中国人の大半が日本のようになるのには、まだまだ時間がかかるだろう。

 都市部では、外国滞在の経験があったり、外国人との接触が多かったりする人が少なくないので、マナーが悪いと外国メディアを通じて世界に知れ渡り、自国の国際イメージに影響することは分かっている。それに対し、農村部から出てきた出稼ぎ労働者たちは自分たちが豊かになることを優先して、他の人のことは考えない。

 筆者の住んでいる北京の地下鉄を見ると、中国の発展レベルの“格差”が理解できる。北京の地下鉄1号線は、北京の天安門広場や有名な繁華街である王府井などと、比較的所得の低い人たちの住むベッドタウンを通るため、乗客は北京郊外に住む農民工や地方の観光客が多い。乗る際は席の“争奪戦”になるし、農民工とおぼしき乗客は基本的に老人や子どもに席を譲ることはない。

 それに対し、ビジネス街や大学を通る10号線や4号線はホワイトカラーが多いため、席を譲る姿をよく見かけるし、1号線ほど“無秩序な席の争奪戦”は見られない。こうした“格差”が続いている理由には、中国の発展のレベルが不均衡であることはもちろんだが、大都市は人口の流動性が激しいという点もある。

 都市に出てくる出稼ぎ労働者も、一定期間が過ぎればさすがに都市の生活に慣れ、公共の場で常識を欠いたことはあまりしなくなる。しかし、春節(旧正月)後は、労働者が大きく入れ替わるため、再び“格差”が大きくなるのだ。

中国人は痕跡を残すために
落書きをする

「中国と日本の文化的違いの大きな要因だ」

 筆者の微信のモーメンツ上にこんなコメントがあった。そして次のように続けられていた。

「日本チームの振る舞いは、日本人の『立つ鳥跡を濁さず』という習慣から来ているもので、自分たちが去っていくときは、なるべく来たときと同じようにするように努める。だが、中国には『雁は飛び過ぎる時も声を残す』という言葉があり、自分の痕跡を残そうとする。日本と中国の文化はやはり違う」

 このコメントは筆者の興味を引いたので、別の中国人の友人に聞いたところ、「雁は飛び過ぎる時も声を残す」という言葉は、自分がその場を去ったとしても、相手の心の中に自分という存在が残っているという意味で、何も片付けをしないということではないという。

 さらに、他の友人に聞いてみると、それは自分がそこにいたことを示す意味で、悪い意味でも使われるという。さらにその友人は「万里の長城など貴重な文化遺産に落書きをする不届き者もいますから、中国人は日本人の姿勢に学ぶべきです」と語った。

 また、よく聞く話だが、中国人はレストランや食堂で食事するとき、魚や鶏の骨を机の上に捨てて、立ち去るときもそのままにしている。それは「私は金を払って食べているのだから、掃除する人が片付けるのが当然」という考えもある。

 ただ、こうした行為に対し中国人も、後に使う人のことも考えなければならないという意識を持ちつつある。

日本とのモラル格差は大きい
さらなる発展が必要

 中国の街中には、実に多くのスローガンが見られる。それらは政治的なものもあれば、現在の社会問題を示しているものもある。

 例えば、公衆トイレの男性用便器に「一歩前へ出ることは、文明への大きな一歩」というスローガンが貼ってある。そんなスローガンは、日本ではあまり見かけない。それだけ公衆トイレを汚す中国人が多いからだ。こうしたスローガンが出てくるのは、関係部門も現状ではいけないと思っているからだ。

 スローガン以上に、人々の意識を変えているのはネットだ。今は携帯電話で気軽に動画を撮れるため、「非文明的行為」はネット上で拡散され、批判の対象にされる。それは、一歩間違えれば特定の個人に対する誹謗中傷につながるという危険性をはらんでいるが、「反面教師」として利用できるという利点もある。

 ただ、ネット空間も「公共の空間」という意識を持っていないユーザーもいるため、真の“監督機能”を発揮するにはまだ時間がかかる。そのカギとなるのは、モラルの向上だが、中国は国が大きいためなかなか難しい。あるネットユーザーは、現在の中国の状況について次のように指摘している。

「中国人と日本人のモラルの違いは10年、20年で追いつくものではない。歴史を見ると、日本は中国から学んできたが、現在は中国のほうが日本に学ぶ必要がある。高学歴だからといってモラルが高いわけでないし、経済成長率が高いからといって民度が高いわけでもない。世界での影響力をさらに高めるには、経済や軍事の他に、文化面や文明面での発展も不可欠だ」

 中国はこれまで経済成長の拡大に力を入れてきた。だが、今後は生活の質や教育、マナーの向上など力を入れる必要があり、それが「新時代」の大きな課題となるだろう。

(フリーライター 吉田陽介)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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