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日本が貿易戦国時代に生きる道は米中以外との「合従策」だ

2018年06月06日 06時00分更新

文● 鈴木明彦(ダイヤモンド・オンライン

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“貿易戦国時代”に日本が生きる道は

 米中間の貿易摩擦が厳しさを増している。振り返れば、80年代、90年代には日米間でも激しい貿易摩擦があった。米中、日米どちらの摩擦も、多額の対米黒字を計上していたという点では同じだが、米中摩擦は世界的な貿易戦争を引き起こす危険性を秘めている。

 米中二大国に挟まれた日本は、片方の陣営に肩入れすることなく、自由貿易体制を守るという価値観を共有できる仲間を増やすべきだ。

米中摩擦は日米摩擦と違う
中所得の「大国」中国の輸出主導は続く

 米中貿易摩擦とかつての日米貿易摩擦とはどこが違うのか。まず、日本と異なり、中国は中所得国のまま世界第2位の経済大国となった。

 図表1は日本と中国のマクロ経済指標を米国=100として指数化し推移を見たものだ。

 現在の中国のGDPの規模は米国の6割程度であり、90年代半ばの日本とほぼ同じだ。だが大きく違う点がある。

  一方、中国の1人当たりGDPは約8000ドルであり、米国の1~2割程度にすぎない。90年代中頃の日本の1人当たりGDPが、円高によるドル表示価値の拡大が影響しているとはいえ、米国の水準を大きく上回っていたのとは対照的だ。

 さらに、中国の輸出規模は米国と肩を並べている。日本がピーク時でも米国の3分の2程度だったのと比べると中国の存在感は大きい。なお、この数字はサービスも含めた輸出であり、財に限れば中国が圧倒的な輸出第1位の国となる。

 所得水準が高まっていた日本であれば内需主導の経済成長に転換すべきというロジックが通じるが、中国はまだまだ輸出主導で高い成長を遂げて所得水準を上げたいと思っている。

 しかも輸出規模はかつての日本の水準を大きく上回り、すでに米国と肩を並べている。米国にとって、今の中国の脅威はかつての日本よりはるかに強力だと感じているはずだ。

バターより大砲を選んで
「強い国」を目指す

 第2に、中国はバターより大砲を選ぶ。図表2は、研究開発費と国防費について図表1と同様な比較をしたものだ。

 日本はピーク時でも研究開発費は米国の4割強、国防費は2割弱だったのに対して、中国はどちらも2000年代に入って急速に拡大し、研究開発費は米国の9割、国防費は4割程度の水準に達している。

 研究開発費の拡大はハイテク産業の発展を意味すると同時に、国防力の近代化にも貢献しているはずだ。

 所得水準はまだ中所得国だが、経済規模の拡大に合わせて、あるいはそれ以上のペースで研究開発費や国防費が増えていく。中国では限られた資源の配分がバターよりも大砲に向かっていることになる。

 この点でも中国は、西側陣営であり米国の安全保障の傘の下にいた日本とは異質な経済大国として台頭したといえる。というよりも、大国を卒業して「強国」を目指していると考えた方がよさそうだ。

「夢」は中華民族の偉大な復興
「トゥキディデスの罠」に陥る恐れ

 実際、昨年の共産党大会では「社会主義現代化強国」を目指す方針が打ち出された。所得水準が上がってくれば、民主化や自由化が進んでくるという期待は幻想だったようだ。

 また、米中交渉で米国が問題視している、中国の製造業の発展戦略「中国製造2025」を見ると、2020年までに製造業大国としての地位を高め、2025年までに、製造業全体の質を大きく上げて、製造強国の仲間入りを目指すとしている。ここでも大国から強国へという中国の戦略が打ち出されている(図表3)。

「中国製造2025」で示された5つの基本方針、9つの戦略の任務と重点、10の重点分野を見る限り、日本の成長戦略と同じような項目が並んでいる。

 しかし、その前文を見ると、「世界の製造業の発展を率いる製造強国へと中国を発展させ、中華民族の偉大な復興という『中国の夢』実現に向けた基礎を固めなければならない」とある。

 市場における民間企業の競争というより、「覇権国」を目指す国同士の戦いが意識されているようだ。

 米国にとっては、バターより大砲を選ぶ中国との交渉は、自国の安全保障の傘の下にいた日本との交渉と全く異なる。米中貿易交渉は日米とは異なる次元の「戦い」となり、容易に決着しないだろう。

 ハーバード大学のアリソン教授は、緊張感が増す米中関係を、新興国(中国)の台頭が覇権国(米国)にとっての不安となり、多くの場合、戦争に至ると警鐘を鳴らし、このことを「トゥキディデスの罠」と呼んでいる。

 古代ギリシャ時代、台頭するアテネと覇権を握るスパルタが当初はお互い望まなかったが、覇権を争う中でついには直接的な抗争に至ったことを、古代アテナイの歴史家、トゥキディデスが教訓として語ったことに由来する。

米中関係はむしろ
太平洋戦争前夜の日米関係に似る

 ちなみに、アリソン教授は、「トゥキディデスの罠」として16の事例を検証しているが、その中に日本がかかわった事例が二つある。

 1つは、中国・ロシアに対して東アジアにおける覇権を争った日清・日露戦争であり、もう1つは、米国に対してアジア太平洋における覇権と影響力を争った太平洋戦争だ。

 今の米中の対立の構図は、80年代、90年代の日米貿易摩擦ではなく、太平洋戦争前の日米対立と比較すべきものかもしれない。

 たださすがに、米国も中国も本当に戦争を始めたら悲惨な結果を招くことはよく理解しており、それが戦争に対する抑止力になるだろう。米中が戦争に至る可能性は小さいと考えたい。

 しかし、「トゥキディデスの罠」のような状況が米中間に起こっており、それが貿易・経済戦争をもたらす可能性は否定できない。

 実際、小競り合いは始まっている。

 米国は、安全保障上の脅威だとして鉄鋼やアルミの輸入に高関税を課している。これは、中国に限定されたものではないが、中国は対抗上、米国産の豚肉やワインなどに高関税を課している。そして、対象額500億ドルという大規模な高関税の用意があるとして、互いに威嚇し合っている。

 大規模な関税の掛け合いを回避するための交渉は始まっているが、米国の要求は(1)対中赤字を2年間で2000億ドル削減、(2)「中国製造2025」による補助金の停止、など強硬なものだ。

 2017年に3800億ドルであった対米黒字を2年間で半分以下にするなど、中国が完全な社会主義経済にでも戻らなければできない相談だ。また、「中国製造2025」による補助金の停止も、他国の成長戦略を止めろと言っているようなもので、中国にしてみれば内政干渉だ。

覇権を争う米中を軸に
“貿易戦国時代”に突入

 厄介なことは、米中対立が続くだけでなく、貿易戦争の種が世界に広がりかねないことだ。

 貿易赤字を容認しないトランプ大統領は、NAFTA(北米自由貿易協定)や米韓FTA(自由貿易協定)の見直しだけにとどまらず、鉄鋼・アルミの高関税を全世界に適用することにし、さらに自動車にも高関税を適用することを検討し始めた。

 まるで米国が中心となって作ってきた世界の貿易秩序を自ら破壊して、世界を敵にまわそうかというふるまいだ。

 一方の中国は、米国に代わって自由貿易を推進すると主張している。

 しかし、2001年にようやくWTO(世界貿易機関)に加盟した中国は、自由貿易のメリットを最大限に享受して財の取引では世界最大の輸出国となっているものの、自ら先頭に立って自由貿易を推進しているわけではない。

 中国は、自国を中核に据えた「一帯一路」の網を広げているが、これは世界共通のルールではなく、中国のルールを自分の経済圏に適用しようとしているかのようだ。

 戦後の世界貿易の枠組みを形成してきたGATT(関税及び貿易に関する一般協定)やそれが発展したWTOを軸にした貿易自由化は行き詰まっている。米国がグローバルな自由貿易の推進に興味を失い、2国間主義へのこだわりを強めるのにつれて、あちこちで貿易戦争が起こるようになる。

 パクス・アメリカーナ(米国の平和)の時代が終わっても、パクス・シニカ(中国の平和)の時代が来るわけではない。

 まさに貿易戦国時代の様相を呈するようになってきた。

大国と小国の関係は
昔も今も合従連衡

 日本はかつてのように覇権国に挑むことはなく、「トゥキディデスの罠」の当事者になることはなくなった。しかし、戦いに巻き込まれるリスクはある。どうしたらよいか。

「トゥキディデスの罠」は古代ギリシャ(紀元前5世紀のペロポネソス戦争)から学ぶ教訓だが、この時代の中国は春秋戦国時代であり、大国である秦とその周りの小国との間で「合従連衡」が繰り返されていた。

 大国と小国の関係を考える上では、こちらの話が参考になる。

「合従連衡」という言葉は企業のM&Aに関連して使われることが多いが、本来は外交戦術を表す言葉だ。

 中国の戦国時代に強大な秦に対抗するために、その東側に南北に連なる趙、魏、韓、燕、斉、楚の6ヵ国が縦に連合したのが「合従」であり、この6ヵ国と秦との間で個別に横に連携した策が「連衡」である(図表4)。

「連衡策」は今風の言葉でいえば2国間主義だ。

 大きくて強い国は昔から、自分の強い立場が発揮できる2国間交渉が基本だ。中国が進める一帯一路も中国が各国と一対一で結ぶ覚書の集合体である。

日本の進む道は「合従策」
米国抜きのTPP11は重要

 米中間の貿易交渉が厳しさを増す中で、米国も中国も日本を自分の側に取り込もうとするだろう。

 こうした米中の「連衡策」に対して日本がとる道は「合従策」だ。日本は世界第3位の経済大国だが、覇権を求めないという意味では小国の道を歩んでいる。

 米国が離脱した後のTPP(包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定:TPP11)はまさしく「合従策」だ。

 米国が離脱して風前の灯となったTPPだが、日本がイニシアチブをとって残りの11ヵ国で合意に持ち込んだことは高く評価したい。日本は自由貿易推進のための足場を得たからだ。

 TPP11に新たに参加を希望する国が出てきていることは心強い。

 ところで、4月の日米首脳会談の記者会見で、安倍首相が「TPPが日米両国にとって最善と考えている」と強調した。しかし、米国がTPPに復帰などされたら大変なことになる。TPPが発効することなく、米国が離脱してくれたことは不幸中の幸いだったのだ。

 TPPが発効した後に離脱、あるいは協定見直しなどと言われたら、かなり面倒なことになったはずだ。

 そうであれば、外交辞令であっても米国に対して「TPPに復帰してもらいたい」などと言わない方がよい。安倍首相の求めに対して、トランプ大統領が「米国にとって2国間の貿易協定の方が望ましい」と答えてくれたのは幸いだった。

 万が一、元の合意内容のままでよいから復帰するなどと米国が言い出したら。日本としては拒めない。トランプ大統領なら、TPPに復帰した上でもともとの合意内容を米国に有利なように強引に変えてしまうだろう。下手をすると、日本にとって虎の子のTPPが崩壊しかねない。

 そもそも、大国である米国が戻ってきたらTPPは「合従策」ではなくなり、大国である米国陣営の集まりになってしまう。日本が主体的に行動できる多国間のEPA(経済連携協定)を手にすることができたのは奇跡といってもよい幸運だ。

 米国抜きでこうしたものを作ろうとしたら、間違いなく米国が横やりを入れてきたはずだ。

 もちろん、トランプ大統領の米国との日米FTA交渉は厳しいものになるだろう。できれば回避したいところだが、TPPに米国が復帰してくることを考えれば、はるかにましだ。

 トランプ大統領が作り出した貿易戦国時代を日本が生きる道は、TPP11という「合従策」だ。

 ちなみに、春秋戦国時代の合従連衡は「連衡策」の勝利に終わり、秦の始皇帝の時代を迎える。しかし、現代の「合従策」は大国と戦争することが目的ではない。

 米中間の大国の覇権争いに巻き込まれることなく、自由貿易推進という価値観を共有できる仲間を増やしていくためのプラットフォームとなるものだ。自らの立ち位置がしっかりしていれば、大国との2国間交渉にもプラスに働くはずだ。

(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部研究主幹 鈴木明彦)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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