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昨年2月に発売されたトヨタ自動車の新型「プリウスPHV」のバックドアには三菱ケミカルの炭素繊維製の基材が使われている |
「この1年は、自動車会社が鉄以外の材料の限界を強烈に感じた1年だったんじゃないか」。5月15日、林田英治・JFEホールディングス社長は鉄の将来性に自信を見せた。
電動化が進み、軽量化ニーズがぐっと高まる自動車業界では、鉄に代わる軽い素材がもてはやされている。中でも、鉄の4分の1の軽さでありながら10倍の強さを持つ炭素繊維は「夢の素材」といわれる。かねて、炭素繊維で強化されたプラスチックは、鉄の強敵になると懸念されてきた。
ただし、林田社長が語るように、炭素繊維には弱点がある。例えば、とにかく価格が高い。鉄が1キログラム当たり100円程度の世界で勝負しているのに対し、炭素繊維は同2000円前後もする。
「これだけ採用が増えても意外にコストが下がらない」。林田社長は、この1年であらためて認識された炭素繊維の量産効果の限界を主張する。確かに、炭素繊維は原料をじっくりじわじわ焼かねばならず、1本の製造ラインで造れる量が限られる。
だからこそ素材メーカー関係者は、「鉄のお株を全て奪えるなんて、はなから思っていませんよ」と口をそろえる。長く炭素繊維は、費用対効果の高い航空機や数百万円台後半~数千万円するような高級車にしか使われてこなかった。
プリウスにも採用
しかし、謙遜の言葉とは裏腹に、素材メーカーは弱点に向き合いながら虎視眈々と商機を狙ってきた。特に短時間で部品に成形できる炭素繊維製の基材の開発などにより事実、状況は変わり始めている。
トヨタ自動車が昨年2月に発売した量産車「プリウスPHV」のバックドアの骨格には、三菱ケミカルの炭素繊維製の基材が採用された。今秋、米ゼネラル・モーターズが発売するピックアップトラック(こちらも量産車)の荷台の構成部品にも、帝人の炭素繊維強化プラスチックが使われる。
業界首位ながら量産車へのアプローチが遅れる東レも、今年3月に過去最高の1200億円を投じてオランダの会社の買収を決定。前出の2社に比べて不足していたノウハウを手に入れ、量産車への早期採用を目指す方針だ。
炭素繊維は確かに高い。だが炭素繊維強化プラスチックなら、鉄の場合だと溶接が必要になるような大型の部品も一気に成形できるなど、加工を含めた製造工程全体のコスト低減も提案できる。電動化を機に自動車産業への参入をもくろむIT企業といった新興勢は、維持するべき製造設備や人材を持たないため、ためらいなく新素材に傾きかねない。
問題視されるリサイクルも、技術的には可能となり、炭素繊維は「限界」のハードルを着々と越えつつある。素材の王者・鉄鋼メーカーとて、気を抜いた瞬間、足をすくわれる恐れが否めない。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 新井美江子)
※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら
