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ピーチとバニラ統合の陰に「パイロット不足」の深刻な実情

2018年04月25日 06時00分更新

文● 藤野ゆり(ダイヤモンド・オンライン

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先日、ANAホールディングスは傘下の格安航空会社(LCC)、ピーチ・アビエーションとバニラ・エアの統合を発表した。2019年度末をめどにピーチがバニラの事業を譲り受け、ブランドもピーチに一本化する方針だ。日本のLCC業界を牽引してきた2社の統合の背景には、航空業界の深刻なパイロット不足が少なからず影響しているという。なぜそんな事態になってしまったのか。(清談社 藤野ゆり)

LCCのシェア拡大が生んだ
深刻なパイロット不足

ピーチとバニラの経営統合の要因の1つとして指摘されるパイロット不足。航空需要が増大する一方で、十分な人数のパイロットを確保することが難しくなることが予想されている

 先日発表されたピーチとバニラの統合。海外LCCとの競争激化によって、価格競争に悩まされてきた2社にとっては、生き残りをかけた大きな決断となった。この統合の1つの要因として指摘されているのが、業界全体の人手不足、とりわけ「パイロット不足」である。

「LCCに限らず、今空業界全体がパイロット不足、特に深刻な機長不足に陥っています。その背景には2010年のJALの経営破綻によって、高齢の機長が大量に退職を余儀なくされたことにあります。退職した機長たちは次々に設立されていたLCCに再就職しましたが、LCCはコストを抑えるために、必要最小人数の機長しか雇えませんでした」

 そう語るのは、元日本航空機長で運航安全推進部長などを務めてきた、航空評論家の小林宏之氏だ。

 業界全体がパイロット不足に陥る一方、パイロットの需要は年々増大している。国際民間航空機構の統計によれば2030年、国際的にパイロットの必要数は現在の2倍以上、アジア太平洋地域に限定すれば、現在の4.5倍も必要になると予測されている。

「LCC利用率は、ヨーロッパで約40%、東南アジアは約50%と、急速にシェアを拡大しています。パイロット数の逼迫の要因には、航空需要の高まりと飛行機の大型機から中小型機への流れがあります。以前は飛行機といえばジャンボが主流でしたが、特にLCCの場合はコストの関係で中小型機がメインになる。ジャンボで一気に500人運べていたところを、中小型機にすると定員は100~200人程度に減ってしまうため、何度も便を飛ばさないといけません」(小林氏、以下同)

 機材の大きさにかかわらず、フライトには機長と副操縦士、2人のパイロットが必要なため、便が増えればおのずとパイロットの必要数も増える。さらに、2020年に控える東京オリンピック・パラリンピックに向けて訪日外国人の増加も予想され、航空便の増加も避けられない。

 一方で、パイロットの育成には時間も費用もかかり、なかなかすぐに対応できないのが現状だという。

「完全な素人が副操縦士になるのに必要な免許を取るためには、最低でも2年から2年半の期間と1200万以上の費用がかかり、非常に高額でハードルが高いのです。そして実用機の訓練に1年半前後かかる。機長となると厳しい訓練、経験が必要なため、さらにそこから免許を取るために10年かかることもあります」

航空業界を悩ませる
パイロットの「2030年問題」

 このままパイロットの需要と供給のバランスが崩れていくと、アジア太平洋地域では、30年に年間約9000人のパイロットが不足すると予想されている。これが航空業界で「パイロットの2030年問題」と呼ばれるもの。もちろん日本も例外ではないという。

「現在、日本のパイロットは、バブル期の大量採用で入社した40代後半から50代がボリュームゾーン。つまり、定年退職を控えたパイロットで占められているのです。今から10年後の30年頃になると大量退職者が発生し、年間400人規模で新規パイロットの採用をしなければならない事態が訪れるといわれています」

 現在の新規パイロットの供給人数は年間でせいぜい300人で、そのパイロット需要を満たすことは困難であると予測される。

「日本では対策として、以前は60歳前後だったパイロットの定年を、現在は67歳まで伸ばしています。しかし、パイロットは多くの人命を預かる仕事なので、健康面、技量面、本人のモチベーションといった要素がそろわなければ継続することは難しい。パイロット不足を埋めるには、定年延長は短期的な策でしかありません」

 外国人パイロットの活用も考えられているが、世界的なパイロット不足となれば、大手航空会社に比べてコストを抑える必要があるLCCが優秀なパイロットを確保することは難しい状況だ。

 減っていくパイロットと、増えゆく需要。そこで30年に向けて、各社はパイロットの自社養成に力を入れ始めている。

仮にパイロットを増やせても
安全性の担保が問題に

「自社養成とは、飛行機のライセンスも何も持ってない人を、自分の会社で一から育てること。大手のJALやANAと、スカイマークなど一部の新規航空会社が行っています。ただ、これは非常にコストがかかる。例えば、普通の大学生を副操縦士にするまでには、実機やシミュレーターなど最新の機材を使用するため、5000万円以上の訓練費がかかるといわれています」

 今回、統合を発表したピーチも来年以降、パイロットの自社養成を始めることを予定している。それだけ人手不足は深刻であり、だからこそバニラとの統合によって人員を確保できるというメリットがあったわけだ。

 しかし莫大な訓練費がかかる自社養成は、エアライン経営にとって大きな負担になる。

 また、そのほかにも航空大学校の定員人数を1.5倍に増やしたり、私立大学に操縦士のための課程を新設したりするなど、民間の養成機関でもパイロットを増やそうという動きもあるが、現在のペースでは「パイロットの2030年問題」を解決できるほどの規模にはならない。さらに、仮にパイロットを増やせたとしても、新たな問題が発生すると小林氏は語る。

「最大の問題は安全性に関わる質はどうなのか、ということでしょう。現状は、大学とエアラインが連絡協議会というものを設けて訓練内容の共有を行い、学生のうちにスキルアップすべき一定のレベルを設けてはいる。ただし、この取り組みで本当にパイロットの質を担保できるかどうかは、実際に航空会社に就職してからの教育・訓練にかかってくるでしょう」

 国は乗員政策などを検討する委員会を設けて、自衛隊パイロットの民間活用、現役パイロットの年齢制限の延長、航空大学校、私立大学などの民間養成機関の供給能力、質の向上など多角的に対策を取っているが、安全性やクオリティーを確保したまま、急ピッチでパイロットを増やすことは果たして可能なのか。今回のピーチとバニラの統合が、今後の航空業界にどのような影響を与えていくのか注目だ。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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