みなさま、アスキーの吉田でございます。さて、東急電鉄がiPhoneやiPadを活用した先進的な取り組みを進めているということで、東急東横線の中目黒駅を取材してきました。
列車運行管理システムとiPhoneを連携
東急電鉄の正式名称は東京急行電鉄。東京都西部と神奈川県東部を中心に第一種鉄道事業などを展開している会社です。渋谷と横浜をつなぐ東横線や、渋谷と二子玉川を経由して中央林間までをつなぐ田園都市線などが有名ですね。
そして東京メトロとは、半蔵門線や日比谷線、副都心線、南北線、都営地下鉄とは三田線などと相互直通運転をしているので、地下鉄構内で東急の車両を見かけることも多いでしょう。
特にスゴイのは副都心線を経由した相互直通運転です。練馬区と豊島区のだいたい境目にある小竹向原駅以西は、有楽町線、西武有楽町線、西武池袋線、東武東上線などとつながっています。営業運転距離も長く、平日のラッシュ時には東横線の横浜駅から西武池袋線の飯能駅や東武東上線の森林公園駅まで、休日には座席指定の有料特急列車であるSトレインを使えば横浜駅から西武秩父駅まで乗り換えなしで行けてしまいます。
さらに東横線の終点である横浜駅以南は、横浜高速鉄道のみなとみらい線とも相互直通運転を実施しており、こちらは元町・中華街までつながっています。
このように東急線には各社の路線や車両が入り乱れているので、都内在住者でもいったいどの列車に乗ればいいのかわからなくなることがあります。特に事故や混雑などでダイヤが乱れたときにはお手上げ状態。東急、東京メトロ、東武、西武、横浜高速鉄道の5社の車両が同じホームに乗り入れしている小竹向原駅などで大幅な列車遅延が発生すると、何を信じていいのかわからない状態になります。
こういった複雑かつ過密なダイヤでの運行を強いられる状況で、正確な運行情報を迅速に社内共有するため、東急電鉄はクラウドとスマホ、タブレットを活用したソリューションを導入しました。
タイトルですでおわかりかと思いますが、採用された機材は、iPhone 6s Plusを中心とする約1000台のiPhone、iPad Air 2を中心とする約1000台のiPadです。東急では以前に別の事例で他社端末を導入したこともあったそうですが、長期間の運用を考えるとハードウェアやOSの互換性、入手のしやすさを検討した結果、iOSデバイスの導入が決まったそうです。iPadは主にバックヤードや管理部門、iPhoneは現場の駅員が使うとのこと。
具体的には、iOSデバイスと列車運行管理システムであるTID(Traffic Information Display)を連携させて、混雑や事故などで運行ダイヤが乱れた際でも正確な情報を全社で共有し、正常ダイヤへの復旧作業はもちろん、乗降客へのアナウンスなどに役立てているそうです。
駅の現場で働く駅員にとってのメリットは、運行ダイヤ遅延時の乗客からの問い合わせなどに、以前よりスムーズに対応できるようになった点が挙げられます。
じゃあiPhone導入前はどうしていたかというと、駅事務所などからの無線連絡で情報を得るしかなかったとのこと。スマホの路線検索アプリやTwitterから得られたリアルタイムに近い情報を持って詰め寄ってくる乗客に対して、私物スマホの持ち込みを一切禁じられている駅員はいわば丸腰で臨んでいたわけです。
ちなみに、列車運行管理システムであるTIDから得られる一部の情報は一般にも開放されており、iOS/Android版の「東急線アプリ」で運行情報や遅延情報などを参照できます。この東急線アプリでは、ダイヤが乱れた際の遅延証明書まで入手できるので、東急線で通勤通学している方はインストールしておくといいかもしれません。
ファイル共有サービス「Box」をフル活用
今回、このあたりのワークフローは取材できませんでしたが、遅延時などに業務上必要とされる現場写真やレポートなどのデータの共有はファイル共有サービスの「Box」を利用しているそうです。Boxには、撮影した写真などを自動的に指定のフォルダーにアップロードする機能があり、東急では撮影した写真の位置情報を基にGoogleマップ上で場所を特定する仕組みが構築されているとのこと。
さらに、Boxには複数人での同時共同編集が可能な「Box Notes」と呼ばれる機能も備わっており、ダイヤ遅延時は各部署がBox Noteに書き込んだ情報を基に修正ダイヤを作成していくそうです。東京急行電鉄の鉄道事業本部電気部の計画課で課長を務める矢澤史郎氏によると「専用システムの構築には時間とコストがかかりすぎるため、既存のサービスやAPIを組み合わせて開発することに決めた」とのこと。ちなみにiPhoneとiPadの合わせて約2000台のiOSデバイスでBoxのサービスが利用可能なこともあり、Box Notesの社内稼働率は世界でナンバーワンだそうです。
駅員1人の業務をなくせる東急独自のスゴイアプリ
前置きがものすごく長くなりましたが、ここからが本題。前述のようにiOSデバイスを駆使して情報の共有を進めていた東急電鉄が、乗客へのサービス向上を目指して開発したのが「バリアフリー連絡アプリ」です。構想から2年、昨年11月に試験導入され、今年5月から本格運用されています。
ド直球な名前ですね。 車椅子や白杖を利用する方が列車を利用する際に、駅員間、乗車駅・降車駅間でスムーズに連携を取るためのアプリです。東急線では、無人駅であるこどもの国線などを除いて、車椅子や白杖を利用する乗客の介助が可能だそうです。そこで今回は、車椅子の乗客を介助する流れを取材させてもらいました。
乗客が車椅子で駅に到着してまずやることは、列車に乗る旨と行き先、利用する列車などを駅員に伝えること。この情報を受けて駅員は「バリアフリー連絡アプリ」を使って駅にいるすべての駅員に介助が必要な乗客がいることを伝えます。
ほかの駅員はプッシュ通知で概要を把握でき、「担当者」は介助が必要な乗客と一緒にホームまで付き添います。このアプリのスゴイところは、担当者を立候補で決められるところ。中目黒駅のように駅長がいる大きな駅であっても、駅事務所で座っている駅員の手が常に空いているかといえば、そんなことはありません。ほかの業務で忙殺されていることもあるため、緊急の業務に就いていない駅員が担当者としてアプリ上で名乗り出ることで迅速にサポートできるわけです。
これまで乗車駅では、受付、介助、降車駅への連絡という3つの業務を3人の駅員が分担することがあるうえ、無線や電話による口頭連絡のため聞き間違えなどで正確な情報が伝わらないことがあったそうです。一方アプリ導入後は、口頭連絡が一切不要となり、介助と連絡を1人でこなせるようなったとのこと。
さて、乗客を列車に乗せたあとに駅員がおもむろにスマホをいじり始めます。
何をするのかと見ていると、ホームドアに掲示されているQRコードを読み取っていました。実は東急線に設置されているホームドアにはすべてQRコードが掲示されており、これを「バリアフリー連絡アプリ」で読み込むことで詳細な乗車位置を記録できるのです。この画期的な仕組みによって連絡業務に割く人員を1人減らせるわけですね。インバウンド需要の高まりで外国人観光客も多い現在、駅員1人が別の業務につけるというのはかなり大きな成果でしょう。
では、降車駅でどうするかというと、こちらはアプリ導入前も後も駅員2人で対応しています。具体的には、乗車駅からの連絡を受けて介助する駅員と、駅改札で乗客を見送る駅員です。関わる人数こそ同じですが、アプリの導入前と後ではその労力は雲泥の差でした。
アプリ導入によって最も恩恵を受けられるのが、乗車駅からの連絡を受けて介助する駅員。アプリ導入以前は、介助が必要な乗客が乗り込んだ列車の情報を書き留めてダイヤを基に到着時間を把握し、キッチンタイマーのようなもので電車の接近をアラームで知らせるように設定します。さらに、列車がより近づいたころに知らせるように別のタイマーでもアラームを設定しておきます。スヌーズ的な二段構えですね。もちろん駅員は寝ているわけではありません。ほかの業務と並行しながらの介助となるので、介助に遅延がないように複数のアラームを駆使していたとのこと。車椅子の乗り降りには専用のスロープが必要なので、介助が遅れてしまうとダイヤ乱れにもつながり、より多くの乗客に影響が出てしまうからですね。
アプリ導入後は、もちろんキッチンタイマーは不要になりました。アプリが列車の運行状況を2段階のアラートで駅員に通知してくれるので、わざわざタイマーをセットしなくていいからです。しかもアプリは列車運行管理システムであるTIDと連動しており、該当列車が遅延していても正確な到着時間に合わせてアラートを出してくれるからです。そのほか、車椅子、電動車椅子、白杖、盲導犬、介助者の有無などの情報もアプリ経由で降車駅に伝えられます。降車駅では、スロープなどの必要な機材や人員などを事前に正確に把握できるわけですね。
東急では車椅子などの介助のエキスパートである「サービス介助士」の資格取得者を各駅に配置するなど、駅のバリアフリー化を推進しています。東横線の中目黒駅では1日平均30~40人、東横線と田園都市線の始点であり、複数路線への乗り換えが可能なターミナル駅の渋谷駅では1日平均100人ほどが車椅子で列車を利用しているそうです。iOSデバイスを使った今回の取り組みにより、誰もが好きな時間にどこにでもいける未来を想像しました。
今後の課題は相互直通運転の路線との連携
でも話はここで終わりません。まだまだ問題もあります。今回紹介したソリューションを生かせるのは実は東急沿線に限られます。冒頭で紹介したように、東急は他社の私鉄や地下鉄と相互直通運転する路線が多く、車椅子の乗客の乗車駅や降車駅が他社路線の場合は、従来どおり紙ベースでの情報記録と電話ベースでの口頭伝達となるそうです。
日比谷線は従来の8両編成に加えて2016年度からは7両編成の新型車両(東京メトロ13000系)を順次導入しているほか、副都心線に向かう列車は通常編成の8両のほか、日中に15分間隔で運行されるFライナーの10両編成、そして座席指定有料特急列車のSトレイン(西武40000系)の10両編成があり、手作業での記録・伝達はかなりややこしくなっています。
現在、他社との協議も進めているとのことでしたが、西武では「車いすご利用のお客さまご案内業務支援システム」という東急と同種のシステムを導入しているなど、各社で独自の対応が進められているのが現状です。
東急では有人駅がバリアフリー化され、車椅子で列車を気軽に利用できるようになりました。そして「バリアフリー連絡アプリ」によって、効率的な介助のワークフローも確立できました。今後は鉄道各社が協力して、この効率的な介助のワークフローをさらに広げていってほしいところです。
東急東横線開通90周年記念列車も運行中
余談ですが、取材時には幸運にも東横線開通90周年を記念して東急旧5000系(青がえる)の塗装を再現したラッピング列車に巡り合えました。たった1編成しか走っていない列車です。列車自体は5000系5122編成です。
また駅員が使っているiPhoneは、東急の赤いストラップがつながっているほか、手袋での操作が難しいときに使うスタイラスもセットになっていました。