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生産性向上で大事なのは効率化より「不確実性の管理」だ

2017年08月23日 06時00分更新

文● 熊野英生(ダイヤモンド・オンライン

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 企業が生産性上昇を目指そうとするとき、2つの方法がある。

 一つは、無駄を省いて効率化を徹底させる方法。もう一つは、新しいことに挑戦して稼ぎを増やす方法だ。

 生産性とは、1人の従業員当たりの生産物、あるいは従業員の労働時間当たりの生産物と言える。これを分数で表すと、生産物/マンパワーまたは、アウトプット/インプットとなる。インプットを極力少なくするのが効率化、アウトプットを極力多くするのが稼ぎを増やすという方法になる。

 日本は、人口減少によってマンパワーの増加に頼って経済成長を実現することが難しくなっている。すでに業種によっては人手不足に直面して、マンパワーを増やしにくくなっている。だからこそ、生産性上昇というテーマが多くの人の関心事になるのだろう。ではどちらの方法をとるのがいいのか。

「不確実性」を管理するという意味
少ない探索コストで収益機会を得る

 生産性を上げることを目指して、インプットを減らすことと、アウトプットを増やすことは、まるで違う戦略だ。

 インプットを減らすのは、すでに見えている作業工程を工夫すればよいことだ。

 一方、アウトプットを増やすのは、何をやれば稼ぎが増えるのかがほとんど見えない。いわば雲をつかむ作業に似ている。多くの場合、見えやすい効率化が選択されて、見えにくい新しい稼ぎへの挑戦が敬遠されやすい。

 しかし、本当に大切なのは、未知なるものへの挑戦の方だろう。

 そこで、新しいことに挑戦して稼ぎを増やすためには何が必要なのかを考えてみたい。 何をやればよいかが先見的に見えないことは、組織行動にとっては大問題である。

 投資を試してみて失敗すると、ただちに生じたロスに対する説明責任を問われるからだ。

 事前に「ロスの大きさがわかりませんでした」という言い逃れは通じない。逆に、稼ぎが増やせる投資が見えているのならば、話は簡単だ。案件に優先順位をつけて採算性が高く見えるものから順に実行していけばよい。既知のものに対しては、収益最大化を目指すという行動原理が当てはめやすい。

 一方で、未知なる有望なものを探すことは、ロスが生じることに寛容になりつつ、事前にロスが無制限に拡大しないことに対して管理を求められる。

 収益機会を掴むための手掛かりが得られていて、チャンスを得るための探索コストは少なくて済みそうだという展望を述べることが、投資を始めるときの説明になるのだろう。

 アウトプットを増やそうという試みは、そういった「不確実性マネジメント」が必要となる。筆者は、生産性問題とは不確実性マネジメントであり、組織活動はそのためのスキルを向上させることが日常業務になると考えている。

成功確率が高い仮説を作る
営業の情報を共有し注文を増やす

「不確実性マネジメント」のプロセスは、より具体的な目標(テーマ)の設定から始まる。次に、その目標を実現する仮説を作り、いくつかの仮説の中で成功確率が高そうなものが選ばれる。

 例えば、複数のチームが次期開発プロジェクトの計画案を提示し、社内で競争して予算を得ることもある。そして、開発、製品化というステップを踏む。その中で、事後的にプロジェクトの採算に大きく影響するのは、前半の目標設定と仮説づくりである。

 効率化の場合は、作業工程を工夫して節約するという目標、すなわちミッションが明らかだ。だが一方でこの何をすれば稼ぎを増やせるかと考える場合は、具体的なミッションを設定することが容易ではない。

 さらに話を進めると、「こうした性能の製品を開発する」という技術的ミッションを考える以上に、「営業の情報共有を徹底させて顧客からの注文を増やす」という非技術的ミッションの方が問題設定は難しい。それは、経営者の問題意識に、各営業担当者に上手く情報共有が成されていないから、本当は取れたであろう顧客の注文を逃していたという反省がなければ、非技術的ミッションを思いつきにくいからだ。

 また、非技術的ミッションの中には、実はある程度、仮説が含まれている。

 ミッションを設定する経営者は、こうすれば目標達成ができるのではないかというイメージがあって、具体的なミッションを語っている。

 ミッションに対する仮説を考え出すスタッフは、経営者のイメージをより完璧に具体化する対案をつくる必要がある。またはイメージを詰めるという作業を求められているのだろう。

成功と失敗の経験が豊富な
人材づくりが基礎

「不確実性マネジメント」の後半部分は、企業内で計画された新しいプロジェクトを事業化するプロセスになる。

 事業化の案を成功させて新規事業に育て上げるためには、プロジェクト・チームのメンバーの個人的能力に負うところが大きい。社内にどれだけ有望な人材がいるかが、生産性上昇の要(かなめ)になる。

「不確実性マネジメント」を実行する人材が、成功を掴むためには事業の周辺分野に対する知見を深めることが肝要だ。その知見とは、成功と失敗に関する豊富な経験を持ち、様々なノウハウの応用ができることだろう。

 そして、経営者の認識に強く共感して、プロジェクトの進捗をリーダーや経営者に上手く伝えるコミュニケーション能力を持っていることだ。そうした能力は後天的に獲得したものだろうから、経営者は意識的に次世代の人材を育てていかなくてはいけない。

 おそらく、いくつかのプロジェクトは失敗に終わるだろうが、そのコストはプロジェクトリーダーの経験を増やすという人材投資に振り替わっていく。そう考えれば、決して無駄弾ではない。

 先々のプロジェクトの成功確率を高めるには、失敗が人材を育てるというフィードバック作用を上手く用いることも一案である。

イノベーションは目標達成のツール
技術信仰より経営者のスキル向上を

 最近、生産性上昇のためにイノベーションを追求せよという掛け声を本当によく耳にする。政府もそれを率先して旗を振っているように見える。

 今年の経済財政白書でも、IoT・ビッグデータ、AI、ロボット、3Dプリンターの利用について尋ねている。こうした画期的技術を活用すれば、きっと生産性上昇を導けるだろうという啓蒙的思惑が白書からは読み取れる。

 だが白書の論法は、「画期的技術だからそれを応用して生産性上昇が実現できそうだ」という直感を言葉にしたものだ。最近は、白書に限らず、そうしたストーリーで経済成長や生産性上昇を語る人が実に多い。

 しかし、本稿で強調したいのは、新事業を成功させるには、不確実性マネジメントが重要になるという原理だ。ビッグデータやAIは、目標を達成するためのツールであり、それ自体が価値を持つわけではない。

 日本では、この種の技術信仰がずっと存在してきた。ビッグデータやAIを起爆剤にしようという文脈には、この技術信仰が見え隠れする。

 筆者の見解は、個々の企業が「不確実性マネジメント」を磨き、積極的に活動することこそが、様々な形態のイノベーションを導くというものだ。それを前提にしなければ、新技術から新しい収益源は産まれない。

 逆に、生産性上昇のための「不確実性マネジメント」を活発に推進するにはどうすればよいか。

 それは、企業の経営者がもっと意識的にマネジメントのスキル向上を目指すことだろう。 現在、生産性上昇を目指そうという社会的気運は相当高くなっている。2020年には東京五輪が開催される。アジア企業のグローバル化がさらに進む。自動車産業では、ガソリンエンジンからEV(電気自動車)へと切り替わる計画が示され、欧州の一部の国では期限を設けている。この社会的気運に乗じて、研究開発や人材育成を政策的にサポートすることができれば、日本の近未来は決して暗くはない。

(第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト 熊野英生)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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