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介護ビジネスへの新規参入がことごとく失敗する理由

2016年11月02日 06時00分更新

文● 髙山善文(ダイヤモンド・オンライン

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日本は超高齢社会であり、今なお、高齢者の数は増え続けている。このため、期待の“成長産業”として、高齢者ビジネスの代表業種である介護事業に新規参入する企業は多い。しかも、その多くは時間を節約するために、M&Aで行われている。しかし、その実態はとてつもなく厳しく、失敗して撤退する企業は後を絶たない。(ティー・オー・エス株式会社代表取締役、福祉・介護コンサルタント 高山善文)

大きな転換期を迎えている
介護ビジネスの現状

介護ビジネスは「誰でも儲かる」というのは幻想であり、そんな時代はとっくに終わっている

「もう、介護は儲からないよ」

 介護保険制度の始まりと共に脱サラして介護事業を立ち上げ、100億円を超える事業に成長させたのにもかかわらず、先ごろ他社に売却した経営者は言った。

 制度改正のたびに国に翻弄され続けてきた介護ビジネスは今、大きな転換期を迎えている。折しも現在、社会保障審議会において2018年度の介護保険制度改正議論の真っ最中だ。次期改正は介護サービス事業者にとって期待の持てる内容でないことだけは確かである。にもかかわらず、異業種企業による介護サービス事業者のM&Aが活発だ。数少ない成長市場と目されてきた介護ビジネスに今、何が起きているのか。

たかやま・よしふみ
1966年東京都生まれ。福祉・介護業界を専門分野とするコンサルタント。福祉系大学卒業後、『儲かる福祉』を追い求めて、株式会社、社会福祉法人、医療法人、NPO法人を渡り歩く。現在は、視座をアジアに広げてEPA、外国人技能実習生、海外老人ホームをビジネステーマにしている。近著に福祉とビジネスの関係をわかりやすく解説した『図解入門業界研究 最新福祉ビジネスと業界のカラクリがよ~くわかる本』(秀和システム)がある。ティー・オー・エス株式会社 代表取締役。介護支援専門員、東京都福祉サービス第三者評価者。ウエブサイトはwww.jtos.co.jp

 2000年度の介護保険制度の始まりによって、異業種から介護ビジネスに参入した営利企業が相次いだ。医療事務のニチイ学館、教育事業のベネッセ、警備会社のセコムなどがその代表例といえよう。営利企業は、持ち前の営業力と規模の拡大、コストダウンによって利益の最大化を狙い、そのたびに国と攻防をしてきた。

 言うまでもなく社会保険である介護保険の財源は税金と保険料である。国から見れば、介護サービス事業者の儲かりすぎは給付費の増大を招くし、あまりにも報酬を絞りすぎると事業者は撤退してしまう。

 それでもなお、全国の介護事業者数はいまだに右肩上がりを続けている。従前は自ら新規事業として介護事業を立ち上げる企業が多かったが、近年の特徴は、M&Aによって異業種から介護ビジネスへ参入する例が多くなっていることだ。

介護ビジネスは「成長が見込める市場」?
失敗、撤退するケースも多い

 我が国において高齢者介護事業は数少ない「成長が見込める市場」と言われている。2000年度に始まった介護保険の総費用は3.6兆円だったが、2016年度には10.4兆円に伸びている。そして、2025年度には約21兆円まで膨らむ見通しだ。また、総務省が本年9月15日に発表した65歳以上の高齢者人口は3461万人となり、総人口1億2695万人に占める割合は27.3%となり過去最高となった。

 高齢者の数だけ見れば市場は拡大している。

 65才以上の高齢者人口は増加しているが、これはあくまで元気な高齢者も入れての数であり、介護ビジネスの対象者である要介護認定者に限ってみると、高齢者の約18%程度に過ぎない。そして高齢者問題は都市問題ともいわれ、都市部に偏在していることも事実だ。

◆図表:介護保険の対象者とその人数

【出典】平成26年度介護保険事業状況報告年報(厚労省)
拡大画像表示

介護ビジネスの対象者となる要介護高齢者が増加していることから、介護ビジネスに参入すれば成功するというイメージがわくのは当然であろう。しかしながら、実際は失敗して、撤退するケースが多いのが現状だ。

 東京商工リサーチが発表した「老人福祉・介護事業」の倒産状況(2016年1-9月)によると、倒産の原因別では、順に、「販売不振」、「事業上の失敗」、「設備投資過大」という。「販売不振」は、利用者の獲得ができなかったことが要因として大きい。

 例えば、東京近郊にある定員10名の通所介護(デイサービス)事業者は、昨年の介護保険制度改正で報酬単価が切り下げられ、毎月100万円の減益となった。リハビリを売り物にしており、午前と午後の短時間のサービスを行っていたが、短時間の利用者の報酬単価が引き下げられ、仕方なく長時間のサービス提供時間に変更した。そうしたところ近隣にできた大手のフランチャイズで拡大しているデイサービスに利用者と職員を引き抜かれてしまった。年明けに閉鎖予定である。

 また、あるサービス付き高齢者向け住宅の事業者は、建築業者が作成した収支予想の通りの入居が進まず、1年が過ぎようとしているにもかかわらず定員18名のうち8名しか入居者がいない。その入居者も、要介護度が1・2程度の軽い人が多く、現在では赤字を出し続けている状態だ。事業譲渡したとしても負債だけが残るので、譲渡できない状態が続いている。

慢性的な人手不足に悩む介護業界
構造的に事業経営にも大打撃

 介護業界は、慢性的な人手不足が背景にある業界だ。

 介護職員の不足は、介護福祉士養成学校の定員充足率にも顕著に表れている。日本介護福祉士養成施設協会がまとめた、今年4月1日現在の介護福祉士養成校の定員充足率は37.8%となった。学費の一部を雇用保険で補てんされる離職者訓練給付対象者をカウントしても46.4%だ。介護サービスの要となる介護福祉士になろうという人材が入学してこないのだ。

 人材不足は即、事業経営に直結する。

 というのも、省令では「人員の基準」が定められており、必要な数の介護職員がいなければ「基準違反」となり、国からの報酬カット、または運営取り消しにされてしまうからだ。何が何でも介護職員を採用しなければ、構造的に事業が継続できないのである。

 このため、採用コストが増大してしまう。各介護事業者では、インターネット、求人広告による人材広告費用、人材派遣費用、人材紹介費用が増大している傾向にある。また、待遇は近隣事業所より厚くしないと、募集人材への訴求効果も薄い。

 つまり、介護事業者はせっかくサービス利用者を確保しても、介護サービスを提供する人材が揃わないケースが多々、発生している。訪問介護の場合、仕事が来ても個人宅にヘルパー派遣や配置できる人材がいなければ、機会損失だけが続き、売り上げにならない。

 苦労してやっと職員を採用できたとしても、明日もまた出勤してくれる保証がまったくないのが、介護人材をめぐる大きな問題だ。なぜなら、就職先は、いくらでもあるのだから……。

 肝心なサービス利用者においても、獲得が難しくなっている。サービス事業者が増えすぎているのだ。実際、最大手のニチイ学館であっても介護サービス利用者数の前年割れが続いている。

 特に建物系(有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅等)については、エリアによっては既に過当競争となり、入居者が集まらない。介護職員に営業させているところもあるが、営業自体が本業ではないためその結果は芳しくない。建物系介護サービスでは、なるべく早く満床にしなければならないので、専門の入居者紹介会社を使う。入居者紹介会社は入居者を老人ホームに紹介し、1人紹介すると30万円程度(入居者1ヵ月分の収入程度が相場)の報酬をもらう。

 介護報酬という国が一律に決めている報酬の中から、そういった費用をねん出しなければならないのだ。これは苦しい。

介護ビジネスという幻想
誰でも儲かる時代は終わった

 既に介護ビジネスに参入している事業者は、思った以上に困難な事業であることがよくわかっている。その理由は、(1)3年ごとの報酬改定(どんどん下がっている)、(2)介護人材が採用できない、(3)利用者が獲得できない、(4)厳しい決まり(法律・規制等)で縛られており、違反すると退場させられる――などだ。

 それでも介護ビジネスは日本において数少ない成長が見込める市場であり、将来性があるビジネスといえるであろうか。

 確かに、大手資本が運営する都心にある一部の高級有料老人ホーム系は、堅実に事業拡大をしている。しかし、それは富裕層を対象としているからに他ならない。

 高級有料老人ホームは、保険適用以外の部分において、大きく「上乗せの価格」の設定が可能だからだ。だが、大多数の介護サービス事業者は、中間層から低所得者層が対象となり、国が定める介護報酬の価格だけの収入しかないのが実情である。

 また、異業種から介護サービスに参入した企業は、「本業との相乗効果」を狙っているというが、その結果が見えてくるまでにはまだ時間がかかりそうだ。

 介護ビジネスは、国が支払いを保証してくれる保険で賄われ、「とりっぱぐれのない堅い商売」といわれてきたが、既に体力勝負の様相を示してきている。

 高齢者は増えているのだから、「どこで介護ビジネスをやっても儲かる」という時代は終焉を迎えた。

 大多数の事業者にとって「価格決定権のない官製市場」では、サービスの展開場所の綿密な市場調査と人材採用、人材定着のための仕組みづくり(介護業界は退職金がない事業者が大多数を占めている)ができたところが生き残っていくであろう。

 冒頭で紹介した経営者は、有料老人ホームの入居一時金をゼロにして低価格路線で規模を拡大した。終盤は、入居者が到底入居しそうもない地域にも土地オーナーと建築会社のからの誘いで建物を建て続けた。入居者が獲得できず、介護職員が採用できないというダブルパンチが続き、事業売却を決めた。

 現在は、売却した資金を元手に高齢者人口が1億6000万人存在する新天地「隣の国」への進出を思案しているという。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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