IFA2016のソニーブースにおいてメイントピックのひとつに挙げられるのが、ZXシリーズを上回るハイエンドウォークマンの最新モデルとして登場した「WM1A」と「WM1Z」。話題沸騰中の超重量級ポータブルを聴いた麻倉怜士氏が、ハイレゾによる3年間の熟成を経た音の凄みを大いに語った。
――今までウォークマンには「ZX2」というハイエンドモデルがありました。あちらでも充分に贅沢な造りだったと思うのですが、今回出てきたWM1AとWM1ZはIFA会場に内部構造が展示されており、ZX2を圧倒する拘りの深さが見られます。
麻倉 アルミと無酸素銅というケースの素材が違う以外にパッと見の外観差は無い両者ですが、アルミ製のWM1Aが1200ユーロで、無酸素銅のWM1Aが3000ユーロと、発表された価格も大きな差があり、出てくる音も明確に異なります。これは実にオーディオ的なアプローチですね。
――カタチ的にはあまり変わらないのにこれだけ価格差があるということは、内部の部品や工程などにかなり差があるということなのでしょうか?
麻倉 ケースの素材で音の性格を変えるというのは、Astell&Kernでも「AK380」で取られた手法です。今回のシグネチャーシリーズウォークマンでは、そういった素材の変更や細かい工程の最適化、あるいはパーツの配置調整などでそれぞれのキャラクターを上手く作っています。例えばアルミのWM1Aの場合、ケースはレーザー加工のアルミ削り出しで、削る場所が多いために3台のレーザー切削機を使っているそうです。
――レーザー切削機を3台とは、かなり複雑な加工ですね。
麻倉 対して無酸素銅のWMZ1ですが、これまで内部のシールドのために使われていた銅+金メッキという構成を、今回はぜいたくにも全部に使っています。メッキは腐食対策のほかに音を柔らかくする効果を持ちますが、通常は銅に金メッキをする場合、下地にニッケルを入れるそうです。ところがニッケルは磁性体のため、音がぎらつくという悪影響がでてしまう。それを回避するために今回は非磁性体の素材でメッキ加工をして、その上に金メッキをしてあります。
それにより、澄んだ低音と力強い低音を両立させています。切削作業は、柔らかい銅のブロック材を精密加工するために、アルミ等とは別のラインで専用の切削刃を何度も交換しながら、5割増しの時間をかけてゆっくり進めていきます。
――金属材の削り出しは過去のソニー製品でも多数のハイエンドモデルで用いられてきましたが、そういったノウハウを見事に活かしきった作業でコダワリのケースが作られていますね。
麻倉 内部配線にも差があり、アルミケースのWM1Aが無酸素銅の太線を使っているのに対して、WM1Zはアンプからヘッドホンジャックまでのラインにキンバーケーブルの技術を採用した4芯線材を使っています。音質抵抗もWM1ZはAVアンプで開発されたものが採用されました。
――ヘッドホンやAVアンプなど、様々なセクションの技術が集結して結晶化したハイエンドモデルなのですね。
inside.jpg 内部構造の様子。ケースはフレーム構造だった「ZX2」から、ブロック材をくり貫いたバスタブ形状に変更されている。――技術的なコダワリが満載されているというのはよく分かりました。それで、肝心の音ですが全体的な印象はどうでしょうか?
麻倉 WM1AとWM1Zの音を両方とも聴いてみると、それぞれに違いがあってたいへん興味深く思いました。
麻倉 まずWMA1ですが、これは中身にこだわったということがひじょうによく認識できる製品で、情報性とスピード感、輪郭感といったソニー的な音のコンストラクションがはっきりと出ていて、かつ、それがより高度化したという印象です。
例えばオーケストラ曲を鳴らすと、演奏が明瞭で力強く音も輪郭もクリアです。IFA会場のデモでは楽曲が少なく、また持ち込みのSDカードでは内部データを認識してくれなかったのですが、用意されていた曲の中ではダニエレ・ガッティの「ドビュッシー:La mer Prelude」などでオーケストラの実像感を聴くことが出来ました。大編成の楽曲でも音が混ざって曖昧になるような事は無く、各楽器そのものの音像や空気感を感じることが出来ます。
――確かにモヤッとするところが無かったというのは非常に印象的で、全体的な情報量の多さは試聴して感じました。煌びやかでカチッとしていて、角が立っているサウンドなので、トランペットなどが鳴るととても心地よいですね。
麻倉 ビッグバンドジャズでも、その明快さ、解像感、見晴らしのよさがよくわかります。オーケストラと同じくブラスははっきりしており、音色が異なる木管楽器などが入ると音場と音楽性の見晴らしがグッと良くなります。会場のデモでは小編成ジャズの東京キネマジャズトリオ「わが愛はここに」がありましたが、音場見晴らしの良さというのはこの曲でもよく聴き取れました。
――同曲のDSD 11.2MHzのものを聴いたのですが、高サンプルレートのDSD音源ということもあり、情報の密度が高い感じがしました。音に隙が無いというか、中身がビッシリと詰まっているというか、そういった印象を受けましたね。
麻倉 女性ボーカルの楽曲では、歌の中で現れる細やかな情感もしっかりと出ており、若干クールな音で歌手の声質を非常に上手く表現します。ハイレゾ時代に相応しい、現代的な明快さや明確な音が持ち味というのがWM1Aの印象ですね。
――ジャズボーカルではないですが、会場デモではメーガン・トレイナーの「Like I’m Gonna Lose You」などがそれにあたるでしょうか。やはり情報量が多く、あるべき音があるべき形で出ていて、発声の様子がとても自然に感じました。
麻倉 次にWM1Zですが、これはハイレゾウォークマンの高みを凝縮させた、驚きに満ちた音です。ハイエンドモデルに相応しい素材を色々検証されたそうですが、基板しっかりとケースへ取り付けるソニーの構造手法では、接触抵抗が低い無酸素銅が群を抜いて音が良かったようです。高密度の情報に〈新時代のソニーの音〉を感じさせる風格や質感があり、解像感や空気感などのオーディオ的なクオリティのみならず、音楽をビビットかつカラフルに感じるといった楽しみが入っています。
――音楽に詰まっているエネルギーを解放させるパワーギアといった様相ですよね。ズシリと重い質量からはそんな感情さえ起こさせます。
麻倉 基本的な情報性に加えて、ハイエンド指向な音楽の楽しみが感じられるのが素晴らしいですね。オーケストラ楽曲では木管のクリアな解像感や輪郭感が優れており、打楽器や金管楽器は切れ込みがありつつもウォームな音がします。単に音のキレを追い込むだけでなく、躍動感を喚起する暖かさを強く引き出すという点が、ソニーの新しい切り口だと感じました。
――ダニエレ・ガッティの「ドビュッシー:La mer Prelude」を聴いてみると、Aよりも明らかに雰囲気が良いと感じました。楽器の見通しが良く、明瞭な響きのコンサートホールの中にトランペットやホルンなどといった楽器のクリアな音像を感じたのが印象的で、音楽を聴くのがとても楽しかったです。
麻倉 ビッグバンドの分解能も格別ですし、弦のセクシーさも圧倒的です。女性ボーカルの細やかなニュアンス感や質感もとてもブライトな感じがしました。今回バランス接続でDSD 11.2MHzのネイティブ再生も試してみたのですが、きめ細やかな空気感や音がちりばめられてから拡散していく様子がとてもよかったですね。東京キネマジャズトリオ「わが愛はここに」では、ピアノの実像感がしっかりと浮き立っており、繊細かつ骨太なサウンドがとても素晴らしかったです。
――メーガン・トレイナー「Like I’m Gonna Lose You」では、ボーカルの破擦音や掠れ具合がウェッティで、息使いに色気を感じました。WM1Aよりしなやかで柔らかい音が気持ち良かったです。ジャズを聞いてもダブルベースがボワボワしていないため、演奏が締まっていました。加えてやはりWM1Aよりもしなやかで、こちらの方が穏やかなグルーヴ感があり、楽しむために音楽を聴く事ができました。
麻倉 「音楽を街へ連れ出す」というコンセプトで 1979年にとうじょうしたウォークマンですが、21世紀になってハイレゾという技術を習得しました。また音楽的にも技術的にも熟成が進んできたことで、新たな価値を提示してくれるという期待を感じさせ素敵な体験だったと思います。近々国内でも体験の機会があると思いますので、その時には是非皆さんにも音楽の友人としてのウォークマンを楽しんでもらいたいです。
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