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松村太郎の「西海岸から見る"it"トレンド」 第123回

なにかと不便な米国だからこそ賞賛される「体験の不確実性の是正」は、本当にやりたいこと?

2016年07月06日 17時30分更新

文● 松村太郎(@taromatsumura) 編集● ASCII.jp

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サンフランシスコにある「HASHIRI SF」の握り寿司。日本から空輸される食材での数々は、日本で楽しむ寿司さながらのおいしさでしたが、毎日食べられるような価格ではありません。

 7月4日はアメリカの独立記念日で祝日でした。1776年7月4日に、アメリカ独立宣言が交付されたことを記念する行事です。米国の各自治体では打ち上げ花火のイベントが企画されており、これは独立宣言の翌年、1777年からの伝統行事だそうです。

 花火といえば、日本では夏の風物詩。蒸し暑い夜に夜空を見上げて楽しむことが染みついている筆者にとっては、夜風が吹き付ける気温12度のバークレーでの花火は、なんとも気分が盛り上がりませんでした。海風でできた霧で、下半分も見えなかったし……。ということで、残念ながら花火の写真は無しです。

 さて、最近ソーシャルメディア界隈で見かける、日本はイケてる、イケてないの議論。これに加えて、テック業界では「シリコンバレーは素晴らしい、それに比べて日本は……」という論調も強く聞かれますね。筆者個人の感覚で考えてみたいと思います。

日本人が多くないバークレー
当然日本はスルーされがち

 まず、そもそも、バークレーには日本人が少ないのです。

 たとえば、カリフォルニア大学の本校であるUCバークレーの統計データ(http://opa.berkeley.edu/uc-berkeley-fall-enrollment-data)によると、約38000人の新入・転入の学生のうち、日本人はわずか1.5%に満たないです。アジア人学生は、最も多い中国人14.7%で日本人の10倍、韓国人3.8%、ベトナム人2.6%、フィリピン人2.5%で、いずれも日本人を上回っています。

 後述する理由から、必ずしも「外に出ない日本人」を責める必要はありませんし、個人の能力が劣っているともまったく思っていません。ただ、もしも「海外で日本人が相手にされていない」ことを悲しむのであれば、「いない人が相手にされないのは当たり前」としか言いようがありません。

 日本がイケてない理由が、相手にされていないことにあるととらえるなら、「そこに日本人の集団がいないこと」が結論だと思われます。

「希少価値」と「好奇心」で支えられる
エッセンスとしての日本

 ここで話が終わっては、紙幅が大幅に余ってしまいますので、もう少し。

 米国のように、移民で成立してきた国においては、さまざまなカルチャーが混ざり合って成り立っています。前述のように、そこにいる人の文化や、彼らが便利なビジネスが発展していくことになります。少ない日本人向けの「普通においしい日本食レストラン」が、インド料理屋のように気軽に存在しているわけはありません。

 日本食はやはり特殊で、食材の再現性に乏しく、本場さながらの日本食を国外で提供するのは難しいという事情もあります。サンフランシスコにオープンした、会席と寿司のコースが楽しめるお店「Hashiri SF」は、肉や魚、野菜などの食材のほとんどが日本からの空輸でした。しかしその希少価値から、お酒まで含めて500ドルは下らないディナーには、毎日のように予約が入っているそうです。

 アメリカでの日本ブームは、こうした「希少価値」と「好奇心」に支えられているのではないか、と考えるようになりました。そして同時に、“知る人ぞ知る”ビジネスやブランディングのエッセンスでもあるのです。

 たとえば、サンフランシスコ周辺で起きたサードウェーブコーヒーカルチャー。その当事者に話を聞くと、日本の喫茶店文化とカリフォルニアのハンドクラフトを重ねて、その機材や手法を積極的に取り入れる様子に出会うことができます。

 またGoogleやAppleは、10年前に日本のケータイビジネスで起きたことを注意深く研究し、あるいはその当事者を雇い入れて、現在のビジネスに生かしています。両社ともアプリストアでは、ダウンロードやアプリ内課金から月額定額制へ移行し始めた動きから、その仮説をより強く意識するようになりました。スマートフォン市場の成熟に伴って、より長期的なユーザーとの関係性を構築して反映したケータイビジネスを、世界規模で再現しようとしているように見えます。

 世界の人々が日本のことを知らないうちに、日本のアイディアで世界を獲っている。そんな見方もできます。「日本企業がなぜ取れなかったのか……」と嘆くことは簡単ですが、その理由は前述のとおりに、日本人がそこにいないからです。

 一方、10年先を行っているととらえ直せば、スマホ登場によるケータイビジネスの崩壊から、スマホビジネスの終焉を予測することもできるし、さらに10年先のアイディアを実現してしまおう、と考える事もできます。そして、その環境は日本にあると思います。

すでにインフラのある日本
インフラにコストがかかるアメリカ

 さて、筆者は米国に引っ越してきてまだたかだか5年目ですが、東京との行き来をしながら仕事を進める中で、日本のイケているところを挙げるとすれば、「自分のやりたいことへのリソース配分を最大化できる」ことだと思っています。そのリソースには、時間やお金などが含まれます。もし今、スタートアップをするなら、日本を選ぶでしょう。

 アメリカで暮らしを立ち上げるとき、東京では起きえなかったさまざまなことがありました。まず、銃社会ですから、少しでも「治安の良いところ=家賃が割高」の地域を選んで住まなければなりません。同じバークレー市内でも、南西部と北部では、同じ間取りの部屋でも10万円ほどの差額になります。それでも、北部のエリアに銃がないかといわれると別の問題です。

 また細かな話で言えば、常識的に考えて床暖房が当たり前だと思っていたら、天井暖房だった筆者のアパート。いっこうに温まらない床に、暖房が壊れているのではないかと不動産会社に問い合わせてたりしていました。今となっては笑い話ですが、引っ越したばかりの11月は笑えないほど寒かったので……。

 バークレーは割と都市のはずなのに、クルマがないと休日身動きが取れなくなるし、気温も30度を超えてくると停電は覚悟しています。家の固定ネット回線よりもLTEのモバイル回線の方がスピードが出ます。夕方以降はNetflix渋滞による低速化を諦めなければなりません。意外とインフラの脆弱性には驚かされることが多いのです。

 筆者が日本人で、米国市民ではないから、という理由で引っかかることもたくさんあります。そもそもビザを取らなければならないし、社会保障番号がなければクレジットカードが作れず、クレジットを貯めなければケータイの契約すら、高いデポジットを取られます。

 まあ、「苦労は買ってでもしろ」という言葉もありますし、筆者としては米国住まいによって得られる体験に満足しています。ただ、もし本当にやりたいことがあるなら、治安や移動、電気や通信などの「良いサービス」を安定的に低コストで受けられる環境の方が効率がいいはずです。

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