未来を描くスタートアップとマイクロソフトのストーリー 第4回
紙に描ける・印刷できる電子回路が新しい教育や広告を生み出す
東大ベンチャーAgICの「描ける電子回路」は紙のIoT化の夢を見る
2015年07月07日 06時30分更新
「電子回路を紙に手描き・印刷できる」ユニークなテクノロジーを持つ東大ベンチャーのAgIC(エージック)。教育や広告市場などのニーズを踏まえた現実的なビジネスを超え“紙のIoT化” までを目論むAgIC CEOの清水信哉さんに、テクノロジーの特徴や今後のビジネスを聞く。
紙に書ける電子回路がもたらすインパクト
「紙に電子回路を描く」AgICの技術を実際に見ると、想像以上にインパクトがある。LEDや電池を専用の光沢紙に置き、導電性のある専用ペンで回路を描くと、通電してLEDが光る。イレーサーペンで回路を消すと、LEDも消える。
「これを実物でやろうとすると、はんだ付けが必要で、配線を変えるのも簡単にはできません。AgICであれば、はんだ付けなしで電子回路を描けるので、たとえば直列と並列を学んだり、抵抗負荷の低い方に電気が流れるといった実験も簡単にできます」(清水さん)
導電性のインクは従来から存在したが、AgICの技術的なブレイクスルーは「インクの速乾性」だ。従来の導電インクの場合、銀を含むインクを紙に乗せたあと、溶液を蒸発させて銀だけを残すために、長時間熱を加えなければならなかった。その点、AgICは「2~3秒で銀が固まる」(清水さん)ので、描けばすぐに電子回路ができる。
インクジェットプリンターを使って、電子回路を「印刷」することも可能だ。大判のインクジェットプリンターとロール紙を使って、電子回路にLEDイルミネーションを取り付けた大判広告ポスターを作ることができる。実際、昨年末には東京有楽町にあるNTTドコモのラウンジにおいて、触ると光るクリスマスツリーのポスターを展示した。
AgICは汎用的なインクジェットプリンターで印刷できるため、従来の導電インクのようにシルク印刷をする必要がなく、コスト面でも優れているという。
「インクジェットプリンターで印刷できるAgICは、1000枚程度の少量多品種の印刷物に向いている。1個1個好きなモノを作れる3Dプリンターと同じようなイメージですね」(清水さん)
貼れる電子部品や調光のBluetoothコントローラーまで
AgICの創業は、CEOの清水さんが、東京大学で導電性インクの研究を進めていた川原圭博准教授と出会ったことからスタートする。
東大の電子情報工学科に所属し、電子回路や情報処理のバックグラウンドを持っていた清水さんだが、卒業後はコンサルティング会社に就職。その後、川原さんとの交流を経て、2014年1月に同じ東大大学院の杉本雅明さんとともにAgICを設立した。起業直後には、エンジェル投資家やクラウドファウンディングからの資金調達に成功、製品化にこぎつけた。
AgICの進化は続いている。最近では、電子部品の背面に両面テープとバネがくっついた「貼れる電子部品」を開発した。取り付けや取り外しが簡単で、バネから通電できるという。電子部品と回路の接続部分にはさまざまな試行錯誤があったが、自作を繰り返し、最適解を求めるのが“AgIC流” だ。
さらにAgICでは、紙とインクに通信機能を加えて「紙をIoT化する」チャレンジにも手を拡げている。実際、AgICが「Microsoft Innovation Award 2014」で最優秀賞を受賞したのも、IoTの裾野を広げていく基盤技術としての可能性が評価されたためだ。
清水さんは、Bluetoothコントローラー経由で調光ができるAgICのポスターを見せてくれた。「今後、Twitterに投稿があったらポスターのLEDが光るなど、サービス連携やIoT的な使い方が考えられます」(清水さん)。これまでWebの世界で閉じていた広告を物理的な広告と連携させるトレンドの中で、紙のIoT化への挑戦を続けていきたいと語る。
いよいよ勃興するAgICビジネス! 教育や広告分野からスタート
現在(2015年4月)、AgICは研究・開発から販売・量産のフェーズに切り替わる時期に差し掛かっている。資金調達や人材確保はスムースにこなしてきたAgICだが、試作から量産への壁を乗り越えるのには苦労したようだ。「動かなかったら直せばいいや」で済む試作品とは異なり、量産する製品は数千、数万個作ってもすべて同じように動かなければならない。
「量産品は品質管理が違う。試作時の設計図のまま作ると、部品のマージンのずれで、何個かに1個は動かなくなってしまう。最初はこのマージンの作り方に慣れず、品質管理の大変さを痛感した」(清水さん)
量産体制の確立と同時に、ビジネスも本格的に立ち上がる。当初は大学や研究所でのプロトタイピング用途を想定としていたが、起業後は教育、広告、コンシューマープロダクトでの利用も視野に入れ始めている。清水さんは、「AgICは応用先が広い技術。ある用途でこけても、別の用途で使えるだろうと考えた」と語る。
真っ先に上がる適用領域は教育分野。小学校の実験教材が典型的で、教材会社や学校に納品する形態のパッケージを想定している。また、広告の分野では、オーダーメイドでの案件を受け、電子回路の設計まで請け負うパターンを想定している。「ただ、受託だけだとビジネスがスケールしないので、ある程度パッケージしたり、APIを公開することで、開発者を増やしたい」とのことで、ユーザーインターフェイスやマニュアルなどの拡充を進めていくという。
また、アートや工作の素材としても使えるコンシューマープロダクトとしての展開もスタートさせる。すでに子供向けの電気の学習・工作キットとして販売されているが、光る安田講堂のポストカードも東京大学から発売されるという。米国にもオフィスがあるため、グローバル展開も指向。「アメリカはグリーティングカード市場がとても大きく、年間で1人平均20枚くらい送っている。そんな市場で“開けたら光るグリーティングカード” のような製品を出し、ブレイクできたらいいなあと」。清水さんの夢は広がる。
「ペンで電子回路を描く」という遊び心あふれたAgICは、想像力を喚起するテクノロジーだ。教育や広告、コンシューマープロダクトのみならず、幅広いビジネスの可能性が拡がる。通信やAPI連携までを盛り込んだ懐の深さは、まさにモノとネットがやりとりするIoT時代のプラットフォームにふさわしい存在と言える。
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