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徳川美術館で「鯰尾藤四郎」が、佐野美術館で「蜻蛉切」が展示

「刀剣乱舞」がきっかけ? 特別展示のあの刀を早速見てきた!

2015年02月13日 16時00分更新

文● 松永和浩 写真●松永和浩 編集●末岡大祐/ASCII.jp

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facebookで緊急告知された「鯰尾藤四郎」が特別展示開始!

 

 DMMゲームスで大人気のニトロプラス「刀剣乱舞」。実在する刀剣を擬人化してのバトルに女性を中心に話題沸騰中。その大人気を受けて、作品内に登場する刀剣「鯰尾藤四郎」を所蔵する名古屋市の徳川美術館が、2月10日よりこの「鯰尾藤四郎」を特別公開するという旨を、2月2日にFacebook上で緊急告知した! さらに静岡県三島市の佐野美術館では名槍「蜻蛉切」が展示されているという。これは見に行くしかない!

 筆者は徳川美術館の特別展示に一番乗りを果たすため、2月10日の夜明け前に東名高速道路の東京ICを出発し、一路名古屋の徳川美術館に向かった。

愛知県名古屋市にある徳川美術館

 午前10時頃、名古屋市の徳川美術館に到着。荘厳な門をくぐると葵の御紋も眩しい美術館の建物の前には、平日の朝にも関わらず開館待ちの来場者が! まさかここまでの人気とは! 一番乗りは無理だった……。

 受付で取材腕章を受け取り展示室へ入ると、正面には鎧兜がドーンと構えて迎えてくれる。これはかなりテンションが上がる演出だ。

 その鎧兜の展示の左側に並ぶ刀剣。その中でも青い敷物の上に配され、ひときわ目立つのが「鯰尾藤四郎」(なまずおとうしろう)である。

 豊臣秀頼が好んで愛用していたと言われる脇差「鯰尾藤四郎」は、粟田口吉光の作。元々は薙刀(なぎなた)として作られたものを磨き上げ、脇差に改められた。その姿が鯰の尾に似ていることから鯰尾と名付けられている。大坂城落城の際に焼けたが、徳川家康の命令により焼き直したという。

 せっかく徳川美術館へ足を運ぶのであるから「鯰尾藤四郎」に萌えるだけではもったいない。今のところ刀剣乱舞には登場していないが、「蛍丸」や「愛染国俊」を作った来国俊の父、国行の作である「国宝 太刀 銘 国行」は要チェックの刀剣だ。

 また、講談社モーニングで連載の「へうげもの」に登場する茶器と同年代の、その当時の流行である「利休好み」や「織部好み」な茶器や茶道具も多数所蔵、展示されている。「へうげもの」読者であれば悶絶しそうな茶器が目白押しだ。なお、常設展示は一ヵ月ごとに展示替えをしているので、行く前に公式サイトをチェックしよう。

 「鯰尾藤四郎」をはじめ、数々の国宝や重要文化財などの展示を見て回り、眼福の極みとなったところで学芸員の加藤祥平さんにお話を伺った。この加藤さんがFacebookで緊急発表した張本人なのだ。

お話を伺った加藤祥平さん

──「鯰尾藤四郎」特別展示までの経緯を教えてください。

加藤氏(以下敬称略)「1月20日頃でしょうか。Twitterで徳川美術館がかなり話題になっているという報告がありまして、それと前後するように「鯰尾藤四郎」についてのお問い合わせが急増いたしました。それも女性の方が圧倒的に多いという状況で、中には直接当館までお越しいただき、お問い合わせいただくということもございました」

──スゴイパワーを感じますね

加藤氏「お問い合わせの多さに、これは皆様にお応えしないといけないということで、緊急展示を決定いたしました。当館では公式にTwitterは行なっておりませんので、Facebookでの告知となったのですが、この反響もすごい。昨年ケネディ駐日米国大使がご来場いただいた際は当館のFacebook記事へのリーチが4ヵ月で5100だったところ、今回の特別展示の告知では1週間で15300ものリーチがあり、また150以上のシェアもしていただいたことで反響の大きさを実感しています」

───急遽の展示でしょうから、展示のテーマ性などを損なうようなことはなかったのでしょうか?

刀剣担当:並木昌史学芸員「今回は常設展示室での特別展示となりましたが、もともと今回の常設展示では当館の数多くの所蔵品の中から京の刀匠のものを展示しようというテーマがございまして、すでに展示の決まっていた「国宝 太刀 銘 国行」の国行は京山城の来派、『鯰尾藤四郎』の粟田口吉光も京の刀匠でテーマに沿っております」

 「名物 鯰尾藤四郎」の特別展示は4/12(日)まで、徳川美術館常設展示1室で行なわれてる。

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