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データ消失事故から2年!ファーストサーバ、再生への第一歩第3回

再生のために最後に挑んだのは「人」の変革

ファーストサーバを救った顧客の声とコミュニケーションのパワー

2014年07月28日 09時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

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顧客からの信頼を失墜させた事故から丸2年が経った現在。再発防止策に取り組んできたファーストサーバを再起動させたのは、離れたと思っていた顧客の声と全社ぐるみで取り組んだコミュニケーションの強化だ。

つらかったこと、うれしかったこと

 ここまで2回で事故対応と再発防止への取り組みを見てきた。こうして書き連ねていくと、各メンバーは淡淡と事故処理をこなし、再発防止策を進めてきたように思えるが、もちろんそんなことはない。この2年間、ファーストサーバの各メンバーは、さまざまな不安や緊張、ストレスに晒されてきた。

 まず事故直後には、ネットでの書き込みが急増した。顧客からの悲鳴や体制の不備を指摘するツイートのほか、度が過ぎる会社や社員個人への攻撃も横行することになった。それでも事故当時は、緊張感でなんとか精神面、体力面をもたせていたが、対応が一段落すると、逆に不安が襲ってきたというメンバーは多い。

開発担当藤原:(ネットの書き込みには)本当にへこみました。耳から、目から、いろんなところから来る。でも、とにかく復旧作業があるので、ネットやTwitterを見ないということくらいしかできなかった。事故対応が完了したあとも、このまま受注できないのではないかという強烈な不安感がありました。

マーケティング担当岩崎:事故の時は体力的に大変だったし、私は受注再開してからも不安でした。特にプロモーションができないと、私の仕事はないと思っていたので。

「受注を再開してからも不安でした。プロモーションできないと、私の仕事はないので」(岩崎氏)

サポート担当大西:15年くらいカスタマーサポートをやっていますけど、やはり今回が一番大変でした。お客様に発送する文章は全部私が書いていたのですが、各部署からの校正などを経て、違うモノになっていたこともあった。状況的に仕方ないんですが、自分の思いがお客様に伝えられないのがつらかった。

管理部小川:やはり、現場として組織を支えるのが大変でした。当然、事故のあと将来を悲観して辞めた人もいたし、補充しようとしても、そもそも応募がなかった。

 折れそうになった心を支えたのは、サービス再開のために邁進するメンバー、そして事故があった後もサービスを使ってくれる顧客とパートナーだったという。

開発担当藤原:ヒヤリハットでのメンバーのポジティブな反応がうれしかった。大きな事故のあとで、再発防止のような事後処理的な作業が多かった中で、積極的な声が数多くあがった。

営業部小島:「1回事故を起こしているから、2度と起こさんやろう」と、期待も含めて、受注再開したときにすぐに申し込んでくれたお客様がいらっしゃいました。本当にありがたかった。

サポート担当大西:事故当時、ものすごい勢いで電話してきたお客様が今でも使ってくれています。「障害は大変だった」と口にするけど、最後に必ず「お前らがんばれよ」という一言を頂けるとか。何気ない一言なんですけど、仕事としてのやりがいを一番感じます。

「最後に必ず「お前らがんばれよ」という一言を頂けたのがうれしかった」(大西氏)

付き合いの薄さ、トップダウンの文化

 顧客の声と共に同社の再生に大きな原動力となっているのが、コミュニケーションの促進だ。事故対応と再発防止策で一段落ついた2013年から、新社長となった村竹氏とともに、コミュニケーションの促進に大きく関わっていたのが、2013年6月に取締役としてジョインした狩野英樹氏(取締役 以下、取締役狩野)になる。狩野氏はファーストサーバのパートナーであったネオジャパンの取締役という立場で、同社の再生に携わり、そのままファーストサーバの取締役に就任したというユニークな経歴を持つ。

取締役狩野:外から入っていてわかったのは、この会社が長らくプロフェッショナルを作ることに注力してきたということです。しかし、プロフェッショナルを突き詰めると、仕事が属人化してしまいます。たとえば、メンバーになにかを聞くと、「この仕事は●●さん」というのが多いんです。ここに違和感を感じたので、やはり組織を変えようと思いました。

「この会社は長らくプロフェッショナルを作ることに注力してきたんです」(狩野氏)

 通常であれば、すごいリーダーシップの人がやってきて、1つの方針の下、組織をかき回すように進めるパターンが多い。しかし、ここでは無理だったという。古くからファーストサーバの人材を見てきた管理部の小川氏はこう語る。

管理部小川:もともとトップダウンの文化があり、みんな上を見ながら仕事していて、同僚のとの付き合いが薄かった。会社としての決定があり、それを実行する作業者という意識が強かった。

取締役狩野:一人一人のスキルはとても高いし、業界内でも群を抜いている。こうした人たちが、みんなでやっていこう、みんなで成し遂げようという機運を作るのが、この会社の再生にもっとも近道だと、私も含めた経営陣は判断しました。

 そこで、手を付けたのが、社員同士のコミュニケーション促進だ。そもそもコミュニケーションとはなんぞやといった研修から始め、1on1でのインタビュー、グループワーク、タウンミーティング、ワールドカフェの手法を用いたディスカッションなど、半年くらい集中してコミュニケーションに関するさまざまな施策をやることにした。親会社であるヤフーの人材も参画し、ヤフー社内でのベストプラクティスを持ち込んで実践した。

社長室村竹:たとえば、経営会議資料や議事録をオープン化し、誰でも見えるようにして、「見える化」というか、「見られる化」を進めました。すべてを共有し、みんなで課題に打ち込むということです。そして、研修も講義主体からグループワーク中心に変更した。あとは特定の社内課題に関して、部門間をまたいだプロジェクト制にするとか、実験的に行なっています。ツールを入れても解消しないことも多いので、とにかく協働する場を提供するという方向性です。

「すべてを共有し、みんなで課題に打ち込むということです」(村竹氏)

(次ページ、一番効果の高かったかもしれない施策)


 

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