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【Macworld 2007 事前レポート】Google Mapsで見る“新旧”基調講演の会場(後編)

2007年01月09日 11時19分更新

文● ITジャーナリスト 林信行

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今週火曜日、日本時間の10日深夜に、Macの展示会“Macworld Conference & Expo/San Francisco 2007”が、米アップルコンピュータ社CEO、スティーブ・ジョブズ氏の基調講演で開幕する。

Google Mapsへのリンクを使って、空からMacworld Expoの会場を紹介した前編の記事に引き続き、後編ではこのイベントの歴史をおさらいしていこう。

Macworld Conference & Expo/San Francisco 2007
Macworld Conference & Expo/San Francisco 2007



Macworld Expo会場の“Moscone Center”は何と読むのだろう。現地の人でも“モスコーン”と呼ぶ人と“モスコーニ”と呼ぶ人がいる。最近は前者が増えてきた。

名前の由来はジョージ・モスコーニ(George Moscone)。1978年に暗殺された元サンフランシスコ市長だ。モスコーン・センターは悲劇の暗殺から3年後の1981年に完成している。当時はモスコーンセンター・ノース(Moscone Center North、Google Mapsのポイント)のみだった。

モスコーンセンター・ノース
モスコーンセンター・ノース

Macworld Expoは1985年から開催されるようになったが、これは今なお同会場で開催されるイベントの中でも最大級のものだ。その他、IT系ではJava開発者のイベント、“JavaOne”や“OracleWorld”などが、それ以外では1984年の民主党大会なども開かれている。

モスコーンセンター・ノースしかなかった時代、Macworld Expoはあまりにも規模が大き過ぎたため、会場に収まりきらなかった。1993年頃まで、サンフランシスコ市庁舎の近くにあるブルックスホール(Brooks Hall)が第2会場として使われていた(Google Mapsのポイント)。

つまり、この時代はアップルはモスコーン・ノースに、サードパーティーはブルックスホールに出展していて、来場者は2つの会場の間をシャトルバスを使って行き来していたのだ。

しかし、モスコーンセンターは、アップルの要求に応えようと、イベントスペースを拡大。1993年にモスコーンセンター・サウス(Moscone Center South、Google Mapsのポイント)を完成させた。

ちなみに多くの映画ファンは、建設途中のモスコーンセンター・サウスを目にしている。最近、続編もつくられたシャロン・ストーン主演のサスペンス映画“氷の微笑”の第1弾で女性が車で工事現場の窪地に落ちて死亡する場面があるが、あの工事現場こそモスコーンセンター・サウスの建設中現場なのだ。

モスコーンセンター・サウスの完成後も、アップルには頭痛の種が残った。Macworld Expo中のイベントの中でも、もっとも客が集まる基調講演会場の選定だ。

モスコーンセンター・サウスが完成した時点では、ノースとサウスの地上部分は巨大な工事現場で、緑地も何もなかった。イェルバ・ブエナ・センター・オブ・アート(Yerba Buena Center of Arts)も、エスプランデ・ボールルーム(Esplande Ballroom、Google Mapsのポイント)もなかったし、現在、モスコーンセンター・ウェストがある場所は古いビジネスビルが建っていた。

モスコーンセンター上の公園
モスコーンセンター・ノースは地下にあり、現在、地上部分は芝生の公園となっている

アップルは、何度かはモスコーンセンター内の大きめのホールを使って講演やプレス向けイベントを行なったが、すぐに限界に気づいた。そんな時に手を差し伸べてくれたのが、このモスコーンセンターの成功で潤っていたマリオットホテル(Mariott Hotel)だった。

マリオットホテル
モスコーンセンターの近くにあるマリオットホテル

モスコーンセンター・ノースの隣のブロック、メトレオン(Metreon)の映画館の目の前という好立地に建つこのホテルは、その形状も特徴的だ。おそらくサンフランシスコのダウンタウンでもっとも目立つビルだろう。実はこのホテルの地下には、エスプランデ・ボールルームに負けないほど広い大ホールがある。

筆者の記憶違いでなければ、アップルは1993年頃からこのホールをMacworld Expoの基調講演会場として使い始める。ただし、あまりさい先のいいスタートではなかった。基調講演は8日に行なわれる予定だったが、直前の5日、講演予定者が突然、アップルを退社し、米マイクロソフト社に移籍したのだ。

移籍したのは、コープランド(Copland)と呼ばれる幻のMac OSの初代開発担当ジェネラルマネージャーだった、ロジャー・ハイネン(Roger Heinen)氏。急遽代打を務めることになったのは見るからに新人のカーク・ローブナー(Kirk Loevner)氏。登壇した彼は、一瞬すくんだようにも見えたが、このように講演を切り出した。

「Macworld Expoで基調講演をすることは長年、私の夢。この夢を叶えるために、私は上司にマイクロソフトの仕事をくれてやることにしました」

この切り出しで長年、ローブナーはマスコミの間からも人気者となった。


その後、1997年、米ネクスト社の買収直後(スティーブ・ジョブズ復帰直後)のギル・アメリオ前CEOによる基調講演や、翌1998年のスティーブ・ジョブズ復帰後、初のMacworld Expo/San Franciscoの基調講演もここで行なわれた。

そして黒字回復とMac OS 8.1、QuickTime 3.0が発表された。この時から基調講演に並ぶ列が膨れ上がる。講演会場の入り口は、4th StreetとMission Streetの角(Google Mapsのポイント)。

行列はそこからMission Street沿いに伸び、講演開始の2時間前7時の時点では3rd Street方向に伸び始めていた。ちなみに講演会場は地下2階で、ホテルのロビー横から講演会場をつなぐ大階段も当然人で埋め尽くされている。


エスプランド・ボールルーム(Esplande Ballroom)が完成し、基調講演が初めて行なわれたのは、初代iMac発表の翌年1999年。この新しい講演会場で来場者が最初に目にしたのは、HAL 2001の映像だった。アップルが、2001年問題を冷やかして製作した“2001年宇宙の旅”のパロディーCM。

同じ講演でジョブズは『Power Mac G3 (Blue & White)』と5色のiMacを発表している。そのMacworld Expoから8年後、アップルは同じエスプランデ・ボールルームで、Core Duo搭載のiMacを明らかにし、サプライズとして『MacBook Pro』を発表した。

これがエスプランデ・ボールルームとのお別れとなった。

今年、基調講演が行なわれるモスコーンセンター・ウェスト(Moscone Center West、Google Mapsのポイント)は2003年のオープン。アップルはこの年以来、WWDC(世界開発者会議、Worldwide Developers Conference)の開催地を、アップル本社に近いサンノゼ・コンベンションセンター(San Jose Convention Center)からこの場所に変更した。

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