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生活と中古ソフト問題

2002年02月17日 20時15分更新

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生活に困った僕は…

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※写真はイメージです。実在するショップやメーカーとは関係ありません

 ある寒い夜、僕は空腹と退屈を紛らすために会社からこっそり持ち帰ってきたゲームソフトをプレイしていた。その中には自社のつまらないソフトはもちろんのこと、中古に厳しい某メーカーさんから頂いた人気ソフトもあった。しかし、僕はもともと“ゲームのためなら餓死できる”ような人間ではない。そんなことで本能=食欲を打ち消すことなどできるわけがないのだ。そんな僕の頭に、この状況を打開するためのナイスアイディアが浮かぶのに、そう時間はかからなかった。そして次の瞬間、僕は近所でいつも気になっていた怪しいゲーム販売店の前に佇んでいた。もちろん片手に下げたバッグの中にはさっきのゲームソフトたちが…。自分の不可解かつ迅速な行動に戸惑いながらも、僕は店内に入った。

「ぃらっしゃいませぇ」

 客を迎え入れる気のまったくなさそうな声が聞こえる。見ると、店内のカウンターにはアルバイトらしき長髪のお兄ちゃんが暇そうに立っている。罪の意識にさいなまれた僕は、彼と視線を合わせないようにしながら話しかけた。

僕「す、すいません。ソフトを売りたいんですが…」

店員「はい。それじゃ、身分証明書をお願いします」

 さも当然そうに、にいちゃんは言った。

 な、なにー?
 ……そうだった。ゲームソフトを売るには通常、身分証明書が必要だ。だが、慌てる必要はない。僕は冷静にバッグの中をまさぐった。当時運転免許をもっていなかった僕のメイン身分証明書は、いつだって健康保険証だ。よーし問題ない。保険証なら常に携帯している。社会人たるもの、いつだって身分くらい証明してやる!! そんなわけのわからない思考の末、ぼくは次の言葉を発した。

僕「ほ、保険証で良いですか?」

店員「んーと、大丈夫っすよ」

 店員のぞんざいな態度にむかついている余裕はなかった。僕はすぐさま保険証を取り出し、彼に差し出す。そして次の瞬間、大変な、しかし当然の事実に気がつくことになる…。

会社の健康保険証には会社名が書いてある

 当たり前のことである。

 僕はすぐさま、いったんは差し出した保険証を引っ込めようとしたが、気がついた時は遅く、今や僕がゲーム会社社員であることを証明するにはパーフェクトな「資料」と化した保険証は店員の手の中にあった。そして彼は保険証を舐め回すように眺めてから言った。

「あー、どうもお世話になってます(※1)」

※1 「お世話になっております」 筆者注:通常、会社の取引先など、仕事上で付き合いのある人に対して使う定型的な挨拶文。間違っても「店員と客」の間柄で使用される台詞ではない。

 この挨拶が指し示す意味はただ1つ。それは彼が僕の会社を知っているということ。すなわち、僕がゲーム会社の社員であるとに気がついたということである。

 “絶望”という2文字が脳裏をよぎったのち、僕の頭の中は一面雪景色のように真っ白になった。「昔、交通事故に遭った時もこんな感じだったな…」そんなどうでもいいことを考えながらも、僕の口は条件反射のように次の言葉を発していた。

「あ、いつもお世話になっております」

NO!! これではいつもの営業先と一緒ではないか! 僕はソフトを売りに来ただけで、こいつの店に営業するつもりはさらさらないのだ。しかし次に、店員は信じられない行動に出た。「ショウショウオマチクダサイ」と言って奥の事務所らしき場所に向かいながら、こう叫んだのだ。

「テーンチョーウ!」

?? こいつは何をしているのだ? 僕は営業に来たわけではない(ソフトを売る、という意味では一緒だけど)。ここで店長に出てこられてしまっては、僕も「お世話様です!!」と元気に挨拶をせざるを得ない。さあ、どうする? 逃げる? いや、開き直る? それとも殺(編注:以下不穏当な発言のため数文字削除)???

 …幸いにも店長はメシでも食いに行っているのか、席を外していた。店長は一命をとりとめたようだ(?)。最大の危険地帯だけはどうにか避けられた僕は店員に、

「いや今日は、このいらなくなったソフトを売りに来ただけなので…」
と必死の思いで説得し、そそくさとソフトを売って帰ったのだった。



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サンプルであることを示すシール。場合によっては、転売を防ぐための通し番号が振られていることもある。※写真はイメージです。実在するショップやメーカーとは関係ありません

 しかし、ここで最後にまた1つ、教訓を得ることができたのでみなさんにもお伝えしたい。通常ゲームメーカーは、販売する商品(ソフト)とは別に「サンプル」と呼ばれる、取引先配布用の商品を持っている。それはケースの裏側に“SAMPLE”とか“見本品”と書いてあるシールが貼ってある以外は通常の商品と全く変わらないものだ(ROM自体に刻印がある場合もあるが)。

 えー、サンプルは買いとってもらえません。これ重要。

 ちなみにそのとき「このシールが貼ってあるソフトは売り物じゃないので買取れません」と言いながら、憐れみと蔑みのまじったような眼で僕のことを見た店員を、僕は一生忘れません。



ここに書いたことは、あくまでも僕の体験がもとになっています。すべてのゲーム会社に当てはまるわけではありません。

【筆者プロフィール】高田哲弘氏。都内某大学を卒業後、とある中堅ゲーム会社に誤って入社し、営業部に配属されて過酷な日々を過ごす。その2年後には早くも会社の将来に絶望を感じ、就職活動を開始。別のゲーム会社にて採用され、また誤って入社してしまう。そしてそこでも会社の将来に絶望を感じたが、時すでに遅く、会社が倒産するという事態を迎えるハメに。そして現在、なんの因果かまたゲーム業界に近い会社に勤務している。しかしやはり過酷具合は変わらず、現在は長期就職活動中。

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