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男子育休に入る 第10回

育児はすごい、地獄と幸せが同居している

2017年05月24日 07時00分更新

文● 盛田 諒(Ryo Morita) 編集● 家電ASCII編集部

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About Article

34歳の男が家事育児をしながら思うこと。いわゆるパパの教科書には出てこない失敗や感動をできるだけ正直につづる育休コラム。

赤ちゃんはかわいいですが今日のテーマは地獄です

 家電アスキーの盛田 諒(34)です、こんにちは。水曜の育児コラム「男子育休に入る」も10回目になりました。赤ちゃんは生後3ヵ月、ゴジラのような声でゴギャーと元気に泣くようになりました。初めは親として認識されているようにも感じませんでしたが、いまや赤ちゃんは顔を見つめれば笑顔を見せ、10分でも放っておくと抗議の泣き声をあげ、どんどん人間らしい表情を見せるようになって、日々どきっとさせられています。おまえは生命だけではなく、ひとりの人生をあずかっているんだぞと、だれかに言われているような気持ちになり、事実そのとおりで恐縮しています。もちろん赤ちゃんは自分の人生をひとり歩んでいくのですが、スタートはわたしたちです。

 8週間の育児休業は取得を終えて職場に復帰していますが、育児コラムは続きます。第8回に育休を取ってよかったことを書き、ご好評をいただきました。今回は逆、育休期間中のつらさがテーマです。育児は8割が幸せなのですが、2割ほど激辛スパイスのようなつらさが入ります。わたしの場合フィジカルよりメンタルの負荷が大きく「お金のなさ」「妻との戦い」「孤独の深さ」の波状攻撃が襲いかかってきました。トータルで考えれば育休を取ってよかったと思いますので、自分の腹に子を宿すことのない男が体感できる、貴重な産後の苦しみなのだと考えることにしています。


●お金のなさ

 はじめに、お金が増えずにひたすら減るという状況が想像以上にきついです。

 休業している2ヵ月間は無給になるため、出産祝いを除けば貯金をくずして生活することになります。育児休業給付金で給与の67%が給付されますが、給付金は基本2ヵ月単位で振り込まれるため、わたしの育休中は無関係でした。出産育児一時金や出産手当金も産休明けに支給されるため、妻の産休にあわせて育休を取ったわたしたちにはやはり無関係です。結局、家賃・生活費・育児費用などを含めると合計70~80万円が2ヵ月間で消費されました。育休頭金です。赤ちゃん周りのこまごました出費が驚きの金額になりました。

 我が家は夫婦共働き、家賃と生活費を2人で割っています。妻は仕事ができて明るく美人という完璧な女性ですが、稼いだお金は1円たりとも残さず使ってしまうという奇特な才能があります。貯金の額を聞き「2万円!」と言われて「それは残高だね!」と笑っていたこともありました。が、いざ無給のわたし1人の預貯金で70~80万円の頭金を負担するということになると実際笑いごとではありませんで、いずれ給付金が入ると分かっていても心がどんどん不安に染まっていきます。

※原稿を読んだ妻が「いまはもっと貯金あるし!」と怒っていました。その勢いでやっていただけると助かります!よろしくお願いします!

 そしてこれは完全に自業自得なのですが、かなりのハイペースで小さなハレを求めるようになってしまいました。毎日似たような時間に似たようなことを続けて体と気持ちがくたびれてきますとですね、赤ちゃんを妻に託して都内に出たときなどにはそれはもう気持ちが高まってしまいまして、お洋服、かわいい雑貨、高級なお菓子などを次から次へとカード払いで買いまくってしまうのですね。家にいるときはいるときでよせばいいのに赤ちゃんグッズをネットで調べまくってしまい、場合によっては価格を見ないまま秒でショッピングカートに入れているわけです。当然ながら預金は加速度的に削られていき、いまや妻を笑えない残高になってしまいました。個人的な話ですが今月から確定拠出年金の拠出がはじまるので心配です。

 少し話を大きくすると、生活資金問題は制度上の課題でもあると感じます。

 今年から介護休業法が改定され、非正規雇用の従業員でも育休を取れるようになりました。業務委託契約などでなければ男性も育休取得の権利を得られます。制度的には取得の幅が広がったといえますが、当座の生活資金がなければやはり取得は厳しいです。経済的な事情から育休取得をあきらめている方も少なからずいるのではないかと思います。「夫に育休を取ってもらうより稼いでもらったほうがいい」という声も耳にします。日本には出産育児一時金や出産手当金といった育児関係の手当金制度が充実していますが、制度の空隙は自力で埋める必要があります。

 長くなりましたが、男性で育休取得を考えている方は、あらかじめ生活資金を貯めておきましょう。育児資金預金の一部と考えるといいのではと思います。


●妻との戦い

 次に、妻がわたしに対して攻撃的になるのが相当きついです。

 初期には箸が転がっても怒る時期がありました。何をしても、何を言っても、何も言わず黙っていても怒られます。地獄めいていると思いましたか。正解です

※「あくまで夫目線である」と書いておけと妻に指摘されました。仰せのままに

 具体的には、

・育児方法(おむつ替え、抱っこ、お風呂、等)
・言い方(「あれやった?」「あれどこ?」等)

 などについて怒られる、あるいはきつく当たられます。

 たとえば妻の足元にガーゼハンカチが落ちていたとき、自分が赤ちゃんを抱っこしながら「ガーゼが……」と言って拾ってくれるのを待っていたら「何ぼーっとしてんの?ちょっとしゃがめば取れるじゃん!」など怒られたりしていました。しょぼくれて「すいません……」と謝ると「なんで『すいません』なの!」と怒られます。とにかく気持ちが沸点に達するまでのスピードが電気ケトルのように速く、気づいたときにはゴワーッと感情を波立たせています。ごく普通の指摘でも語気が荒くなるために「そんな言い方しなくても……」と、メンタルがみるみるしぼんでいきます。

 これは妻に悪気があるわけではなく、モードの切り替わりによるものです。

 産前産後で血中ホルモンのバランスが大きく変化するため、授乳に際し分泌されるホルモン・オキシトシンの副作用によるためなど諸説ありますが、いずれにせよ産後の女性はホルモンの影響で過敏気味になる仕組みです。オキシトシンは愛情ホルモンとも呼ばれており、子どもへの愛情の副作用が夫への攻撃というのは等価交換という趣きがありますね。最近は「ガルガル期」とも言われるそうですが、妻は「そういう呼び方されるのが腹立つんだよ」と冷たい目をしていました。

 態度としては生理中の妻に似ています。生理とちがって何週間も終わらないのがつらいのですが、つらいのは妻も同じです。

 先日同じように育休を取った男性にお会いしたのですが、やはりおなじように夫婦間の衝突があったそうです。妻の口調がきつくなるのは夫を否定したいからではなく口調に気をつかっている余裕がなくなるためだと言っていました。「産後は動物に戻っているのだと思います」と表現されており、なるほどと感じました。

 産後初期は赤ちゃんに何かあったらどうしようと、心が弦のようにはりつめている時期でもあります。妊娠中も心音に変化があったとき、胎動が少なくなったときに夫婦そろって心配していましたが、命が自分たちの手に託されていると思うと緊張の次元が違います。当時の日記を読み返すと、赤ちゃんの一挙手一投足に危険なサインを見逃すまいと必死になっている様子がうかがえました。お互いに過度の緊張と疲れが重なり、ぶつかっていたことも多かったのだろうと思います。

 妻としては産褥期に動けないことへのもどかしさも感じていたそうです。産褥期は「全治1ヵ月」と表現されることがありますが、そのとおりだよねと言っていました。わたしが家事全般をこなし、妻が主に赤ちゃんを抱っこしているのですが、

 「自分で食べたいものを作りたいのに、できない」
 「1日が何もしないうちに終わってしまった」
 「外出もできない……」

 と、もやもやを募らせていったところがあったそうです。妻はわたしと同じように編集者で仕事好きなので、Twitterで同業者がイベントの告知をしているのを見かけて「ああ、これも行けない……」という気持ちになったと言っていました。

 この時期は、産後に離婚の危機が訪れる、いわゆる「産後クライシス」の要因としてとりあげられることもあります。

 「面白ワードで煽ってるだけでしょ?これだからメディアは~モニャラモニャラ」とまじめに受けとっていなかったわたしですが、妻がワーッとなったときは、思わず「わたしのせいで気持ちが不安定になると赤ちゃんがおびえるので赤ちゃんのために離婚したほうがいいのでは?」などと言ってしまいました。ケンカで離婚をもちだすのは自分にとってただの逃避ですが、当時は半ば本気でそう言っていました。そう言うことでしか気持ちを表現できなかったのだと思います。アホですなあ。

 男として育休を取っていると、ママ友からは、

 「素晴らしいですよね、うちの夫は何もしてくれないから」
 「こっちが全部やってるのに平気な顔で飲み会行ってくる」
 「そもそも当事者意識がないんだよ」

 といった類の、井戸の底に逃げこみたくなるような恐ろしい呪詛を聞かされることがあります。わたしたちのように夫婦で家事育児をやっても衝突するわけで、まして1人で家事育児をやっているお母さんがキレないわけがありませんで、むしろ怒りをその程度でおさめられているのがすごいと思います。女性に家事育児をまかせきっているオーナーのような夫さんがいらっしゃいましたらご注意いただきたく思います。女性の怒りは永久に解けない呪いとなり、人生に影を落とします。

 まあいずれすべては笑い話になるという話も聞きますので、夫婦でメンタルをきたえるトレーニングだと思うといいのではないでしょうか。


●深い孤独

 最後は孤独です。アスキーでこんなこと書いてて大丈夫ですかね。家事育児をしていて外出の機会が減り、社会的なつながりがなくなってくると、自分の嫌いな部分と鏡のように向き合いつづける時間が増えます。わたしはこれが一番きつかったです。最近では1人で育児をすることをあらわす「密室育児」なんて怖い言葉もあるそうですね。おそろしいことに的確な表現だと思いました。

 会社にも行かず、学校にも行かず、8週間ほとんどを家で過ごすというのは子供時代以来のことです。妻と24時間顔をつきあわせて過ごすこともめったにないですよね。わたしは内省的な人間で、前述のように妻とぶつかるたびに自己嫌悪を深める負のスパイラルに入ってしまいました。

 わたしと妻とはもともと月と太陽、湖と稲妻のような間柄、相性は良さそうでも対照的な性格です。妻は決断が素早く、アイデアを次々出せる、革新的でエネルギーにあふれた動的な人間。一方のわたしは淡々としていて、家や環境を整えることに長けた、保守的で忍耐力がある静的な人間。基本的には、お互いの得意分野を尊重しながら生活をともにしています。たとえば妻は家で掃除や片づけをしないと決めていて、わたしは妻に炊事や休日の予定づくりを一任しています。悪いときも対極的な姿勢は同じなので、妻が不満を述べているときもわたしは淡々と自分の理屈(妻に言わせれば「トンチンカンで意味不明なへりくつ」)を述べるだけで、気持ちをぶつけることはありません。結果、妻がもうヤダー!と怒り、わたしがオオッ怒った!と驚くという形でケンカ(?)になっています。

 他方わたしは、妻の内側に湧き出している圧倒的な力、妻自身にも制御できない強いものに惹かれているところがあります。いいときはまぶしく光輝いているが、悪いときは暴走してあらゆるものをぶち壊してしまう力、自然そのものがあらわれたような爆発的なエネルギーにある種のあこがれをもっています。妻にそれを伝えたときは「そんなところを好きになられても迷惑である」という至極当然の反応が返ってきましたが、やはりわたしは妻の暴力性もひっくるめてよいものとみているので、ケンカを通じて生まれた感情は外に出ることなくはらわたにたまっていきます。わたしは一体何者なのだろう……わたしを受け入れてくれる世界などあるのだろうか……

 かくして気持ちがどんどんインナーワールドに向かった結果どうなったかというと、わたしはTwitterをアホのように見るようになり、赤子や文鳥についてツイートをしている人を多くフォローするようになりました。文鳥かわいい……かわいいね……

 文鳥は平和なのですが、やっていたことは重度の依存です。

 Twitterは朝から晩までつきっきり、iPhoneの充電がなくなってくると焦っていました。編集部で使っているチャット(Slack)にTwitterで拾った面白ネタを貼りつける作業をしていたのですが、日に日に回数が増していきました。ネタとなるURLがメモ帳にストックしてあり、「これ以上貼ったらさすがに気持ち悪いかな」というラインを探りながら「これ笑った」などとやっていたのですが、今こうして書いているだけでめちゃめちゃ気持ち悪い人間です。こうして育休コラムを書いて反応をいただくことで助かったところもあったのですが、1回反応をもらったことで次に反応があるまでのブランクをまだかまだかと耐えがたく感じるようにさえなっていました。

 きっとわたしがこんな状態なので、妻にも同じように孤独を感じさせてしまっていたと思います。

 育児は基本的に孤独です。赤ちゃんはめちゃかわいいのですが、まだ言葉も使えず、コミュニケーションがとれているかどうかもわかりません。夕方、ぐしゃぐしゃの洗濯物を前に、理由もわからず泣いている赤ちゃんを抱っこしていると、気持ちが太陽とともに沈んでいきます。妻とは話をするたびゴガーッとなる恐れがありますので、まともな会話がしづらくなります。2ヵ月でこんな状態ですから、誰も子供を見てくれない、誰とも大人としてまともな会話ができないという密室状況はもはやホラーです。職業作家という究極的に面倒くさい性格の父と、輪をかけて面倒くさいわたしを抱え、ほぼ密室といえる育児を続けてきた母はめちゃめちゃすごいなと思います。

 救いになったのは本当に困ったとき両親が助けてくれたことでした。アメリカのようにかかりつけの心理カウンセラーをもっていたらよかったのかもしれないなと感じます。


●だが赤ちゃんはかわいい

 暗いことを書きまくって何ですが、育休はそれでもいいものです。

 つらいことをはるかに凌ぐ良さがあるからです。負のエネルギーを最終的に帳消しにしてしまう赤ちゃんの力は本当にすごいものですよ。育休は自分の弱さを見つめなおして親になるための修行の場所で、家族は修行をサポートしてくれる大切なパートナーです。赤ちゃんが人生のスタートを切るのと同時に、わたしも親としてのスタートを切った気がします。赤ちゃんと一緒に泣きながら前に進んでいきたい気持ちです。きれいにまとめようとしやがって。これからもよろしくね。

 連載はまだつづきます。



書いた人──盛田 諒(Ryo Morita)

1983年生まれ、家事が趣味。0歳児の父をやっています。Facebookでおたより募集中

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